第四話「恵瓊はどこだ」
情報によると、安国寺恵瓊は京の都(いまの京都府京都市)にいるらしい。奥平と松平、ふたつの家の家来たちは、さっそく調査を開始した。
「いまは戦乱の世、京の都も難民であふれているのう」
「おそらく、恵瓊めはこの中にまぎれこんでいるはずじゃ。目立たないよう、難民に化けてな」
「うむ。木を隠すには森のなかと言うからのう」
「奥平と松平、二手に分かれて探すといたそう」
「それがよい。日が暮れたら宿で報告会じゃ」
そして夜。みんなが宿に戻ってみたら……
「おう、みなの衆。精が出るのう。ひっく。ううむ、ここは桂馬を使うところかのう」
なんと。信商はお酒を飲みながら、将棋などして遊んでいるではないか。
「鳥居どの? みながお役目を果たそうと必死なのに、なぜそのような」
その言葉に信商、にこりと笑って答える。
「まあ、そうあせるな。考えあってのことじゃ」
言われてみれば、信商の部下たちも別行動を取っていた。こうなると仲間たちも、「まあ、本人がそう言うなら……」と、好きにさせておくことにした。
二日目。恵瓊は見つからない。
三日目。それらしき人物はいない。
そんなこんなで一週間。難民キャンプをしらみつぶしに探してみたが、いっこう上手くいく気配はない。
「もしかしたら、難民の中にはおらんのかのう?」
「そもそも、京の都にひそんでいるというのが、虚報(敵をだますため、わざと流す嘘の情報)だったのかもしれぬ」
あまりにも無駄足が多すぎる。なのでみんなは、恵瓊はここにはいないのでは? と思いはじめていた。
「しかし、手ぶらで帰るわけにもいかん」
「それはそうじゃ。こうなったら恵瓊でなくてもいいから、誰か西軍にいた者を捕まえるしかないのでは」
「うむ。あれだけの難民の中には、関ヶ原の落ち武者(戦いに負けたあと、敵から逃げている武将や兵隊)もいるじゃろうからな」
どんなに探そうと、いない人間は見つかるわけがない。だからといって、これだけの人数で探しまくったあげく、「何のお役にも立てませんでした」というのも格好がつかない。
そもそも恵瓊を捕まえろと言ってきたのは、奥平や松平の殿様よりも偉い家康だ。当然、見つけることができなければ、ふたりの殿様の立場がまずいことになるだろう。
恵瓊を見つけられなかったしくじりを、どうやって穴うめするか。みんなの気持ちは、そのことに移りはじめていた。
そんな中、ひとり信商だけが、どこかへ行っていた部下たちの報告を聞きながら、なにやら地図に印をつけていた。
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翌朝……
「みなの衆、今日こそ恵瓊を捕らえるぞ! 遅れなさるな!」
なんと、それまでダラダラしていた信商がいきなり跳ねおきて、手早く鎧を身につけ、刀を持ってとび出したではないか!
「鳥居どの、どうなされた!」
「こりゃ、なんとしたことじゃ」
奥平家の面々はびっくり仰天。
しかし放っておくわけにもいかないし、なにより恵瓊が見つかる気配はないのである。信商になにか考えがあるとしたら、ともかく一緒に行ったほうがいいだろう。
みんなは大急ぎで鎧に着替え、信商のあとを追った。
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京の都には、今も昔もお寺が多い。
その寺のひとつから、何人もの護衛に守られた立派な牛車(馬のかわりに牛に引かせる馬車のような乗り物)があらわれ、まるで見せびらかすように大通りを進んでゆく。信商、これの前に立ちはだかり、天をつくような大声で叫んでいうには……
「止まれ! それなる牛車に乗っているのは、家康さまに刃向かった安国寺恵瓊であろう! もう逃げ隠れはできぬぞ、観念せい!」
その声に答えるかわりに、護衛たちはいきなり斬りかかってきた! 信商も負けじと刀を抜き、たちまち刃がぶつかり火花が散る。
「おお、鳥居どのが戦っておる! あの牛車が恵瓊か!」
「しかし多勢に無勢じゃ! あのままではやられる!」
「鳥居どのを死なすな! 助太刀じゃあ!」
信商を助けに向かう仲間たち。
そのとき、牛車の中から、立派な身なりのお坊さんが出てきた。
「無礼者! この安国寺恵瓊、そなたらごとき下っ端の侍に捕まるほど落ちぶれておらぬわ!」
あれだけ探しても見つからなかった相手が、いま目の前にいる。しかも最高級の着物をまとってだ。みすぼらしい身なりをして難民にまぎれていると思っていた仲間たちは、まんまと裏をかかれたことに驚く。
だが、とにかく今は恵瓊を捕まえねばならない。京の都のど真ん中で、壮絶なチャンバラが始まった。