003 もやもやするのはなぜ?
「さあ、次は、中庭で昼食にしよう」
「え?お城でご飯が食べられるんですか?デリス、私、嬉しい!」
私も再び舞い上がった。ティモシーといると信じられないような素敵な体験が出来る。
「中庭では、花が見頃だ。楽しめると思うよ」
私とマイティは、ティモシーとお城で食事をして、このままエレンデールで暮らしたいと冗談を言い合った。
***
「あら、ソフィア様、食欲がないのですか?」
ビアンカが心配して声をかけてくれた。海辺の館での休養から帰って、ビアンカは私の侍女になる決心をしてくれた。デイジー姫と王妃宮に移り暮らしている。
本来エドワードは王宮に移らねばならないが、まだ三歳で乳母や私の手が必要なため、王妃宮に留まったままだ。
デイジー姫はエドワードの良い姉で、海辺の館で過ごして以来、二人は仲が良い。エドワードも「姉様」と慕っている、姉弟の仲がいいのは、将来の助けになるだろう。
「そんな事はないわ……。じゃあ、お野菜をもっと頂こうかしら」
(嘘。さっきの事が気になって仕方がないわ……)
ティムは毎日、王宮に来てくれる。お父様の正式な養子となり、宰相になったお父様の代わりに、フォースリア公爵家の仕事を引き受けてくれているのだ。
(さっきのテルビスから来た女の子たち、とても可愛らしかったわ)
王妃宮に帰る時、中庭が見える廊下を通った。二人の女の子たちは、私の知らないティムの表情を引き出すようだ。彼女たちといる時のティムは、知らない人みたいだった。
(あんな飾り気のない素の笑顔、私は見た事がないもの)
***
翌日、マイティは魔塔に連れて行ってもらった。薬草のエキスパートのダービル魔導士に、会うためだ。今回の旅行の目的の一つでもある。ダービル魔導士にマイティの論文を見て貰うため、面会を依頼していたのだ。
家令のゴールドマンさんが、魔塔行きのための馬車を用意してくれて、それに乗って一人で出かけて行った。
私は昨日図書館で見た、魔道歴史書の大陸の章を筆者させて貰う事になった。大陸の歴史でこれほど古いものは、テルビスでは資料がない。ティモシーに言ったら、もう一度図書館に行く手配をしてくれた。
しかも、またもやティモシーが付き添いをしてくれる。図書室の中央には大きなテーブルがいくつもあり、そこで読書や筆写が出来るそうだ。
筆写する間、ティモシーはずっと側で本を読んでいて、時折、筆写している本の説明をしてくれる。まるで助手をしていた頃のようだった。
「何だか、テルビスで研究室に居た頃を思い出すね」
ティモシーも同じ事を考えていたようだ。私たちは二人でふふふと笑い合った。
会えなかった時間を取り戻しているような気持ちになる。
すると、また昨日のソフィア様が部屋にやって来た。
「ああ、ソフィア様、今日も資料探しですか?」
「ええ。法案の裏付け資料探しよ」
「あら……デリスさんでしたね。ごきげんよう」
名前を憶えていて貰った事に、少し驚いた。
「……よろしかったら、お茶をご一緒出来ますか?デリスさん」
「え、私ですか?」
こんな異国の平民と元王妃様がお茶を飲んでもいいのだろうか。
「ティム、いかがかしら?」
「ええ、私たちは大丈夫ですよ」
(ソフィア様は、ティムって呼ぶんだ……)
昨日も、この呼び方は気になった。
昨日とは違う、サロンと呼ばれるお茶のための部屋に通された。
「緊張なさらないでね。プライベートな空間ですから、気楽になさってね」
ソフィア様は優しかった。昨日とは違う薄い緑のドレスで、金髪だと何色でも似合うなあと、感心した。私の暗いブラウンの髪とは大違いだ。よそ行きの服を用意して来たけれど、王宮にいると、きっと学生の見学にしか見えないはずだ。
「ほらほら、何緊張してるの、デリス?いつも通りでいいんだよ」
ティモシーが、つん、と私のおでこを指でつついた。これは学院でもよくやられたやつだ。もちろん私以外にもする。
(こういう事をするから、女の子たちが皆誤解をするのよ)
「もうっ!ティモシーってば」
私はいつものように怒ったふりをした。本当は嬉しいくせに……。
「まあ、ふふ」
ソフィア様は上品に微笑む。会話は主に、テルビスでのティモシーの事だった。ソフィア様は、ティモシーとは幼馴染だという事も分かった。
(だから何となく仲が良さそうなのね。ちょっと気になるくらいに)
とはいえ、私は元王妃様とお茶会をするという特別感と、ティモシーと並んでお茶が飲める嬉しさに、エレンデールに来てよかったと心から思った。
***
「ソフィア様、お加減がすぐれませんの?」
ビアンカが、また心配をしてくれる。彼女はとても気が利くというか、ある意味鋭い。
「そう、見える?」
「ええ、何かお心にかかる事でもありますか?」
(ここには今、ビアンカとローレンしかいないし、いっそ、言ってしまおうかしら……?)
「あ、あの何て言えばいいか分からないのだけど、例えばビアンカさんの場合でいいのですけど……」
「はい」
「き、気になる男性がいたとして、あの一般論よ。知り合いのご令嬢から相談を受けて……。その、気になる男性が他の女性と親し気にしていると、気になるものなのかしら?それとも、そう考えるのは、おかしい……ですか?」
ビアンカは目を丸くして私を見つめた。そして、きっぱりと言った。
「嫌に決まっていますわ」
「本当。当たり前ですわよ、ソフィア様」
ローレンまでそう言う。
「ああ、ティモシー様の事ですわよね……」
ローレンが額に手を当てて、ため息交じりにそう言った。
「ち、違うわ!」
「まあ、ソフィア様、分かりました。昨日から気にされていますでしょ」
「……」
ビアンカの言う事は図星なので、否定の言葉が出てこない。
「……まあ、お可愛らしい事」
くすくすとビアンカが笑う。
「ち、違います!」
私は顔から火が出るほど恥ずかしかった。久しぶりに心臓の鼓動が早くなる。
ビアンカは私の手を取って言った。
「私など、好きな男性が他の女性といたら、その女性に手袋を投げつけてしまいますわよ?」
「え、そうなの……」
「側室になるまでは、何度やった事か」
ビアンカは結婚するまでは、エレンデールの薔薇と言われ、恋多き女性として知られていた。
「皆そうですわ。もうその女性の事を思い出すだけで、イライラして気が収まらないものです」
ローレンの言葉にはっとした。確かに私はイライラ、していたかもしれない……。
「ええと……、それは普通の事なの?」
「もちろんですわ!」
「私は、その男性の前でグラスを叩き割った事がございます」
ローレンが忌々しそうに言う。
「相手の男性は三日三晩、私に許しを請うために、食事を抜いたそうです。それで仕方なしに許してやったのですわ」
「そういうものなの……」
私は昨日からずっとイライラしている事実に気づかされて、ショックを受けた。そして、お互いの思い出話を披露して笑わせてくれるビアンカとローレンのお陰で、ほんの少しだけすっきりした。
「いずれにせよ、ティモシー様は良くないですわ」
「本当に。あれはないですわ……」
結局、ビアンカとローレンはティムが良くないと言う。お茶会に同席していたため、その時の事を言っているのだろう。
「でも、懇意にしていた方が他国から見えたのだから仕方ないわ」
「仕方なくはございません。あんなに楽しそうにされて、おでこを、つんとされましては……」
ティモシーびいきのローレンまでがそう言う。そう、あの「つん」には心をやられました。
「私なら、手袋もの、ですわ。そして、ソフィア様。男性にはきちんと何が不快か、告げなくてはなりません。言わないと男性は、全く気付かない事があるのです」
ビアンカが美しい頬に手を当てて、きっぱりと言い切った。