002 お城に行く!
外出の時のティモシーは、本当に王子様みたいだった。お城に行く時は、こんな格好をするんだ。貴族の衣装を着た彼を見るのは初めてだ。体の線にそった、濃い藍色の衣装に薄いグレーのマント。背が高くて黒髪と黒い瞳。以前はつけていなかった耳飾りが素敵だ。手を取って、ロッドランド家の馬車に乗せて貰う時は、お姫様になったような気分だった。
(ああ、もっといい服を持ってくるんだった……)
宮殿までの道のりは、石畳の王都を馬車で行く。この馬車もテルビスとは違う。どんな技術を使っているのか、全然揺れず振動もない。ああ、やっぱりエレンデールに留学すべきだった。
「ああ、この馬車!昨日から思ってたけど全然揺れないですよね。エレンデールに留学すればよかった。どんな魔法陣を搭載してるんだろう?」
マイティも同じ気持ちだったようだ。
「今からでも、魔塔へ研修に来たらいいじゃない。俺が口をきくよ」
「お願いしちゃおうかなー」
マイティは本気かもしれない。でも……来るなら私の方が本気で来たい。
宮殿は王都の大通りを端まで行って、その道の先にあるそうだ。まず白い高い塀の門をくぐる。門の兵士は馬車を何の検問もせず通してくれた。紋章があるからだそうだ。門をくぐるとまるで森の中に出たようだった。森の中の石畳の道を馬車で進み、やっと宮殿の姿らしきものが見えた。
凄い、これがお城!マイティと二人でキャアキャアと騒いでしまった。ティモシーはくすくす笑いながら見ている。
暫く行くとさっきとは違う、もっとずっと豪華な門に行き当たった。これもそのままくぐる。
「紋章ってすごいんですね」
マイティの言葉に私も、コクコクと頷く。
「そうだね。身分証みたいなものだから」
ティモシーだから……?
「さあ、着いたよ。お嬢さんたち。先に中を見てみる?」
ティモシーがまた、手を取って馬車から下ろしてくれた。
「ここはね、宮殿の通用口にあたるんだけど、見学者を受け入れる場所だよ」
これで通用口……。見た事もない豪華な絵がかけられているホールで、置かれている家具も、絵本で見たようなものばかりだ。さすが、宮殿……。
ホールに入ると、すぐに使用人さんみたいな人がティモシーのマントを預かりに来た。私たちの分も一緒に預かってくれるという。何だか、お嬢様になったみたい。
「公開用の宝物庫や、サロン、図書館なんかに行こうと思うんだけど、他に何か見たい所はある?」
「バルコニー!」
マイティが言った。
「よく絵本とかでバルコニーで、王子様が愛を囁くとかあるじゃないですか!お姫様が立ってる所って感じで、見てみたいです」
確かに!私も見たい。
「はは。構わないよ。後で案内しよう」
ティモシーは何でもお願いを聞いてくれて、何だか夢みたいな旅行だ。
歩いていると、時々声をかけられた。
「ティモシー様、どちらのご令嬢ですか?」
「テルビスに留学していた時に、助手をしてくれていた、魔法技術学院の講師たちです。テルビスの将来を担う、エリート魔導士ですよ」
「ほう!それは素晴らしい。どうぞごゆっくり見学をして行ってください」
それは本当だった。ティモシーが留学と称してテルビスの魔法技術学院に来た時、私たちはまだ学生で、助手をしていた。
***
「あれが、エレンデールのS級?魔導士っていうより、王子様みたいじゃない?」
ティモシーは学院に来た時から、女の子の噂の的だった。
「見た目でS級になったんじゃない?」
「デリスは、恰好いいと思わないの!」
「そりゃ思うけど、私たちは研究のために学院にいるんだからね!」
私は見た事もないほどきれいな男の人に、ちょっとびっくりして警戒していたのだ。身分制度がないテルビスでは、こんな王子様みたいな人はいない。でも、それは最初だけで、彼は研究に没頭すると周りが見えなくなる人だった。
「ロッドランド卿、依頼された書物はこちらに置きます」
技術の進んだエレンデールから来たティモシーは、留学生というより客員教授みたいな扱いで、時々気が向くと授業をしてくれたり、彼の研究に私たちが協力していた。テルビスでは、思いもつかないような技術を学ぶ事が出来た。
ティモシーはぶらぶらとテルビス国内を旅行したり、研究したり、自由に暮らしていたように見えた。
「デリス、嬢?ロッドランド卿じゃなくて、ティモシーでいいよ。気軽に用事を頼みたいから、君も気楽に接してくれないか」
とびきりの笑顔でそう言われた。
「じゃ、じゃあ、私の事もデリスで!」
「ふふ、了解」
最初は王子様みたいな服装だったけれど、何日も研究室に籠って着流しのローブで過ごすティモシーに、私も段々と慣れていった。そして、いつの間にか、彼の特別な人になりたいと思うようになっていった。
私は成績が良かったので、ティモシー付きの助手として二年を過ごした。ただ、彼は、エレンデールの魔塔としょっちゅう行き来をしており、時折何か月も姿が見えない事があった。その間、研究を引き継ぐのも私の仕事だった。
多分ティモシーはテルビスで、私を一番信頼してくれているような気がしていた。
でも、突然エレンデールに戻ると言ったきり、一年半も連絡が来なかった。自分から手紙を書いて返事を貰える自信がなかったが、毎日ティモシーの事ばかり考えていた。
そのティモシーが今、目の前にいて、エレンデールの宮殿を案内してくれている。
(夢、じゃないよね?)
宮殿の図書館は凄かった。内装が荘厳な上に、学院の研究室が四つは入りそうなほどの広さで、二階まで続く本、本。本がチェーンで繋がれた書棚もあり、歴史の違いに畏敬の念を抱いてしまう。
「ここは宮殿でも自慢の場所でね。エレンデールの歴史から、古い魔術がらみの本もあるよ。学術的というより、装丁が特殊で芸術的価値のあるものが多いんだ」
ティモシーの説明を聞きながら歩いていると、
「あら、ティム。来てたのね。顔を出してくれたらいいのに」
ものすごくきれいな、金髪に水色の瞳の女の人が声をかけてきた。シンプルな濃いエンジ色のドレスで、後ろには女性が何人もいて、護衛の騎士のような人が周りを囲んでいる。身分の高い、お姫様か何かだろうか?
「ああ、ソフィア様。テルビスに留学していた頃の友人の魔導士たちを案内してたんですよ」
友人って言ってくれたのが、ちょっと嬉しかった。
そしてティモシーは私たちに向き直って、この女の人が誰か教えてくれた。
「エドワード陛下の母后のソフィア様だよ。ロッドランド家は、ソフィア様のフォースリア家の一門なんだ」
「ソフィア・デ・フォースリアです。ようこそ。楽しんで下さいね」
「デリス・クラムです。テルビス魔法技術学院の講師をしています」
「同じく、マイティ・ボートンです」
王様のお母様と聞いて、私たちは年に三回くらいしかしない、偉い人に会う時の付け焼刃のカーテシーをした。ちゃんと出来てる自信がない。
「可愛い方たち。ティム、よくして差し上げて」
「ええ。向こうでも随分助けて貰ったお嬢さんたちですから」
おきれいなソフィア様は、大勢の人を引き連れて、図書室を出て行った。
「お姫様の人形みたいな人ですね。びっくりした!」
マイティが大袈裟にそう言うが、実は私もそう思った。
「ははは。公爵家のお姫様だからね。先王がご病気で退位するまでは、王妃様だった人だ」
「今は王太后様じゃないんですか?」
「……離婚なさったからね」
王族は旦那様が病気になると離婚するのか。ちょっと冷たい気もする。
それに、フォースリアって、ティモシーが養子になったという公爵家?どういう事なんだろう。