5 何っつぅーんだろう? 古来から続く、呪詛や、思念の残渣みたいな情報
(3)
「――下関、だって?」
西京太郎が、また箸を止めて、怪訝な顔をしてみせた。
「ちょうど、僕たちが食っている瓦そばの、ご当地じゃないか」
「うん。何か、そんなメッセージなんじゃない? お前を、瓦そばの香りに誘う、的な。ーーお? ちょうど来たし」
と、松本清水子が答えていると、タイミングよく瓦そばが来た。
ジュワァァ……と、瓦からする音とともに、再び香ばしい焦げの香りが漂う。
「それで? ユーサクから、どんな、相談があったんだ?」
西京も、ソバを食いながら尋ねる。
「ああ……? ちょっと、アイツから、こんな電話があってね――」
と、松本が思い出して話すのは、次のようになるーー
『――バッドシティ、イェー……?』
と、海風が少し聞こえる、電話の向こうからの声に、
「あ”? 何だよ、ユーサク? 早く要件言えっての、殺すぞ」
と、松本が苛立った。
『殺すぞって、君も、バッドな言葉を使うねぇ』
そう答えるユーサクこと江藤優作がいる場所というのは、今度は橋の上でなく、下関側の海峡に面した公園――
松林に、幕末の砲台のレプリカの設置された、かつての壇ノ浦の古戦場に面した『みもすそ川公園』。
『今ねぇ、この、バッドシティ、下関にいてね』
「ああ、下関ね。んで? どしたん?」
キメるように言ったバッドシティをスルーしつつ、松本が聞く。
『いや、ちょっとねぇ、まだ確定じゃないんだけど、このイケナイ街でねぇ? 怪事象が、起きる予兆があってさ? それも、邪神の、関わるかもしれない』
「はぁ、怪事象ねぇ」
松本が相槌する。
怪事象や邪神自体は、特別調査課でも、扱うのがそれほど珍しくない事案だ。
松本は気だるそうに相槌したものの、ユーサクのいう内容は信用していた。
ユーサクのサングラスとその奥の目には、確かに、呪力場や怪事象などを視ることができる能力を有していること。
さらには、ユーサクの持つ旧式風のレコーダーであるが、音響を捕らえるがごとくーー、空間の、邪神の関わる“動き”というか、そんな情報の揺らぎを捕捉できるという。
これらの、江藤優作の異能力とアイテムにおいては、特別調査課で使用しているVR分析室に勝るとも劣らないものだった。
それらのバックグラウンドを踏まえて、
「で? どんな予兆が、あるわけよ?」
『そう、ねぇ……』
と、ユーサクは松本に説明する。
列挙すると、例えば幽霊船と思しきもの、それから源平の、落ち武者と思しき怨霊――、あるいは幕末の、おそらく外国船との戦闘での亡霊か?
または、蟹などの化け物といった、“異形のものたち”――
何と言うべきか?
時代感がバラバラで統一感もないが、そのようなものが、江藤優作には“見えている”わけである。
『何っつぅーんだろう? 古来から続く、呪詛や、思念の残渣みたいな情報がさ? カオスに混ぜられて、まるで局地的に自然災害が起きる前触れみたいに、それらの、エネルギー的なものが高まりつつある感じがするんだよねぇ』
「はぁ、」
『まあ、“そいつら”が、まだ、具体的に何かをしたってわけじゃないけどね? あまり、いい予感のするものではないでしょ?』
「まあ、そうだろうな」
松本は、相槌しながら、
「しかし、それらの、お前が“見えている”ものたちがさ? もし、怪事案や邪神の関わる事件につながるとするとしたらさ? その、いま起きている現象ってのは、まったく自然に、勝手に起きたものなのか? それとも、何者かが、何らかの悪意を以って関与している感があるのか? 分かるか?」
と、聞いた。
『う~ん……? どうだろねぇ? とりあえず、さっき、関門橋から眺めてたんだけどな』
「ん? 関門橋の、どっからよ? どうせ、橋脚の上にでも上ったんだろ? 何やってんだ、てめぇ」
『あらぁ、何で分かったのよ? エスパーかよ、松もっちゃん』
「まあ、バカと何とかは高いところが好きっていうじゃん」
『何だよ? その、昭和的な格言みたいな。今の若いもんにゃ、通じないかもしれんぜ? まあ、俺も松もっちゃんも、おっさん、おばちゃんだけんどな』
「は? 誰が、おばちゃんだよ? 殺すぞ?」
『まあ、それはいいとして、よぅ? その時にさ、誰か知らねぇけど、俺を狙って発砲してきやがったんだヤツがいたんだよ? 狙撃だよ、狙撃』
と、松本の息を吐くような「殺すぞ」をスルーして、ユーサクが強調した。
「あ”――? 狙撃された、だと?」
と、松本が眉をひそめる。