39 海の底に“こそ”、都がある
(3)
――ザザ、ザザッ――!!
と、妖狐と宮本が互いに、関門橋のワイヤー、点検通路を駆ける。
足を踏み外せばそのまま100メートル下の海面か、もしくは橋の道路に叩きつけられかねない足場の悪いワイヤーの上をものともしない驚異的な身体能力!!
そうして、
「フシュッ――!!」
と、宮本が銃口を妖狐に狙いを定め、
――ズキューン――!!
と、放つ!!
その銃弾は、
――バ、シュッ――!!
と、妖狐の胸を掠める。
「ハハッ!! 危なかったんじゃないかァッ!! 妖狐ォッ!!」
「ふん、」
妖狐が鼻で答えつつ、
――シュ、タッ――!
と少し浮いて、重力を無視したかっこうで九〇度の垂直、そして一八〇度の裏側を――、すなわち、海面に頭を向けた真っ逆さまの形で、ワイヤーや通路“上”に“降り立ち”、動く。
また、宮本も異能力と呪力ゆえか、同じように重力を無視した超常的な絵づらで妖狐の動きを追う。
宮本が再び、銃口を妖狐に向け
――ズキュン、ズキューンッ――!!
と、連射する。
――キンッ!! キーン!!
銃弾が通路やワイヤーに跳弾する音に混じりながらも、妖狐の身体を掠め、さらには、
――バスッ――!!
と、致命傷にはならないものの、一部は貫通して血を滴らせる。
「どうしたァッ!! 撃ち返してこいよッ!! 妖狐ォッ!!」
叫ぶ宮本に、
「――ッ、まったく」
と舌打ちしつつ、妖狐も銃を瞬時に構える。
その早業に
「ちッ――!?」
宮本は瞬時に回避をとろうとするも、
――パーンッ――!!
と乾いた銃声とほぼ同時、宮本の頬とわき腹を掠める。
「フン!! さすがは、妖狐か!!」
内心危なかったと宮本は思いながらも、宮本は褒めて言う。
「……」
と、その妖狐は沈黙して答えずも、血がさらに口から滴れる。
再び両者、距離を開けて対峙して、
「とは言え、その弱体化はキツいんじゃないか? もう、俺のために死んでくれないかい?」
「ふむ……、それで? 私を殺して、石のダムを決壊させて、どうする気だ? 宮本」
惜しむ顔で請う宮本に、妖狐が聞く。
「フン……、さしずめ、海の底に沈める――」
「海の底に、だと……?」
「ああ……。平家物語は、波の下にも都があると謳ったがね……、海の底に“こそ”、都があるのだ」
「……」
「そうしてね、海の底に沈んだ西国から、何百万の兵士と化した者たちが、東国へと侵攻する――。千年前の合戦とは、逆にな」
と、沈黙する妖狐に、宮本が答える。
そこまで話して、
「もう、いいだろう? そろそろ、決着といこうか? 妖狐」
と、宮本はこれ以上話すことはないと、妖狐に聞いた。
「ああ……」
妖狐も、それに同意した。
互いに隔てた空間が、
――ザザザザッ……!!
と、風でどよめく。
それを合図に、宮本と妖狐の両者はスタートを切る。
――タタタタッ――!!
と、ワイヤ斜面と通路を駆けながら、飛び込んですれ違うように銃を抜いた。
――ズキューン――!!
――パーンッ――!!
と、互いの銃声が響いた。
宮本と妖狐の両者が、くるっと身体を起こしつつ、距離を隔てて立った。
それと同時
「ぐッ――!!」
妖狐が、口から滴れる漏れる声とともに、
――ブ、ワッ――!!
と、血を噴いた。
それを見て、
「フッ……」
宮本は、「勝った、か――」と、微笑しかけた。
そのまま、妖狐のほうが崩れると思いきや、
――タラ、リ……
「……?」
と、宮本は自身の口から、血が垂れることに気がついた。
何か、映画のシーンのように――、胸の、心の臓のところを触るに、真っ赤に血が噴き出していた。
「……」
宮本は見て、それが致命的なものだと悟った。
そうして、
――フッ……
と、一気に虚脱した。
「フ、フッ……」
崩れながらも、宮本は笑う。
妖狐のほうへ、穏やかな顔で一瞥する。
その妖狐も、
「……」
と、別れを見送るように、こちらを見ていた。
そのまま、
――ヒュゥー……
と、宮本は海面へと落ちていく。
「負けたの、か……。さすがは、妖狐か……」
宮本は、今度は完敗を認めて言った。
そうして墜落し、壇ノ浦に落水しながら、宮本は思う。
まあ、いい……
最後に、ヤツと、妖狐と戦えただけ満足か。
このまま、身をまかせて、海の底の都にでも逝こう――




