第5話 雨降る日に② -生誕-
『やあ、はじめまして。緋源龍斗。
……いや、ボクが呼ぶなら"リュウト"の方が正しいかな』
背後からゆっくりと語りかける謎の少年。傘をさし、道路の真ん中に立っている。
謎の少年の顔にはモヤがかかっており、顔を確認することが出来ない。
「……誰だ? いつからそこに居た」
龍斗が歩いてきた道には誰もおらず、誰ともすれ違ってもいない。近づかれた足音も何もしなかった。突如、龍斗の後ろに現れたのである。
"今目の前にいるのは普通の子供では無い。何か嫌な予感がする"、龍斗の直感がそう告げている。
『ッハハ。そりゃ警戒されるよね。
名前は……まあ今は好きに呼んでよ。
ボクは君の知っている世界から来た。
ずっと会いたかったよ、リュウト。』
突然すぎて理解が追いつかない龍斗。
「何者だお前?」
『だ、か、ら、ボクはまだ何者でもないんだよ。
好きに呼んでって言ったのはそういうコト。
どうしても名前を呼びたいのなら……ん〜、
そうだなぁ「セカイ」とでも呼んでよ』
ますます意味が分からない。
最初はただの子供の悪ふざけに思っていたが、このセカイと名乗る少年から感じる"凄み"は普通では無い。
「じゃあ、セカイ。俺の知っている世界ってどういう意味だ?」
『あ〜そうだなぁ、簡単に言うと君の中。随分と前から居たんだよ?』
「俺の中……? 意味がわかんねぇ。俺の中の存在のはずのお前が、なぜ、今俺の目の前に現れてるんだ」
『それは君のせいだよ。リュウト』
「俺はなにもしてねぇよ。お前ほんと何なんだ?」
『ハァ、何から何まで。質問ばかり。
全部教えないといけないのか……?
ボクは君からあるモノを貰いに来たんだよ』
「意味がわからん。俺からお前に渡すものは無い」
『いいのいいの。勝手に貰っていくから。
まあでも、奪うって言った方が正しいか』
「だ、か、ら。なにをだ」
『それは言えないよ。
言ったらボクは君に消されるかもしれない。
ただ一つ言えるのは、昔の君は最強だったって事。
でも君は途中で投げ出した。だから僕が貰うんだ』
「子供みたいな事言いやがって。お前、悪ふざけもいい加減にしろよ」
『ふざけてないよ。僕は至って真面目だよ。
僕が自我を持ったのも、こうして君の前に現れたのも、
全ては君のせいだ。君がつまらない事をするからだ』
「つまらない事だと……?」
『僕は、ずっと楽しみにしてたんだよ?
君が紡ぐ物語を。
でも、君は紡ぐのをやめてしまった。
僕を置いて行ってしまった。
僕は寂しかったんだ。
形を変えてでも再び、紡いでもらうよ。
リュウト、ランコ、ヒビキ、君たちの物語を。
そして、僕はその物語の―――』
龍斗へと手を伸ばす少年。
『悪いねリュウト、僕もまだ不安定でね。
時間が無いんだ!!
貰っていくよ! 君の中の××!』
その瞬間、龍斗の身体から、オーラのような物が溢れ出てくる。そのオーラは、少年の手に吸い込まれていく。
「っ……!」
身体から力が抜け、倒れ込む龍斗。
『ッツ……!
凄いね、これは僕も暫くは自由に動けなさそうだ。
ここまでとはね!』
「お前、一体何を……!!」
少年は、龍斗の身体からオーラを全て吸い取り終わる。
『……ハハハ、ハハ。やっぱ素晴らしいねこの力!
適応し終われば、僕の望みは絶対に叶えられる!
ありがとう、リュウト!
これでやっとボクはボクであることができる!
ボクもキミも、ハッピーバースデイってやつだ!』
「っ……! おまえ、いったい……! くっ……」
龍斗は意識を失ってしまった。
『さて! リュウト! 物語はここから再開する!
まずは君が初めて創った世界へ送ってあげるよ!』
少年は再び手を伸ばし、謎のゲートを生成する。
龍斗は、ゲートに飲み込まれ消滅する。
『最高だ……! 最高だよ……!!!
フフフ、ハハハハハハハハハハ!!』
喜びに打ちひしがれる少年。
その少年の顔はまるでーーー。
『ッハハ……。さて……。
ボクはボクで物語を盛り上げないとね。
土台は用意した、どうするかは君たち次第だ。
楽しみにしているよ。
リュウト、ランコ、ヒビキ、君たちが紡ぐ物語を!』
降り注いでいた雨が、止み始める。
少年は、再びゲートを生成し、姿を消した――
*
その日の十七時、蘭子の家。
集合時間になったが、龍斗はまだ来ない。
「龍斗……。来ないわね」
不思議がる蘭子。
「ああそうだな。家が隣だから油断して、少し横になってる間に寝ちゃったんじゃないの?」
そんなに気にしていない響。
一時間以上経っても来ず、音信不通のままだった。
何かがおかしいと心配になった蘭子と響は、龍斗の家に行く。
「おーい! 龍斗〜! 起きてるか〜!」
「電話しても出ないし、ピンポン押してもなんの反応もないし、何か変ね」
「えっ、鍵空いてんな……。
龍斗〜、入るぞ〜。おじゃましま〜す」
響と蘭子は、龍斗の家の中を調べる
置いてある荷物からして、彼は一度帰宅し、再び外出している様だった。
「響……。なんかこれ、変じゃない?」
「だな。明らかにおかしい。」
二人は直ぐに警察に通報し、彼を待ち続けた。
しかし、数時間経っても、日付を超えても、彼が帰って来ることはなかった。
その後、蘭子、響たちは必死で彼を探したが、足取りは全くもって掴めなかった。
龍斗はどこに行ってしまったのか、どこに消えてしまったのか。手がかりは何も無い。
あれだけ降っていた雨は、龍斗が失踪してから一粒も降っていない。