第15話 アーサーの風脚
引き続き、情熱の国ヴェローナ、図書館にて――
勇者物語研究の第一人者、オリバー教授から話を聞いているリュウト、ジュリエッタ、アーサー。
そこで、この国に迫りつつある危機の存在や、この世界にはリュウトの故郷である日本が存在しないことが明らかになった。
「リュウト、大丈夫だよ!
何とかなる!帰る方法はきっと見つかるわよ!」
リュウトを慰めるジュリエッタ。今のリュウトには気休めだろうが何だろうが効果アリである。
「ありがとう、ジュリエッタ。はぁ……」
段々と残念な顔になっていくリュウト。
「小僧。にしてもお主、何者なんじゃ。ニホンなどという知らん国から来た上に炎のギヴンが発現しておる。今までこんな事はなかったぞ。ありえん。」
オリバー教授は眉間にしわを寄せリュウトを見る。
ここでジュリエッタがつけ加える。
「しかもリュウトはこの国になんで来たのかの記憶もないらしいのよ! あとホントは18歳なんだけど今はなぜか10歳くらいになっちゃったらしくて!」
「なんと! 小僧、お主まるでおとぎ話の中の人物じゃな」
「はは……ははは……」
リュウトにも何が何だか分からない。もはや愛想笑いをする他ない。
「リュウト殿。お気を強く持ってください!」
「はは……ありがとう、アーサー」
「そうだよ、リュウト! ポジティブポジティブ!」
「はは……」
この世の終わりみたいな顔をしているリュウト。
次々と慰めるアーサーとジュリエッタ。
なんだか自分がみじめに思えてきたリュウトは自分を鼓舞する。
「ああああ! クソっ! ポジティブだ! ヤー!」
「その調子! その調子!」
「帰る方法なんか無くてもどうにかなる!!」
「そうです! リュウト殿!」
「うおおお!」
「「お〜!!」」
両腕で力こぶを作り気合いを入れるリュウトに向かって、アーサーとジュリエッタが拍手する。
「おぬしら、何しとるんじゃ……」
苦笑いのオリバー教授。
「あ、そういえば! アーサー、時間大丈夫!?」
ジュリエッタが何かを思い出す。
時計を見るアーサー。今までの落ち着いた上品な雰囲気からうってかわって、年相応の少年のように急に焦り出す。
「まずい! 完全に忘れていた! ジュリエッタ、オリバー教授、リュウト殿、ありがとうございました。スカイヘイブンと危機については後日また対応を相談させてください。それでは、失礼いたします!」
「あ、ああ! またなアーサー、って、速っ!!」
とてつもない速度でその場をあとにするアーサー。
50mを1秒で走り抜けた。走った後には、その勢いでしっかり風が吹いていた。
「あやつは相変わらずそそっかしいのう」
「行っちゃった〜! やっぱり速いね〜!」
「いやいやいや! 足速すぎませんか!?
そそっかしいの次元超えてるでしょう!」
思わずツッコむリュウト。
「お主は知らんだろうが、あれはアーサーの異能じゃ」
「異能?」
何かまた新情報が出てきたな、と顔をしかめるリュウト。
「風脚、風のように走り、走った後に風を巻き起こす。それがやつの異能じゃ。元々は足が少し速い位だった異能を伸ばしてあのレベルまで到達しておる」
「ちょっと待ってよもう。情報過多だよ。盛りすぎですって」
「小僧。お主は他の国から来たからわからんのも無理もない。普通の人間とは異なる、理解を超えた能力。異能。この国の人間には生まれながらに異能が宿っておる。」
「はぁ、なるほど。ってことはオリバー教授とジュリエッタも?」
拒絶してもオリバー教授は勝手に話を進めていくので諦めたリュウト。過多だろうと情報は仕入れておこうと決める。
「そうだよ~! 私は『圧縮筋肉』こう見えても結構力持ちなんだよ! えへん!」
「わしは遠くのものがハッキリと見える『ズーム』じゃ」
「なるほど……、結構多種多様なんだね」
「小僧、お主は異能は無いのか?」
「無いですよ。俺の世界の人で異能持ちは居ないです。初めて見ました」
異能があるのがスタンダードか、どうなってるんだこの国は。と思うリュウト。
「そうか、まあお主には異能は無くともギヴンがある。ギヴンが完全に発現したら、身体能力は数倍に跳ね上がる。異能と同じようなものだ。」
「そうなんですか。まあ俺はギヴンが完全に発現する何ていう危機が訪れない事を祈ってますよ」
「そうじゃな。小僧お主中々もの分りが良いのう」
感心するオリバー教授。珍しくほほえんでいる。
「普段の職業柄(超常研究部、ヲタ活)から、こういう設定はスッと飲み込める脳みそできてますからね」
「フン、とりあえずギヴンが完全に発現したらまずはわしの所に来い。色々と教えてやる」
「ありがとう、オリバー教授。その時は頼むよ」
とりあえず、話を聞けてよかった。俺の知りたかったことは概ね知れた。と思うリュウト。
脳内で内容をまとめる。
【俺的まとめ内容】
1.この国の危機については、天空都市スカイヘイブンにて生まれつつある魔族。だが昔の約束から、こちらから仕掛けることは出来ない。ギヴンが完全に発現したら速やかに迎撃準備をする他にない。
2.炎剣ブレイザードはヴェローナ城の北の洞窟の奥深く。番人がいるらしいので、もし取りに行くなら戦う準備をしてから行かないといけない。
3.日本に帰る方法。無し。そもそもこの世界に日本が無い。
今後の方針としては、日本に帰る方法を探しつつ、もしもに備え炎剣ブレイザード回収しに行くかな、と決めるリュウト。
「え~、なになに〜!
なんかさっきから私置いてけぼりなんですけど!
拗ねるよ!?」
と言いつつ既に少し拗ねているジュリエッタ。
「ジュリエッタ、お主も、アーサーと同じくもうそろそろ準備しなくてはいけない時間じゃろう」
「なんかはぐらかされてるな〜。でもそうだね、もうそろそろ帰るとします!ありがとうオリバー教授! 色々お話聞けて面白かったよ〜! リュウト! 家に戻って今日の舞踏会の準備しよ~!」
「え? 俺も?」
舞踏会に行ったこともない、ダンスも授業で下手と自覚しているリュウトには、不安しか無かった…。
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リュウトとジュリエッタは図書館を後にし、舞踏会の準備のためジュリエッタの両親が営む食堂へ戻る。
現在の時刻は17時。食堂はお昼の営業を終え、夜の営業に向けてゼラニスが仕込み中。
デイジーはジュリエッタとリュウトのおめかし担当。元々コーディネーターやメイクアップアーティストとして有名だったデイジー。結婚と同時に引退したが、腕は衰えていない。
「あら〜、似合ってるわよふたりとも!」
ジュリエッタは、オレンジ色を基調とした、裾が床にギリギリつかないくらいの長さイブニングドレスを身にまとい、頭の後ろに大きなリボンをつけている。足元ははダンスシューズ。また、化粧もしており、可愛いというより美しいという印象を持たせる装いとなっている。
「うわ~、可愛い~! キレ〜! ありがとママ!」
リュウトは黒の燕尾服を着ている。というより着られているという表現の方が正しい雰囲気である。
「デイジーさん、ありがとう。
だけど、なんかオレの、サイズでかくない?」
「ごめんね〜リュウトくん。昔の衣装ストックから引っ張り出してきたんだけど、丁度いいのがなくって……」
「リュウト、文句言わない!
それも子供っぽくて可愛いわよ!」
「子供っぽくてって、あんま嬉しくないんだけど」
文句を言いつつも、舞踏会の準備が終わった2人は、ヴェローナ城へ向かうのであった。