第11話 勇者物語
引き続き、情熱の国ヴェローナにて――
「じゃあ、『勇者物語』読んでいくわよ…」
ジュリエッタが本を開く。
【勇者物語】
ここは、情熱の国 ヴェローナ。
国を流れる大きな運河を土台にした、広大な土地での農作物生産、産業により発展を続けてきた国。
だが、この国の何よりの強みは、農産業ではなく国民の認識である。
国を支えるのは国王ではなく民。それを国王のみならず、国民皆が認識し、互いに手を取り合い暮らしていく事で、この国は繁栄を続けてきた。
しかしその国の未来に暗雲が立ち込める。
民に寄り添い、国のために尽力してきた国王の突然の死。いくら民が国を支えているとはいえ、国王不在では多少なりとも混乱は生じる。
なんとその混乱に乗じ、魔族が攻め込んできたのである。
魔族に対しては、魔力を込めた攻撃のみが有効であり、ただの剣、槍、銃や砲弾はかすり傷がつく程度。
しかし、この国には、魔法使いなどはおらず、魔族に対抗する術がない。
攻め込んでくる魔族の軍勢。為す術なくも蹂躙されていく。
万策尽きたかと思われたその時。一人の勇気ある青年が、魔族の軍勢の前に立ちはだかる。
青年は、炎の紋章を浮かべた右手に剣を携えている。
青年が剣を振るう。
そのひと振りは大火を呼び起こし、敵を焼き払う。
青年は国を救った。
青年は、その勇気ある行動から『勇者』と呼ばれた。
その後も勇者はこの国に残り、魔族の侵略を退け続けていった。
勇者が願っていたのは、全ての魔族を討伐し、退魔の剣を使わずに済む真の平和。
国を救った英雄である勇者の願いを叶えるべく、勇者の死後『炎剣ブレイザード』と名付けられた退魔の剣と、『炎のギヴン』と名付けられた紋章は受け継がれていき、その継承者が国を守り続けていくこととなった。
数十年後、勇者の愛したこの国は、かくして退魔の剣を使う必要のない、争いのない平和な国となった。
そして、退魔の剣と炎のギヴンは継承されることなく封印されることとなった。、
めでたし めでたし
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「私は読んだの子供の頃だったから、詳細は覚えてなかったけど……こんなお話だったんだ!勇者の愛した国か…なんかいいね!」
「そうだね。でもジュリエッタが見た俺の炎のギヴンと、この話をそのまま受け取ると……。って、ちょっと待てよ……?」
リュウトは考え込む――。
『そもそもなんなんだこの状況。子供にはなるし、知らない国にいるし、変な紋章が俺に出たらしいし、しかもその紋章が出た人は国を救う使命を持ってるっぽいし。普通に考えて絶対におかしい。
でもこれは夢じゃ無い。絶対に現実だ。意識ははっきりしているし何よりリアルすぎる。
やけに設定が凝ってるから超常研究部のやつらのドッキリか?とも思ったがでも彼らが役者やこんな大掛かりなセットを用意できるはずがない。
とりあえず、情報収集と整理をして考えていくしかしかないな……。
まずは気持ちを切り替えて、勇者物語についてだ。退魔の剣「炎剣ブレイザード」、それを扱えるものにのみ現れる紋章「炎のギヴン」、ギヴンはおそらく"given"、"与えられたもの"という所から来てる。最初の継承者がそう名付けたのだろう。継いでいくには名前は大切だ、ファンタジーモノにこういうのはよくある話だ……。って、そんなのは実際どうでもいい。
問題は、炎のギヴンを持つ者が現れたということ。つまりそれはこの国で再び戦いが起こる事、この国にに危機が迫っていることを意味している。
ギヴンが出た人間は勇者として戦う事になるだろう。でも俺みたいな戦闘の素人が先陣切って魔族と戦う事になったら戦力的にとてもヤバい。
そして、俺がこの話を読んで浮かんだ疑問が二つ。
一つ目は、何故俺に炎のギヴンが出たのか。
二つ目は、炎剣ブレイザードと炎のギヴン、そして情熱の国ヴェローナ、俺はこれらの言葉を元々知っていた。ということだ。
何故元々知っているのか、それは記憶を辿れば思い出せるはずだ。そしてそれがギヴンが出た理由を知ることにも繋がるはず……!
思い出せ……なんで俺はこの言葉を知ってるんだ……!』
考え込むリュウトに、ジュエリッタが声をかける。
「お〜い、リュウト?急に黙ってどうしたの!? 具合悪い!?」
しかし、その声はリュウトには届いていない。
『ダメだ……。全く思い出せない……。まるでその部分だけ記憶が抜け落ちてるみたいな感覚だ……。』
「お~い、リュウト〜? ん~もう変な人だなぁ」
『そう、変だ。ただ忘れたってだけじゃなくて、抜け落ちてるだなんて、こんな感覚今まで体験したことがない。絶対に俺の想像を超えている何かが起こっているが……思い出せない以上、考えるだけ無駄なのか……?』
「リュウト〜。リュウトく〜ん。聞こえてますか〜?」
『クソッ、なんか負けた感じして悔しいし腹も立つが、現状、思い出すのは諦めるしか無いのか……。
とりあえず、情報収集して疑問を解決していくしかないか……。
とりあえず俺が調べなければならないのは三つ。
一つ目は、ギヴンがなぜ俺に出たのか。
二つ目は、この国に迫っている危機の正体。
三つ目は、日本に帰る方法。
一つ目の、ギヴンについて。これは、現れた意味によっては俺のこれからの行動と運命を左右する。
二つ目の、危機について。
ゼラニスさん、デイジーさん、そしてジュリエッタ。この国の人には助けられた。その人たちに危機が迫っているかもしれない中、見過ごす訳には行かない。
三つ目の、日本へ帰る方法について。
何で俺はここに居るのかも分からない。
見たところここは飛行機や電車などの交通手段などがあるほど発展しているように見えない。
電灯なども見当たらない。現代にしては技術が遅れすぎている。
ここまで不思議なことが起きている以上、日本という国がそもそも存在しない世界に飛ばされた可能性もあるが……。それは今考えないでおこう。
とりあえず、俺は今まで心霊、SF現象などとされてきた事象は全て現実で起こると立証してきた。
超常研究部、部長としてこの謎は解き明かさせてもらう。
まずは書庫などに行きこの国の文明や時代などの情報を仕入れたい。
そしてギヴンや危機についてはこの国の歴史学者などにも会って話を聞きたい。やることは沢山あるな。
そのために、この国に詳しい人物と一緒に行動したいが、どうするか……』
考えをまとめ終えたリュウト。
真面目な顔でジュリエッタの方を見る。
「なぁ……ジュリエッタ」
「わっ! 急になになになに!?」
驚くジュリエッタ。
不思議そうに首をかしげリュウトを見る。
「今から、俺と二人で街に出ないか?」
真剣な顔で、喋りかけるリュウト。
「えっ、えええ……!?」
急な誘いに驚くジュリエッタ。
普段なら『オッケ~! 行こ行こ~!』となるのだが、先程(前話)のリュウトに少しときめいてしまった彼女の頭は、なぜかこの年頃の女の子特有の恋愛脳になっていた。
「ま、まさか! デデデデデデ、デート!?」
そう、ジュリエッタはリュウトからのデートの誘いだと勘違いしてしまったのである。