些細な日常の幸福を
大学から家に戻るまでの帰り道。
いままでは何もなかった時間に、最近は新しい風が吹いていた。
ゆったり歩き、帰り道の間に停まっているキッチンカーに向かう。
今日も元気に接客している女性の姿があった。
「お姉さん、今日も元気っ?」
私よりも身長が高い、大人びた女性がキッチンカーで営業している。
キッチンカーに貼られているメニューはタピオカやクレープ。甘味系のものだ。
「……まぁ、ほどほどかな。特別疲れることもなかったから」
彼女に『お姉さん』と言われるのはくすぐったい感じもあるけれど、嫌いじゃない。
ここで買い物するのが、最近の楽しみみたいになってるし。
「おやおやぁ? 先週はげっそりした感じだったけど?」
「それは、色々課題に追われてたから。今週は解放されてます」
「地獄のレポートってやつ」
「そうそう。結構量あったから、学校でやってた」
急にやってきた10000字のレポートに追われていたのが先週だ。
参考文献をがーって引用して、その後にそれとなく自分の意見を書いてだらだらやれば案外何とかなる……というのが私の大学の持論だけれども、それでも10000字は多かった。
途中で自分の意見が食い違いとか発生してないかとかそういうのを考えてたりするのでも時間がかかったし、正直辛かった。
「ふふん、先週はサービスしてあげたもんね」
「クリームたっぷり、チョコチップ乗せとアイス増量は重かったけど」
ぐったりした様子のまま、店員にレポートで苦戦していたことを伝えたら色々増量してもらったというのも先週だ。
クリームどーん、チョコチップぎっしり、アイスなんと二つ! ……という強烈な増量は女子大生にとってはなかなか暴力的な量だった。
「でも、美味しかったっしょ?」
「……まぁね、美味しかった」
けれども、あっさり食べれてしまっていたのも事実。
疲れている時はやっぱり甘味は効果的なのだ。頭のもやもやがすっきりするような感じになったのは久しぶりだった気がする。
一週間が終わったタイミングで入る温泉みたいなものなのかもしれない。至福の時、というものだ。
「で、今週はどうする? 寄ってきたということは何か買うってことじゃない?」
「うん、今日はそれなりに色々味わう予定」
「いいよ~、ガンガン頼んじゃって!」
メニューを少し見つめた後、頼みたいものを声に出す。
今日、私が食べたいのは……
「チョコアイスとクリームのクレープにココアのタピオカ。ひとつずつ」
「たっぷりコースだね!」
「今日はお昼控えめだったし」
「そうなの?」
「うん、カップ麺ひとつ」
「わーお、手を抜いてます的な適当さ」
「移動とかで時間がかかっててね。それくらいしか食べられなかった」
「へぇ、女子大生も大変だ」
しっかりと頼んだもののお金を支払う。そうすると、店員は笑顔で清算してくれた。
それとなく会話が弾むのは、店員側の話の展開の仕方が上手だからだろう。私はそこまで会話上手ではないし。
「なんのカップ麺が好き?」
「シーフード系。エビがいいんだよね」
「ほうほう、いい趣味してますなぁ」
そこまで重さを感じないのも好きな部分かもしれない。
シーフードは他の味に比べてすっきりした味わいなものが多い。
「店員さんは?」
「ほぇ、わたし? カレーかな」
「へぇ、なんか意外」
「カップ麺のカレーのやつって結構そこでしか食べられない系な味が多いんだよね。あと、レトルトも好きー」
「レトルトは時間が足りない時とかよく食べるけど、普段作るカレーとは違う味がいいって思う」
「それわかるー! レトルトカレーってなんだか独創的な味がしていいよね!」
「色々試したくなるよね」
「うんうん!」
店員さんは甘味を作る人なのにカレーが好きというのはなんだか面白い。でも、親近感も沸く。
自分で作るカレーも味わい深いけれども、レトルトカレーは個性的な味わいなものがいっぱいあるので、なかなかグルメでも満足度が高い。
実際、一週間に5回ほどレトルトカレーを味わっていた時も、別の種類をいくつか買っていたのもあって飽きが来ることはなかった。
「お持ち帰り?」
「ここで食べる」
「もっと話せるね!」
「私と話すのは好きなの?」
「んー、フレッシュな感じがあっていいよね!」
「なにそれ」
「お姉さんは、学生さんを見ると青春を感じるのさ」
そう言いながら大人っぽい表情で笑う店員さん。
……だけれども、元気ではきはきしたしゃべり方なのもあって、そこまで大人っぽい感じはしない。
「じゃあ、私以外の人を見ても青春感じる?」
「女子高生とかいいよね。私服の子を見てたりすると……こう、うん、テンション上がる」
「何故に?」
「かわいい子を見ると、幸せになるから! それに、やっぱりクレープとか美味しいって食べてもらえると嬉しいよ」
「なるほどね、まぁ、褒めてもらえたりすると嬉しいよね」
少しだけもやもやした気持ちになるけれども、まぁこれは個人的な嫉妬だろう。
「あっ、ちょっと妬いてる?」
「妬いてませんー」
「いやいや、ちょっと嫉妬してる人っぽい感じになってたよー?」
「どうだか」
まぁ、店員さんだって仕事をしている人だ。
私以外の人と関わることは多いだろう。だから、ほどほどに気にしないことにする。
「はい、タピオカとクレープ。今は人いないし、適当に車の前で食べていいよ!」
「ありがとう、いただきます」
まずはチョコアイスとクリームのクレープを味わう。
「……やっぱり冷たいクレープは美味しい」
「今の季節はそろそろ暖かくなってきたからねぇ、いい感じになるよね」
「それもあるし、店員さんの作り方が上手なんだと思う」
クレープ生地はもちもちしていて食べ応えがある。
アイスの舌触りはなめらかで、すっと味わうことができて美味しい。そこにいい感じに交わるクリームがあるのもあってとても美味しい。
一週間に一回やってくるこのクレープ屋で味わえるこの時間がとてもいい。
「ふふふ、そうでしょうそうでしょう」
「自信満々」
「練習してきたからね!」
「そういうところ、見習いたいかも」
クレープをしっかり味わって、堪能する。
チョコレートの味わいはミルクチョコらしい感じがある。甘くてとろけるような味わいが口いっぱいに広がって幸福感を堪能できる。
お腹にほどよくずっしりくる感じの甘さ。そういうのはとても好みだ。
「でも、わたしね、お姉さんがクレープを食べてる姿見るの好きだよ?」
「な、なに。藪から棒に……」
「うーん、なんて言えばいいのかな。お姉さん、すらーってしててクール系じゃない? そんなお姉さんが女の子っぽく笑顔で食べてるの見ると、ドキドキするみたいな」
「……そこまで?」
「うん、かわいいよ?」
そうまっすぐ言われるとなかなか気恥ずかしい。
店員さんから少しだけ視線を逸らしながら、クレープを食べ終わる。
完食。とても美味しかった。
「そういう発言は自重した方がいいよ」
「どうして?」
「本気にする人とかいそうじゃない?」
「んー、わたしは女の子にはいつも言ってるけど?」
「それも複雑な気分……」
「特別になりたいの?」
「そういうわけじゃないけど」
次はタピオカを味わう。
ココアのタピオカはミルクティーみたいなものと違って、チョコレートの甘さに重点が置かれるような感じになるけれど、これがなかなか美味しい。
しっとり感プラスもちもち感、というのだろうか。そういうバランス感がいいのだ。
「こっちの味も美味しい」
「私が好きなココア選んでるからね」
「へぇ」
「タピオカの種類も増やそうって考えてるのよ? 例えば、抹茶とか!」
「抹茶? なかなか渋い選択……」
「この前タピオカ屋で食べてみたんだけどね、結構おいしかったの! だからレパートリー増やしてみたいなぁって思ったの!」
「そこまで言うなら、興味あるかも。新メニューになったら、ぜひ勧めてほしいな」
「うんうん、お得意様だし、真っ先に紹介するよ!」
笑顔でそう言葉にする店員さん。
私よりも明るい性格をしている彼女の姿を見ていると、不思議と元気になる。
「お客様としてのお姉さんも好きだけど、私生活どういうことしてるかとか気になったりもするんだよねぇ」
「私のことが知りたいの?」
「うん、興味あるかな? 結構表情豊かだし、色々食べ歩きとかするのも楽しそうだしっ」
「店員さんとデートってことになるね」
「ふふん、わたしはデートプランを考えるのは得意だよ! 実際にデートしたことはないけど!」
「なかなか大変そう」
「まぁ、暇な休日に会いたいっていうのも悪くないんじゃないかなぁって思うの!」
「いいの? その時はお客様と店員って関係じゃなくなるけれど」
「お姉さん、店員さんって呼び方もその時は変わるかも?」
「それは……それで面白いかも」
何気ない日常から、新しい発見に繋がっていく。
なにげない縁を紡いでいくのは素敵な明日を導くかもしれない。
「じゃあ……店員さんの名前をそろそろ教えてほしいな」
「なら、交換条件でお姉さんのことを教えてほしいかも?」
「……私から名乗ることって結構珍しいんだよ?」
「なら、わたしはレアな経験してるってこと? ラッキーっ」
「店員さんだから、そういうことしてるの……かもね」
「あらあら」
「微笑ましいみたいな表情しないの」
ちょっと甘い感じにもなったりする些細な日常の時間。
なにげない幸せをこれからも感じていきたいと思った。