大変だけど、頑張ろう
深夜テンションで書いたものです。
品のない言葉がちょこちょこあります。
広い心で見ていただけると、嬉しいです。
誤字報告ありがとうございます。
大変助かります(*^^*)
「なんか疲れたなぁ」
王宮舞踏会で、お疲れ気味の少女が呟く。
彼女は公爵令嬢、ルネック・ヒレミタ。
ただ家格が高いだけで、王太子ギズモ・ランタックの婚約者になった。
この王家の人間は、全員面が良い。
なんて素敵なことだろう。
ギズモ様もグリーンプラチナの髪に碧眼の超美形で、真っ直ぐな長い髪は風でさらさらと舞い、キューティクルが光っている。睫毛だって、マッチが4本乗るくらいには長い。私なら1本がせいぜいだ。
けれどそのせいか、全員が面食いだ。
政略結婚で結ばれても、王子達のお眼鏡にかなう美しさがなければ、子は産まれない。
いわゆる “白い結婚” になる。
そうなったとしても、離縁することは滅多にない。
例外としては、愛のある生活を欲し慰謝料を払っても離縁するか、内緒で愛人を作り離縁されるかだ。
生家のことを考えれば、普通はとても離縁なんてできない。
ルネックは、端から期待していなかった。
周囲から見ても同様だろう。
だって誰から見ても “モブ顔” だから。
紅茶色の髪と薄緑の瞳で、地味めの配色はありふれた色だった。
きっとメイド服を着れば、彼女が公爵令嬢なんて気づく者はいない程度の普通の容貌。
逆に胸はAカップくらい。
自分でも王太子妃なんて、遠い目になる。
だからルネックは安心していた。
結婚しても執務だけすれば良いのだろうと。
勉強はできる方だから、執務は苦でもない。
例え殿下から「これくらいやっておけ。こんな使い道しかお前にはないんだから」と、押しつけられた仕事が山のようだとしても。
ギズモ様とお茶なんかするよりは、だいぶん気楽だった。
ギズモ様には愛する人がいた。
「ギズモ殿下~、お逢いしたかったです」
桃色のツインテールを揺らし、ついでに大きな胸を揺らして走ってくる令嬢がその彼女だ。
モアナ・キューベリー男爵令嬢で、ルネックとギズモより2つ年下。
あと数か月で学園卒業の18歳。
私は側室も妾妃もオールオーケーな女だ。
どうせ自分では産めないのだから、次の後継を産んでくれる女性は大事にしたい。
けれどモアナ令嬢は「私に虐められている」と、ギズモ様に訴え腕に縋る。鼻の下を伸ばすギズモ様。とんだ濡れ衣である。
「唯でさえブサイクの癖に美しいモアナに嫉妬するとは、なんと心の醜いことか。お前との婚約は破棄する!」
どや顔のギズモ様に怒鳴りつけられる私。
側近の騎士団長子息レイノルも宰相子息フランチェも、怖い顔で立ち並んでいた。
(このクソ野郎。お前にはもう様などつけぬ。ギズモで十分じゃ。側近と穴兄弟の癖に。バーカ、バーカ!)
それも王宮舞踏会の最中での所業。
配慮の欠片もない発言に、周囲の参加者もドン引きである。
だってギズモの女癖の悪さは有名で、国王も王妃もご存知なのだから。
王室は美のカリスマで生き抜いた歴史がある。
戦力の弱い我が国で、美しく賢い王女達が嫁ぎ和平に繋げてきた。
その為外交をこなしたり、嫁いでいく王女達の方が教育が苛烈であり、王子達はある意味種馬のような扱いだった。
『美しい王女を産ませることだけが仕事』と言わんばかりに。
なのでちょっぴりお馬鹿でも、性欲のある王子は甘やかされていた。ワンパクでもいい、元気に育ってくれればと。
少し考えて欲しい。
王太子の婚約者になる程度に高貴な身分の、我が家ヒレミタ公爵家。
当然王家の血も、何代か混ざっている。
直近は王家から婿に来た、第三王子だったお祖父様だ。
それは周知の事実である。
本気で排除を望むなら、虐める前に殺害するだろう。
それでなければ、男爵家に圧力をかけて家ごと潰す。
伊達に筆頭公爵家を名乗っていない我が家。
ヒレミタの名さえ出さず済ますことができるのに、放置していたのだ。
とんだ冤罪である。
でもまあ、 “婚約破棄” 望むところだ。
どうせ王命で決まった王家主導の婚約。
舞踏会に参加している、私の父も兄達も悪い笑顔を浮かべていた。
(みんなのあの笑顔。良いのね、受けるわよ)
ここで婚約破棄を認めるのは、私が悪いと周囲に受け止められかねない、なんとか奴の醜聞を晒す?………いや、ここは。
私は俯いて、か弱そうな淑女を演じた。
今日のメイクは、侍女が頑張って盛ってくれた。
通常の5割増しで美しい(でもモブの5割だから、ちょっと可愛いくらいだ)。
「承りました、ギズモさま。大変申し訳ありませんでした。もう二度と悲劇が起きないように、私も私の家族も城に近づきませんので。どうぞ、お元気で」
私は最強に完璧な角度で、華麗なカーテシーをして近辺にいた家族とその場を去った。
それを見たギズモもモアナも、側近達も呆気に取られていた。
何度もシミュレーションしたんだろう。
「待て、ルネック! 俺からの華麗な断罪を受けるんだ。おいコラ、待つのだー」
「そうよ、そうよ。私に謝んなさいよ! 聞きなさいってば!」
背後からなんか喚いているが、知らん顔で振り返らない。
ガツンガツンと、靴音が響く。
父も兄達も足早で私を囲んで移動していく。
ギズモの側近が追いかけてきても、隙などない私達に近寄れはしない。
遠方にいて、こちらの様子が解らなかった国王は、宰相が慌てて報告したことでギズモの元に駆けつけた。
「なんだこの騒ぎは。勝手に婚約破棄など何を考えておる!」
国王は太った腹を揺すり、息を乱しながらギズモを叱りつける。
その勢いで頬にグーパンチも繰り出され、表情には怒りが滲んでいた。
「ぐわっ。父上、暫し聞いてください。僕は正義を成しました。か弱き乙女モアナを虐める、性悪のルネックから彼女を守りました。僕と正義を成した二人に褒美を与えてください。………そしてモアナ、モアナ・キューベリー男爵令嬢との婚約を認めてください!」
殴られているのに空気の読めないギズモは、シナリオ通りの言葉を国王に訴える。
先程から、ざわめくホールが静まり返り、おバカな王子達だけが喜色に満ちていた。
だからこそ、放たれた国王の言葉に戸惑いを隠せない。
「そこにいる者全員、牢に入れて反省させろ。良いと言うまで絶対出すな!」
「どうしてですか? 父上、父上ー!」
ギズモは近衛兵に押さえつけられても、身を捩り暴れる。
「放せ、馬鹿者。触るんじゃない」
「何故ですか? 国王様!」
「止めてください、父上を呼んでください。誰か!」
「やめてよ。いや~ん、助けてギズモさま~」
めちゃくちゃ混沌の場に駆けつけた、今も輝く美貌の王妃は泣き叫んでいた。
「どうしてなの? あんなに優しい良い子、他にいないわよ。国の為にと、あらゆることに精通した頑張り屋さんなのに。………それにあの子は初めから子を産むことを考えていない。本当に国の嫁になるつもりだと言っていたのよ。そんな子が虐めなんてするもんですか!………この愚か者が!」
言った後に、持っていた扇でバシッバシッと背中を殴られた。
「痛っ、止めて母上」
いつも柔和な母親までもが、泣きながら自分を罵倒してくる。
「な、なんだ、いったい何が起こっている?」
困惑の中、ギズモ達は牢に連れていかれる。
彼の側近の二人は、気まずそうにモアナを見ていた。
モアナはまだ、猫を被っている。
「ギズモさまぁ、助けて~。怖いです~」
握った両手を口元に当てて、悲しげな風情。
見ている分には、文句なしの可憐な美少女だ。
騒ぎの中でも見惚れる者が多くいた。
ただ泣き真似をしても、一滴の涙も出てはいないのだが。
そんな事を知らないルネック達は、既に邸について夕食を食べていた。
父も兄達も、私と同じ紅茶色の髪と薄緑の瞳で、全身筋肉の高身長だ。顔は男前の方だと思う。父は口髭が似合うダンディーさんだ。あくまでも自分の主観だけどね。
「もう城に行くことは、ねーなぁ」
「ああ、もう行かなくて良い。当主のワシが許す」
「全く。誰が手助けしてやって、国が持ってると思っているんだ。無能集団が!」
怒り狂い食事をする父と兄達に、ルネックはうーんと考え込む。
私がもう少し上手くやれば、誰にも迷惑をかけなかったのに。
つい、テンションが高まり、やってしまった。
あの理不尽さに、もう我慢できなかったのだ。
しょんぼりするルネックに、声を掛ける長兄シャラマン。
「お前はよく頑張ったよ。その知識は国の宝だ。それがあれば、何処に行っても暮らしていけるさ」
「そうだ、そうだ。お前の稼ぎで食わせてくれ」
「何言っとる、馬鹿タレが」
「冗談ですよ、父さん」
「本当か? 妹に頼る軟弱なら、ここで切り捨てるぞ」
「本当、勘弁してよ」
本気とも冗談とも取れる会話に、ルネックの気持ちも解れていく。
「助けてくれてありがとう。私一人なら、あの場で泣いていたわ、きっと」
礼を言うルネックだが、次兄ガビロは微笑んでからかう。
「案外お前一人でも、この種馬って食って掛かる気がしたんだけど」
長兄シャラマンも、そうだそうだと頷いた。
「あんな奴の玉なんて潰してやればいい。お前にはそれぐらい軽いだろう。何せ俺が鍛えたんだからな」
「お前ら何言っておる。嫁入り前の妹に無礼だぞ。まあ暫くは何処にもやらんけどな」
父もおどけて慰めてくれた。
「お前のことが一番大切だ。素直にワシらに頼れば良いんだぞ、ルネック。国なんて、回りの賢いのが幾らでも回せる」
「そうだ。お前があんまり我慢しているから、そろそろかっさらって来ようと思ってたんだ。ギズモなんかには、お前は勿体なさ過ぎる」
ルネックはその言葉を受けて、知らずに泣きながら父や兄達を見つめた。嬉しくて言葉がでない。
結婚1年前と言うことで、ルネックは城に部屋を宛がわれ、王太子妃教育を受けていたのだ。
「あり、がとう。みんな、ありが………ふくっ、うっ」
そんなルネックに、次兄のガビロが声を掛けた。
「あのさぁ、本当に行かないか? ちょっと遠いんだけど、隣国の隣国マカユザーノに。あのな、そこの伯爵令嬢と、あのさ、結婚することになったんだ。ハッキリ言って、俺一人だと心細い。ついて来てくれー」
「えーーーーー!!!! おめでとう、ガビロ兄さん」
父もシャラマン兄さんも微笑んでいた。
吃驚したけど、今日のタイミングって最高だったのかな?
「行こう。行きたいよ、連れてって。マカユザーノの織物に興味があるよ。ワクワクしてきた」
降って湧いた話に、モヤモヤしていた胸のつかえが取れた気分だった。
父は今日のことがなくても、私を蔑ろにする王家に嫁にやれないと思っていたらしく、兄がマカユザーノ国に行くタイミングで私を連れていくつもりだったそう。後腐れなく済んで、少々物足りないとも言っていた。
それにもう、公爵位は父の弟夫婦に譲っており、他にも父が持つ伯爵位と子爵位も父の弟夫婦に渡していた。
既に公爵令嬢ではない私では、王太子妃にはなれない状態だったのだ。
さすがに王家の承認は一時的に保留にされていたが、今回の決別で受理されただろう。
どちらにしても、もうマカユザーノ国に行かなければならない。
結婚式は3か月後で、移動に1か月はかかる。
私達の式用の燕尾服やドレスを作るには、ギリギリだったから。
父の弟夫婦や親戚も、ギズモの非道に怒っており、何かあれば俺達が殺ると言ってくれた。わりと脳筋のヒレミタ一族は武術に長けており、騎士や近衛も多く輩出している。下手に刺激すれば怖いと恐れられていた。
ガビロ兄さんとマリーム伯爵令嬢は、学生の時に交換留学生として意気投合したらしい。兄が学生の時だから、5年も前からだ。
「どうして今結婚が決まったの?」
ガビロは頭を掻きながら答える。
「ずっと文通はしていたし、時々は出向いていたんだ。馬をぶっ跳ばせば、往復2週間くらいだからさ。でもマリームの父上が、マカユザーノ国の言葉を普通に喋れなければ嫁にやれんって。だから、それに時間がかかってたんだよ。まあマリーム超可愛いし、そのくらいの試練はしょうがないよな」
なるほどと納得した。
家の男達は体を動かすのは得意だけど、勉強はからっきしだから。それでも結婚できるなら、マリームさんの父上に認められたんだろう。
「よく頑張ったね、すごいよ」
「参ったよ、本当に。こっちにマリームが居た時は、ランタック語で会話してくれたからさ。マリームはこっちで武術を学んでいたんだ。向こうでは女性も従軍する人が多いらしくて、マリームも強いんだ。俺も何度も負けたんだ。それで惚れたんだよ」
すごい惚気てくる。
けどマリームさん強いよ、かなり。
ガビロ兄さん、騎士団でも強い方だし。
まあ家は喧嘩殺法だから、金的攻撃、目潰し、砂けむりや土かけ何でもありだ。何でもありなら強いけどね。
そこに行くなら、コミュニケーション能力は必須だわね。
間違ってないよ、うん。
そしてもう、家も用意しているらしい。
私達の住む家とガビロ兄さん達の新居の2つを。
ガビロ兄さんは良いけど、シャラマン兄さんは良いのかな?
近衛騎士最強と言われているのに。
そう思って兄さんを見れば、お前を大事にしない奴等は守りたくないと即答だった。父も頷いている。
私は今まで一歩引いて生きてきた。
だからすごく嬉しくて、嗚咽が止まらなかった。
「わ、わたしのせいで、お母さん、死んだの、に、みんなやさし、いから。うっ、うっく」
「何言ってるんだ、お前のせいじゃない。母さんは笑ってたぞ、お前が可愛いって、元気で良かったって。その後に血が止まり辛くて儚くなったが、お前のせいじゃない。子供を産むことは命がけだ。だから命は大事なんだよ。そんなことも覚悟して、それでも産んでくれるんだ。すごいよな、尊敬するよ」
父も兄達も頷いている。
私を微塵も責めてはいない。
「でもそんな風に、誰かに言われたのか?」
私は押し黙る。
それが答えだった。
幼い時に誰かに言われたのだ。
「あいつの母親は、あいつを産んだから死んだんだぜ。俺の父さんが言ってたもん」
その時は、何を言われているか解らなかった。
幼い時に母さんが死んだことは知っていた。
それが私のせいだったなんて。
呆然としている私の前へ、女の子が立ちはだかり庇ってくれたのだ。
その子は私より少し背が高く、青い癖毛で少しつり目の金の瞳だった。
「そんな失礼なこと言わないで。彼女の母上は、彼女のことが大好きで産んでくれたはずよ。関係ない貴方が彼女を貶さないで!」
そう言って棒を振るい、男子を遠ざけてくれた。
彼女の弟も、同じ境遇だったそう。
「私はずっと、弟が産まれるのが楽しみだった。勿論母もよ。母はへその緒を首に巻いて産まれて、仮死状態だったそうなの。生き返って儲けものと笑ってたわ。だから母が亡くなる時も、弟が無事で良かったと笑っていたの。へその緒巻いてなくて良かったって。弟は少ししか母と過ごせなかった。それだけでも可哀想なのに。………貴女と弟がだぶって我慢できなかったの」
彼女はガブリエル・インフニティ侯爵令嬢。
その時からいろいろ話をしたり遊びに行って、ルネックの無二の親友になった。
彼女は王太子の所業について、いつも苦言を呈していた。
「貴方は王太子妃になるのよ。きちんと言わないと駄目よ。なんなら、私が言ってあげましょうか?」
ルネックは慌てた。
次期王太子妃の私でも咎められるかもしれないのに、友人のガブリエルなら不敬罪以上になるかもしれないわ。絶対駄目よ。
やんわり言ってみるわと誤魔化すも、何処まで誤魔化せるか。
何て悩んでいたこともありました。
結局私は、ガブリエルに何も言わず、マカユザーノ国へ出発した。何度も言おうと思ったが、言い出せずに時が過ぎてしまったのだ。
だから向こうに着いて手紙を出した時、すぐに返事が来たことに驚いた。
私は何度も会いに行こうと思って、行けなかったことを謝罪した手紙を送ったら、気にするなと返事が届いた。
きっと貴女は、自分が出産しない後ろめたさがあって、色々口出しできなかったのだろうと、図星をつかれてしまった。でも、それでも言わなければ駄目だったのよと突っ込まれた。
本当にその通りです。はい。
そして新しい王太子妃は、ガブリエルになったそうだ。
本当にご迷惑お掛けします。
でも王太子はギズモが外されて、第二王子のバーグマンになったそう。と言うか、ギズモが王太子になれば国が終わると議会が動いたそう。きっと私の叔父も頑張ってくれたのだろう。
ガブリエルは元々第二王子の婚約者だから、繰り上がりしただけだ。
ギズモはモアナ男爵令嬢と一緒に、北にある年中雪が降る領地に飛ばされたそう。愛する人と一緒になれたなら幸せだろう。
私は寒いの苦手だから、冤罪をかけたことは許してあげよう。
ガブリエルは、王族の女性だけに教育を強く課すことを止めさせた。と言うか、男児にもきちんと教育をしていくことにしたのだ。
例えば今回のように、国内状況も理解できない程放置することを避けるためだ。どうしても王女が国外に嫁に行く為、王子に愛着を向けやすい傾向にあった我が国。
それを解決する意味も含め、次代からは実力のある子を男女関係なく王位に就けることになった。それに伴い、顔の美醜で伴侶を選ぶことも廃止した。諸外国で顔を重要視することは少なくなり、我が国から嫁いだ王女も才能により嫁いでいたことが判明したからだ。たしかに綺麗な方が良いだろうけど、当たり前だけどそれだけではないのだ。
私は国の変革に驚くと共に、ガブリエルだから出来たんだと誇らしく思えた。さすが親友だと嬉しくなる。
結婚式はガブリエルが先となり、私も招待された。
式のある来年の春に、久しぶりに会えるので今から楽しみだ。
今は夏が来たばかりだけど、ガブリエルのウェディングドレスが目に浮かぶように想像できる。
(きっとすごく綺麗なんだろうなぁ。ちょっぴり羨ましいかな)
なんて楽しんでいる自分は、ただの普通の女の子に戻れたのだ。
私の家族は丸ごと騎士団に入り、頭角を見せた父はその後に男爵位を得た。
ガビロ兄さんとマリームさんの結婚式の時は、ガビロ兄さんは平民扱いだった。それでも快くマリームさんの親族に迎えられた。元々ランタック国で公爵家だったことや、家門を父の弟が継いでいることも決め手になったみたいだ。参列した親戚とも仲が良好だし。
それでもガビロ兄さんは、自力で爵位を得る為に頑張っている。
彼女に辛い思いはさせないぜと言うが、マリームさんの方が知的で参謀向きなので、兄は部下になるかもしれない。
シュラマン兄さんは、ミケラン王太子に気に入られて近衛騎士へ引き抜かれた。私はライカ王女の護衛騎士に抜てきされた。
勉強嫌いなシュラマン兄さんも、ランタックの近衛騎士になる為に他語学を習得していたことが幸いしたのだ。
二人とも数か国語が話せることで、社交の場にも付き添える人材と評価されたみたい。私の方が2か国多く話せるので、兄に教えを乞われた。今までよりも一緒の時間が多くなり、何だかむず痒いけど楽しんでいる。
この国の王族は金髪碧眼が多いが、当然ながら全員が美形と言う訳ではない。美形も普通顔も半々くらいだ。ちなみにミケラン王太子は普通顔で、ライカ王女は優しげな美人顔だ。今までのように顔のことは気にならなくなり、今はとても安らげている。
マカユザーノ国は、ランタック国より軍事力も人口も多い。
文化も少し違うし、家電がランタック国より発達していて便利になった。是非ガブリエルに教えてあげたいと思う。
特に家電のことは秘密ではなく、輸出が増加するように推奨してくれと言われた。自国の家電メーカーには悪いけれど、切磋琢磨する時代が来たんだと思うので、是非頑張って欲しい。
私は今までの王妃教育の時間を、剣技と体力をつける時間に充てている。それと歴史と文化の勉強も。
いくら王太子妃教育を受けたと言っても、ランタック国とは違う部分も多く日々勉強だ。
顔だけで他国に嫁いだと言われる王女達は、実はとても勤勉だったと聞く。
自分の身を守る為だけでなく、国の利益になるように懸命に頑張ったのだと思う。そのお陰もあり、比較的平和な時代になった。
さすがにもうランタック国は、他国に嫁がなくてもいい方向にしていけばいいのにと願う。
何となくだけど、ガブリエルがそうしてくれるんじゃないかと思っている。
唯他国への移住でも大変なのだ。
国を背負う王女は偉大だと、今さらながら気づかされる。
きっと、私がここに来るのは正しい選択だった。
みんなが良い方に向いている気がする。
実はまだ、私の母への罪悪感は消えていない。
でもマリームさんの出産で産まれてきた子を見た時、なんだかとても泣けてきて、おめでとうと心から言えたの。
マリームさんにも、その子にも、ついでにガビロ兄さんにも。
産まれるまで心配だった。
本当に無事で良かった。
私もいつか好きな人ができて、その人の子供が欲しい時が来るのだろうか?
今もはっきりビジョンが見えない。
結婚も出産もタイミングだと言うけれど、結婚を逃し出産なんて考えたこともない私には、みんなが大人に見える。
まあ今回の結婚は、逃せて良かったけどね。
シュラマン兄さんも王太子から、薦められている女性がいるらしい。満更でもない様子だ。
ライカ王女は、今後侯爵家に降嫁する予定らしい。
まだ15歳なので、数年先だけども。
お役御免になった時私は騎士団に戻ろうか、他の仕事をしようか迷っている。やはり王女に付き添う護衛では、筋力が落ちていく。再度現場の雰囲気に慣れるには、数年かかるだろう。
優しいことに、嫁に行けとは言われない。
回りの人は、私の事情を察してくれているのだ。
でも最近、王女の近衛騎士で私をからかう人が出てきた。銀髪で水色の瞳の、モテそうな細マッチョだ。
美形にはトラウマがありちょっと苦手だけど、ライカ王女が幼い時から側にいると言うから我慢している。
ミケラン王太子が王太子妃を娶ることになった。
ライカ王女が降嫁になったら、王太子妃の護衛騎士になって欲しいと希望された。まだ迷っている段階だ。
目まぐるしく流れる時に、上手く乗れていないように思う。
取り合えず、日々を懸命に過ごすうちに秋が来ていた。
時々、ブライアンと買い出しを頼まれて行動している。
ふざけた態度は最初と変わらず、いつもデートしようとからかうのだ。
「そんなに軟派だと、彼女に嫌われるわよ」と言えば、笑いながら
「いないから大丈夫だ」と返してくる。
「いつでもこんなにアプローチしてるのに、イケズな人だ」とかも言われるけど、どう返して良いかも解らない。
ライカ様に聞くと、「ブライアンにしときなさいよ」と言われた。
まあまあっと、ニヤニヤしているライカ様。
可愛いだけで、なんの相談もできない。
けれど外国語を教える時に、シュラマン兄さんにもブライアンは良い奴だと推されてしまう始末。
(良い人だとは思うのよ。優しいし気も利くし。でもねえ、口調が軽いのよ。女の気配は、ない、のよね。
………でも、でもさあ顔が良すぎる………)
これでも解っているのよ、良い男は待ってくれないって、すぐ取られちゃうって。
自分には美貌もないしさあ、自信ないんだよね。
でも、デートくらいは良いか。
たかがデートよ。
買い物してご飯食べるだけよ。
…………何て言ってたのに、ブライアンをだんだん見慣れてくるし、休みの度に出掛けている。これってお付き合いしているのかしら? それすらも解らないわ。
「もういい加減に、呼び捨てしてくれ。そうじゃないと、俺もルネック嬢って言うからな」
ブライアンさん呼びは嫌だったらしいわ。
まあ他の人も言ってるし、良いわよね。
「じゃあ、ブライアンって言うわよ。いい?」
「良いよ、いい。なんか距離近づいたよ、ルネック」
ちょっとちょっと、すごくニコニコしてこっち見てくるよ、ブライアン。
何だかみんな若いって良いねとか、ご馳走さまとか言ってる。
それを聞くと、何だか私も照れてくるわ。
新しく配属された騎士が来る度に、「ルネックは俺のだから」と言ってるし。そんなに私がモテる訳ないし、いつブライアンのものになったんだと訴えたい。
それを見越したのか、瞳を覗き込んで彼が言う。
「本当はキスだってしたいのに。ライカ様も君の兄さん達も、美形にトラウマがあるから、そういうのは結婚後って言うんだぞ。こんなに可愛いルネックに、拷問だよ。もう明日結婚しないか?」
「はっ?」
そもそも、付き合っていたの?私達。
もう今さらだけど。
でも、ブライアンが隣にいれば楽しいかもしれないわね、なんて考える自分がいるの。
《その後のギズモ達》
ギズモと暮らすモアナ元男爵令嬢は、北にある寒い領地で喧嘩ざんまいだ。
「あんたが王太子じゃなきゃ、ただの甲斐性なしじゃない。こんな何にもない寒い所、最悪よ」
「なんだと、元々はお前が嘘をつくからだろ? ルネックは側室も妾妃もいくらでも許すと言ってたのに。お前のせいで、人生真っ暗だ」
「何ですって」
「何度でも言ってやるよ、バーカ」
「悔しいー」
もう猫を被ることもないモアナ。
側近のレイノルもフランチェも一緒に送られた。
さすがにもう、モアナにちょっかいは出していない。
だってギズモとモアナは、王命で結婚したから。
今日も真冬の荒野で、猛獣を狩って生計を立てる彼ら。
モアナは家事を行って留守を預かっている。
ギズモ達が住んでいるのは、雪崩の時などに使用する緊急用の要塞だった。今この建物にいるのは、彼らだけだ。
厳しい環境故に税金は免除されており、個人で生活を行っている村人達。
何かあれば、お金を出しあって解決するシステムで、王族・平民関係のない世界だ。
それでも子供も生まれ、狩りも上達し何とか生活基盤はでき始めたギズモ達。
数年後、レイノルもフランチェも、平民女性と結婚し案外幸せそうだ。
宰相子息のフランチェは、父の宰相と連絡を取り合い、この地の毛皮を流通に乗せて外貨を得る手段とした。
騎士団長子息のレイノルも、自警団を作り人と獣から住民を守る。
ギズモは各家内産業の編み物の買い取りを、弟の王太子に依頼した。なるべく高額で買い取って欲しいと、手紙でお願いしたのだ。
こちらも色をつけてくれたので、各家庭に資金が入り生活が少し向上した。
感謝した村人達の協力で税金の制度も導入され、ギズモが中心になり公共事業も少しだけ進む。
モアナも編み物を主婦に習い、家の収入を助けた。
もうその頃には、挫けない強い母になっていた。
娘も息子もお母さん子だ。
「父ちゃん、女の人には優しくしないとモテないんだぞ」
「そうよ、そうよ。こんな美人の母ちゃんと、よく結婚できたわね」
「う、うるさいな。これでも父ちゃん、若い時はモテモテだったんだよ」
「「うそだぁ」」
「なんでだよ!」
「だってさぁ。筋肉ならレイノルさんがスゴいし、頭の良さならフランチェさんでしょ? 父ちゃんはちょっと顔が良いくらいだし」
「あ、母ちゃん、イケメン好きかぁ? 女ってそういうとこあるよな。納得だ」
「あ、父ちゃんへこんでる。わ、私は父ちゃんの顔好きよ。だって王子様みたいだもん。格好いいわ」
「そ、そうよね。ふふふっ、王子様みたいね」
「モアナ、笑うなよ。ふはははっ」
いつか子供達も知るんだろうけど、特に権力とかに拘りのない素直な子だから関心も示さないと思う。逆に俺が王子だったなんて、似合わないと笑うかもしれない。
俺なりに懸命に働いたことで、モアナも笑って子供達も元気で受け入れてくれた。モアナはいろいろ強くなったけど、優しい母性を感じる。
昔の猫かぶりのモアナより、対等に話してくれる今が心地良い。
何だかんだ言いながらも、良い家庭だと思う。
いつも騒がしく言いたいことを言い、大きな口で笑っている。
王宮にいた時とは違い、贅沢なんかできないが何となく幸せだ。
こっちに来た男達は全員マッチョになっているし、村人とも協力して仲間意識を持っている。
ヘタレ王子は、自立したギズモになったのだった。
子供は周囲のことを見ていますね。的確すぎてギズモが大ダメージです。モアナも昔はそう思ってたのかもです。でも今はギズモを信頼しています。
「私も頑張るから、貴方も元気でいてね」と。
親の教育大事ですね。二人の子供はかなり逞しいので、そのうち騎士になれるかもしれません。自由を望むなら冒険者かな。
鹿くらいは二人で協力して狩って、捌いて料理できるスキル獲得済みです。
3/6 日間(短編)シューマンランキング11時12位、13時11位でした。
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3/6 日間(短編)シューマンランキング 22時 8位でした。
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