女性割引
『止まって! 前の車止まりなさい!』
ある夜。サイレンを鳴らすより先にスピーカーからそう呼びかけたパトカー。たった今、偶然にも事故の瞬間を目撃したのだ。乗用車が自転車にぶつかり、そして走り去ろうとするのを。
問題の車の運転手は観念したのだろう、車を道の脇に寄せ、止めた。パトカーから降りた警官が近づく。
「はい、窓開けて。自転車にぶつかったの自分でもわかってたよね? おまけに赤信号で――」
「あの私、女なんですけど……」
窓を開けた運転手は警官に対しそう言った。警官は目を丸くし息を呑んだ後、言った。
「え、ああ、これはどうも……」
「あと私、母親なんですけど」
「お、おぉ……で、ですが轢き逃げはさすがに」
「クーポン券あります」
「と、拝見しますね……はい、確かに」
「あと、病気もいくつかあります」
「お、そうなると……ええと、割り引かれて……はい、オッケーです! 行って構いませんよ。ぶつけられた自転車の男性も命に別状はないみたいですし。ああ、足が折れているみたいですが……まあ、大丈夫です!」
この世に生まれてくる男女の数は五対五ではないのは周知の事実。かつてやや男が多いに留まっていたその出生時男女比はある時大きく偏りを見せた。
神の気まぐれか、天で転生の順番待ちをしている女たちのデモ活動か。科学的な分析による説はいくつも挙げられているが、今のところ原因解明には至っておらず生まれてくる女の数が著しく減り結果、対抗策は一つしかなかった。
女性優遇の社会に、と。
かつて、自分の子供を殺したその母親に対する量刑が軽すぎる。そもそも女は罪が軽くなりやすい。執行猶予率が高いなどと女の特権が噂されていたが、今では無罪はおろか犯罪にもならないのは当然の話。
司法はもとよりあらゆる施設での割引や優待、クーポン券の支給。毎月の給付金などなど。すべては女様のために。女を中心に世界は回っている。
女はただ座り、自分のために動く男たちを眺めているのだ。女の特権。当然の権利。女は偉大。女は花。そこに存在するだけでいいのだ。
弱き者に優しく。少数派を守らなければならない。それが世の中というもの。
「じゃあ私、もう行きますね」
「はい、あ、ちょっと待ってくださいね一応……ん、あれ? 今、顔認証でデータ照会したんですけど、あなた、リストに載っていますね。前科、それに性転換手術の、あ、待て!」
かつて少数派で、権利を訴えていた【元男】も今の世の中では多数派である。