義理は果たした
かなり長い時間を待ってから、持っている札の番号が呼ばれた。ふたりでカウンター前へ進む。
受付のお姉さんは、珍しく胸の開いていないブラウスだ。おそらく制服なのだろう。しかし身体にぴっちりと沿っていて、それが妙にエロい。服の上からむっちりとした胸のラインが強調されている。このへんは、相変わらずエロゲ仕様だ。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
「えーと、俺たちは旅行でここへ来たのんだが、ものを売りたいと思って……」
「なるほど、ご旅行で。なにを売りたいのでしょう?」
要領を得ないフェンニスの説明にひるむことなく、受付のお姉さんはテキパキと受け答えする。仕事のできるひとのようだ。リィズは口出ししたいのを我慢して、フェンニスの横へ控えている。
社会人として長く働いていたから、リィズが説明したほうがわかりやすいだろう。しかし子どもが出張っては不信感を持たれかねない。
「このくらいの、トマトをオイル漬けにした瓶詰で……」
「食品雑貨をあつかうには食品製造責任者の登録が必要です。また販売するということであれば、食品取扱責任者の登録も必要です」
「どうすれば登録できるんだ?」
「どこかの住民登録はございますか?」
「住民登録……これか」
フェンニスが持っているのは、村の住民登録証だ。村があった領主が発行しているものである。
差し出した登録証をなにかの機械にかざして、情報を読み取ったのだろう。受付のお姉さんがつぶやく。
「ヨーレイ地方……ずいぶん遠くからいらっしゃったのですね」
「はぁ」
「こちらの地方ですと、登録手数料が通常の五倍かかります」
「五倍?!」
「帝都から遠いほど、手数料が高いのです」
「そんな……」
「みなが皆、帝都へ押しかけないため、なるべく地元で消費してもらうための施策ですので、ご了承ください」
通常の製造責任者と取扱責任者の登録で、軽く一年ぶんの生活費が飛ぶ。さらにそれが五倍ということは、つまり今登録することは無理ということである。
申し込み用の記入用紙だけもらって、商業ギルドを後にした。外はもう暗くなっていて、いつも食事をみつくろっている広場まで、とぼとぼと歩く。
「残念だったな」
「うん……」
「今日はリィズの好きなものを買って帰ろう。リンゴとニンジンのジュースなんかどうだ? 飲みたそうにしてただろ」
「……うん、そうだね」
飲みたいと声にしたことは一度もないのに、フェンニスはリィズのことをしっかり見てくれている。そのことが、じわりと胸に染み渡った。なんだか泣きそうになって、ぐっと目に力を入れる。
いっしょにつないでいた手にも力が入った。それをしっかり握り返してくれる。それがまた幸せで、あぁやっぱり失いたくないな……そう思った。
★★★
「なんだっけ、あのバスで会った……」
「リラお姉さん?」
「そう、それ。たしかカードもらってただろ。せっかくだし訪ねてみたらどうだ?」
夕飯後、フェンニスの腕のなかでなにもせずにゴロゴロしていたら、ふいにそんな話になった。金策が行き詰まって落ち込んでいるリィズを気遣ってくれたのだろう。
ちなみに夕飯は、本当にリィズの好きなものばかりを買った。リンゴとニンジンをしぼったフレッシュジュースはもちろん、バナナにキャラメルをかけたデザート。それからケバブサンドのような、薄いパンに野菜と肉を詰め込んだもの。チーズが浮かんだオニオンスープに、クルミが入ったクッキー。
一部は明日の朝ごはんになるが、ほとんど食べてしまった。お腹いっぱいになるまで食べたのは久しぶりだ。お金のことを考えると、お腹いっぱいになるまで食べるのは難しい。我慢するとかではなく、節約しないと生活できないから。
「今日くらい贅沢しよう。明日から節約すればいいさ」
とフェンニスが言って、好きなものばかり食べた夕飯は、とても満たされたものだった。
難民として住むところも正式には定まらず、お金もない。前世の知識があっても活かせるようなことはほとんどない。力もなければ、年齢も成人には足りない。ないものづくしだ。
未来には漠然とした不安しかないけれど、今は充分幸せだと思える。それがとても恵まれたことだと、改めて感じた。それもあって、父親の腕に甘えて時間をすごしていたのだが、まだ落ち込んでいると思われたらしい。
「もちろん俺もついていくぞ。まずは地図で場所を調べたらどうだ?」
「うん。……お父さん、地図取って」
「なんだ、今日はずいぶん甘えただな」
「いつも甘えてくれないって言ってるくせに」
「いやいや、いいんだぞ。いくらでも甘えてくれて。だがリィズがいると地図を取りに行けなくてだな……」
しょうがないなぁ。そういうと、リィズはフェンニスの膝からおりて、もらったカードと地図を荷物から引っ張り出した。そしてまた膝の上へ戻る。
「えーと、帝都第六地区セカンドグランデ通り……」
住所は海外方式だ。通りの名前と番地で構成されている。日本の住所に馴染んでいると、ちょっと違和感があるが、慣れの問題だろう。まずは地図からセカンドグランデ通りを見つけ出す。
住所には建物の名前と部屋番号が書かれているので、おそらくマンションのような集合住宅だと思われた。帝都の中心にある大通りから、一本横へずれたところを通っているのが、セカンドグランデ通りだ。
大通りは図書館へ行くときに通ったことがあるけれど、セカンドグランデ通りは通ったことがないはずだ。もっと早くに確認して、一度くらい通ってみればよかった。
「よし、そしたら明日はリラさんのところへ行こう。な?」
「うん」
励まそうとしてくれているのがわかって、リィズはぎゅうっとフェンニスにしがみついた。でもお金の問題は、本当ならリィズだけが考えるものではない。できればいっしょに悩んでほしいものだ。
とはいえ、フェンニスにそういったことが向かないのはわかっている。実直に地道な作業をするのが合っているひとが、無理して金儲けを考えたところで、騙されるのがオチだ。
「今日はお父さんと寝る」
「リィズは寝相悪いから蹴られないようにしないと」
「蹴らないもん」
文句を言われつつも、せまいベッドでふたり並んで眠る。それなのに翌朝になったらなぜか、フェンニスはもう片方のベッドで寝ていた。ふしぎだ。
★★★
翌朝はゆっくり起きた。ほぼ初対面の相手を、朝早くたずねるのは失礼かと思ったからだ。
堅焼きパンにジャムを塗ったものが、毎日の朝食である。初日に買ったパンはさらに硬くなりつつあるけれど、食べられないことはない。あとは見本として持ってきたトマトのオイル漬けを開封して腹の足しにしている。
宿を出て向かう途中、昨日買ったクッキーがおいしかったので買っていきたかったのだが、通りかかった屋台はまだやっていなかった。仕方ないので、そのまま住所の通りへ向かう。
「ほぁ……」
「これは……」
たどり着いた場所は、予想とは違うところだった。もらった名刺のようなカードには、個人名(だと思っていた)が書いてあった。だから自宅か、店だとしても小さなものだろうと思っていたのだ。
けれどふたりがたどりついたのは、路面に広く面している品のいい店だった。しかも高級路線の服飾店だ。「魔法を教えてあげる」という話だったので、商売を営んでいるのだとしたら、てっきり魔法の店を想像していたのだが……。
大通りから外れているとはいえ、セカンドグランデ通りは片側二車線もある太い通りで、歩行者用の道も幅広い。そこに、これだけ大きな店をかまえているのだ。もしかしなくてもリラはすごいひとだったのでは?
もう一度、手元のカードと建物の片隅に示されている番地を示すプレートを見比べる。同じ数字だ。看板の文字は装飾が多すぎてうまく読めないが、たぶん「サリアラ・リランテ」と書いてある。ということは、やはりここはリラの店なのだろう。不安になってフェンニスを見上げる。
フェンニスもリィズを見下ろして、困った顔をしていた。本当にたずねていいのだろうか。そう考えているに違いない。もしかしたらリラの偽物で、騙されたのでは? という気もしてくる。
「どうしよう」
「困ったな……」
ふたりが着ている服は、ほつれたところを直したり、すりきれたところにあて布をしたりしているものだ。特にフェンニスの膝と肘はよく破れるので、そこだけ頑丈な布があてられており目立つ。つまり、高級ブティックに入るのはためらうかっこうだった。
「まったく挨拶しないっていうのも、失礼な気がするしな……」
「でも入りづらいよね。……あっ、裏に回ってみる?」
「おっなるほど。これだけ大きな店なら、従業員用の出入り口がありそうだな」
建物の間は、火事を考慮していないのかとても狭い。地震が起きたときもたいへんそうだ。日本人の感覚でそんなことを思いながら、ビルとビルの隙間へ入り込む。
すると、予想通り通用口があった。郵便受けのようなものもあり、ビルの一階と二階がリラの店、地下一階が飲食店、三階以上はよく知らない会社も入っている。階段とエレベーターの奥に、店の裏口があった。チャイムを試しに鳴らしてみるものの、忙しいのかだれも出てくる気配はない。
「……ここにお手紙入れて帰ろうか?」
「それがよさそうだな」
荷物からノートを取り出して、一枚破り取る。便箋なんてしゃれたものはないので、仕方ない。
リラお姉さんへ、こんにちは。もらったカードの住所へ来てみたら、とても大きなお店でおどろきました。お店が忙しそうなので、また今度来ます。わたしたちは四十三区にある小鳥の休憩所、っていう宿に泊っています。帰るまでにまた会えたらうれしいです。リィズより。
フェンニスよりマシだけれど、まだたどたどしい文字でそう書くと、紙を内側が見えないように折り込む。それから外側にも「リラお姉さんへ、リィズより」と書いた。それをリラの店の郵便受け(仮称)へ入れる。
「また会えるかな」
「どうだろう」
バスで会った気のいいお姉さんなら、もしかしたらまた会えるかもしれない。でも大店のオーナーまたは店長と考えると、もう会うことは難しい気がする。
でも手紙を入れたことで、名刺をもらった義理は果たしたといえるだろう。
寝相が悪い自覚のないリィズです。
次はまた、エロい悪魔おねぃさんと再会します。
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