ロンヌメルス
少し短めです
リィズの魔力操作は、子どもにしてはうまい……と思う。比較対象がいないから、よくわからないけれど。でも師匠たちには遠くおよばない。
とはいえ師匠ふたりがやれと言っているので、断ることはできなかった。助けてくれるらしいし、魔法の練習になるのもたしかだ。仕方ない。
「両方一度に動かそうとするから難しいのよ。片方は維持するだけ、って考えたらいいわ」
「……サリー、どっちの魔法も、維持で充分よ……」
「そうです、その維持が難しいんですって」
「あら……? でもほら、魔力をぐっとつかんでればいいだけなのよ。それなら難しくないでしょう?」
出た、できるひと特有の「なんでできないか、それがわからない」というやつだ。しかもサリアは感覚だけで魔力操作しているので、説明がわかりづらい。
もっともリアラのように「左右に1ずつ魔力を割り振り続ける」と言われても、やはりわからないのだが。だいたいが推定何十年も魔法を使い続けているふたりは、魔法に慣れている。リィズも慣れてきたほうだが、遠くおよばないのは、いかんともしがたい。
それでも努力しない理由にはならないのだが。
まずは姿隠しの魔法を使う。それから浮遊の魔法だ。次の魔法を使うときが難しい。前の魔法を壊さないように集中しつつ、もう片方も発動させなければいけないからだ。
一回失敗したが、二回目でうまくいった。とはいえ、姿隠し魔法の程度はというと、
「イマイチね」
「荒いわ……」
という評価だったが。ちょっと目がごまかせればそれでいいので、精度を期待されても困る。それに繊細な魔法は維持も難しいのだ。
「お疲れさま、リィズ」
「……気をつけて」
ふたりの見送りにも答える余裕はなくて、こくこくとうなずいてから窓枠に足をかけた。そぅっと空中に足をおろす。……だいじょうぶそうだ。
ゆっくりゆっくり、魔法に注意をはらいながら、おりていく。もちろんアイレーズのいるところを避けて、だ。路地に立つまで、気が気ではなかった。ぶじに地面に足がついてほっとする。
というか魔法やその維持に気を取られて、結局時間がかかってしまった。急がなくては。
姿隠しの魔法を使っているとひととぶつかりやすいので、認識阻害の魔法に切り替える。それから服の魔法陣も発動してリィズは走り出した。今からいけばバスに間に合うかもしれない。
★★★
アイレーズはどうして急に待ち伏せするようになったのだろう。なにかきっかけ、理由があるはずだ。
もしかしたら子どもによくある、思いつきによる一時的な興味かもしれない。けれど、それならそれで少し我慢すればいいだけだ。わからないと対応も難しいので、情報がほしかった。
かといって貴族の情報など、手に入れるつてがない。サリアやリアラに頼んでもいいけれど、もし知っていたら先に教えてくれているはずだ。
姿隠しと空中浮遊の魔法でアイレーズを避けて帰った次の日、リィズはその魔法を復習しつつ考える。ひとつずつ使って感覚を覚えてから、今度は併用するのだ。そして維持。それを何回も繰り返す。
慣れてきたら動き回ったり考えごとをしたり、別のことをしてみたり。ついでに部屋の掃除もした。リィズの部屋というより倉庫の片隅にリィズのスペースを作ってあるだけなので、どちらかというと倉庫の整理というべきかもしれない。
「情報収集……ラノベや漫画とかだと、そういう魔法はよく聞くけど……」
もちろん集音魔法や遠見魔法は存在する。諜報活動に長けた者がつかえば、きっと情報収集にも活用できるだろう。
だが帝都にすら住んでいないリィズが、どうやってアイレーズの周囲で集音したりできるだろうか。遠見魔法を使うにしても遠すぎる。
「動物を使役して偵察、みたいなのも、よく見た気がするなぁ。あとは幽体離脱みたいに精神だけ飛ばす的なやつとか」
幽体離脱は無理だが、魔力を操作してその魔力に見る力や聞く力を乗せると、似たようなことはできる。遠見魔法と集音魔法の応用だ。その範囲を自分とは離れたところに作る感じでやればいい。
魔力をより精密に操作できれば、より遠くにその魔力を飛ばせるようになるだろう。今のリィズではせいぜい十メートル先まで行ければいいほうなので、まったく使い物にならないが。
「動物の使役は聞かないけど、その視界を借りるだけならいけそうな気がする……そういう論文を見たような」
論文を読みあさったのも無駄ではなかったかもしれない。明日またサリアラ・リランテへ行ったら探してみよう。
魔法の練習を続けながらそんなことを考えていたら、だいぶ姿隠し魔法と浮遊魔法の併用がうまくなった気がする。
★★★
どんなものも多かれ少なかれ魔力を持っている。特に生物はその魔力が体内で循環しており、他の魔力を拒む。そうすることで、傷を負いにくくなるし、病気にかかりにくくなるのだ。
それは無意識に行われていることがほとんどだけれど、魔法を学ぶ者は意識してその流れを作る。それが魔力操作の第一歩だ。リィズも最初はここで苦労した。
他者へ魔法を使うときに問題となるのも、他の魔力を無意識に拒む性質だ。特に治療魔法は患者の体内に魔力を浸透させる必要がある。拒まれたらそのぶん、効きが悪い。
そこで相手の魔力になるべく寄り添うことが大切になる。拒まれないよう、相手の魔力の流れに自分の魔力を合わせるのだ。
これはサリアが抜群にうまい。そしてリアラはへただ。このことから察せられるとおり、この魔力を沿わせるという技術はとても感覚的なものである。
だからサリアは治療魔法が得意で、リアラは苦手なのだ。なおリィズはリアラよりうまいが、サリアには遠くおよばない。
相手がひとではない場合は、また話が違ってくる。たとえば魔力の少ない小鳥や、魔力の多いゾウに似た動物だ。
前者は丸ごと自分の魔力で包み込み、小鳥全体の魔力の流れを乗っ取ることもできる。後者はとてもやりづらく反発も大きいので、よりたいへんだ。
リィズが調べた論文によれば、小動物の視界を借りる場合、まずは対象を魔力で包むことから始まる。そして時間をかけ、自分の魔力で対象の中の魔力を満たすのだ。そうすることで、まるで自分の魔力のように、対象の魔力をあつかえるようになる。……らしい。
自分の魔力の延長として、見る魔法や聞く魔法を使えば、対象の視覚聴覚を通して見たら聞いたりできる。という理屈だ。
ちなみに論評として「理論的に可能ではあるが現実的ではない」と書かれていた。
そもそも自分の魔力で対象を包み続ける労力が大きい。それだけの魔力を維持できる者は限られる。また対象(被験動物)と操者(魔法を使う者)の相性についての問題が未検証。等々。
まぁ論文なんてこんなもんだろう。というのがリィズの感想だ。すべてを1つの論文だけで完結させられるわけがない。
残念なのは、ここから派生するべき相性問題の論文が存在しないことだ。また対象との距離に関する考察も足りない。ロンヌメルスはちゃんとそこまで書いてほしかった。
なおロンヌメルスというのは動物の視界を使う論文を書いたひとの名前である。
次は金曜日更新の予定です




