対処方法もわからず
ほかの研究者は年に何本も論文を書くのが当たり前。というのが師匠たちの言だが、師匠たちは論文なんて出していない。そしてリィズも別に研究者ではないのだ。なぜリィズだけ論文を書かねばならないのか。
とてもめんどうくさいので、ぶっちゃけ書きたくない。だったら書かなくてもいいのでは? そう開き直るまでに時間はかからなかった。
そんなわけで日常で論文のネタ探しをしなくなったリィズはまた暇な休日を過ごしている。
ずっと世話を続けている花壇は秋の花であふれていた。冬はさすがに少なくなるけれど、今は無秩序にいろいろな花が咲いてきれいだ。
そういえばシロツメクサの葉を高確率で四葉にする魔法についてなら、論文を書こうと思えば書けるかもしれない。いや、そんな魔法を研究してどうするのかと言われたら、それまでなのだが。
でも四葉のクローバーを押し花の要領できれいに乾かし、紙に貼ったものは「幸運のお守り」としてよく売れるのだ。紙に穴をあけてちょっとリボンを結べばなおいい。直接魔法を使ったわけではないから、安く作れて小遣い稼ぎになるのも助かる。
別に金が足りないわけではない。魔法陣がかなりの数売れているので、実はすでにルビカーナの街中に家を買って住民権を得るくらいはできる額が貯まっている。けれど貧乏性なので、稼いでいないと不安になるのだ。
「おまえ、いつもここで土いじってるよな。楽しいのか?」
「……ザックス? ひとりなの珍しいね、いつものやつらはどうしたの?」
声をかけられて立ち上がる。抜いていた雑草は足元にまとめて置いた。土のついた手を払いながら、周囲を見渡す。ザックスはいつもほかの悪友三人とつるんでいるのを見るので、思わず他のメンバーを視線で探してしまった。
「あいつらは家の手伝いだってさ」
「そっか、あんたは手伝わなくていいの?」
「俺はもう終わった」
「ふーん。それでなんの用?……あ、楽しいかどうかだっけ。楽しくないわけじゃない、って感じかなぁ」
抜いても抜いてもはえてくる雑草を抜くのは正直めんどうだ。水やりはたいした手間ではないし、肥料をあれこれ試すのは勉強のうち。楽しい瞬間があるとしたら、きれいに花が咲いたときと、ティーダが喜んでくれるときくらいである。
「なんだそれ、なんでやってんだよ」
「暇なんだもん」
「暇? だったら俺らとボール蹴って遊ぼうぜ」
「えぇー……あれはちょっと、興味わかない……」
要らなくなった布を紐でぐるぐると丸めたものをボール代わりにして、投げたり蹴ったりして遊ぶ子どもの姿はよく見る。野球なのかサッカーなのかよくわからない感じだが、娯楽が少ないのでそれでも楽しいのだろう。
しかしリィズは楽しいと思えない。そうやって遊ぶような知り合いや友だちもいなかった。というより、友だちと呼べるようになった相手はジェニスくらいだ。
「それはいいとして、ちょっと話せないか?」
「話? いいけど……」
「ここだと話しづらいから、えーと」
ザックスの目がリィズの家を見る。しかし中にはティーダがいるので、聞かれたくない話なら、どちらにしろ居心地が悪いだろう。なんの話かしらないが。
しかたないので、小さく呪文をつぶやいて防音の魔法を使う。これくらいなら慣れたものだ。
「……だいじょうぶ、ほかのひとには聞こえないよ」
「え?」
「防音の魔法使ったから」
「えっ? 魔法? いつ?」
「今」
急に距離を詰めてきたので、とっさに一歩さがる。それでもザックスは諦めなかった。
「っていうか、そんな魔法あんのかよ。教えろ」
「わたしは魔法を仕事にしてるんだよ。教えてもいいけど、お金取るからね」
「げっ、いいじゃねーか。べつにそれくらい」
「だめ。ザックスのおばさんは刺繍の仕事してるけど、タダでそれがほしいって言われたら怒られるでしょ? それといっしょ」
「それは……」
「それで、なんの用?」
安売りするべきではない。ザックスが一回で覚えて使えるようになればいいけれど、何回も教えないとできない可能性もある。防音の魔法は継続して魔力を注ぐ必要があるので、得手不得手が出やすい魔法なのだ。短気なザックスがすぐに習得できるかあやしい。
きっぱり断って用件をうながすと、ザックスはむすっとして一度口をつぐんだ。どうやら言いにくいことらしい。
「えーっと、おまえってだれか好きなやついるのか?」
「……は?」
「あっこれは! 俺じゃなくてっ! 聞いてこいって言われたから……!!」
思わず低く機嫌の悪い声が出てしまったら、ザックスがあわてて言い訳を始めた。いまだにオータルとは付き合ってないのか、と聞かれることがあってめんどうなのだ。
「好きな相手はいない。付き合ってる相手もいない。これでいい?」
「そっ、そうか……よかった……」
ザックスの声は後半かなり小さかったが、リィズはこれでもウサギ獣人だ。ばっちり聞こえてしまった。ぴくりと動こうとする耳を、意志の力で無理やり抑えつけて後ろへ寝かす。
「でも、だれとも付き合うつもりないよ。結婚もしたくない。わたしは仕事に生きるの」
「へ?! えっ??」
「その相手にも言っておいてもらえるかな。告白してきても必ず断るから、早く諦めてほかの子を見つけたほうがいいよ、って」
「……え、えぇ……?」
とまどっているザックスに特大の釘を刺しておく。また恋人になってくれ、なんて言われたらめんどうなだけだ。
実はザックスが初めてではない。知らない相手もふくめ、これまで五人ほどから恋人の有無や男性の好みを聞かれている。
どうやらオータルがあんなに熱心に口説いていたことから、リィズに興味を持ったひとが多いらしい。そしてオータルが完全に諦めたと判断した最近になって、頻繁に声をかけられる。
声をかけられた中では、ザックスが一番年齢が近い。リィズのひとつ下だ。ほかに近いところでは五歳年上、一番遠いところでは二十歳以上年上もいた。五歳差はともかく、二十も離れた相手となると正気を疑ってしまう。
これでリィズが二十歳とかなら、まだわかる。しかしたった十一歳なのだ。冗談だと言われたほうが納得できる。
難民街に住む相手もいれば、オータルと同じように貴族のような相手もいた。身なりのいい相手はたいてい、本人ではなく別のだれかが来る。
「○○様がお前を愛妾として迎え入れてもかまわないとおっしゃっている」
というような話をしに来るのだ。彼らは自分たちが申し出てやっているのだから、平民は喜んで従うべき、と考えている。だからリィズが断ると驚くし、暴力に訴えようとする相手もいた。
最終的にリランティーナ侯爵家の庇護を受けていることを伝えて引き下がってもらう。それでもリランティーナからうちへ乗り換えろと言ってくる手合もいるが。
リィズはリランティーナ侯爵家ではなく、師匠ふたりについているつもりなので、ほかへ行くつもりはない。あんまりしつこい場合は、双子に相談すると対応してくれた。
「んふふ、リィズってば、ずいぶんとモテてるのね」
サリアはそうからかってくるが、その実態は理解している。だからリィズが引き抜かれないよう、きちんと手を打ってくれた。具体的にどんなことをしてくれたのかは、教えてもらえなかったが。
そのおかげか、リィズへのアプローチは十人を数えるころには頻度が減った。たかが十人と思うかもしれないが、実際相手にすると疲れる。美花の人生でも、こんなふうに注目されることはなかった。だから最初は対処方法もわからず困り、たいへんだったのだ。
寒すぎて布団の中で生活したい(?)です……。
次の更新は月曜日予定です。




