雇っているわけではない
そんなわけで最近は、家の横に花壇を作っている。道端にはえている雑草に魔法をかけて成長を促進させ、見られる花が咲いたら種を取るのだ。たまに花屋で気に入った花を買って、やはり魔法で種を取ったりもする。
なお実際の花壇で成長促進魔法は使ってはいけない。使うと枯れるのもあっという間だからだ。数分で枯れてしまっては花壇にならない。花になったタイミングでうまく成長を止める魔法を使えればいいが、十回練習して十回失敗した。
魔法を使うのは、肥料を作るときである。きれいな花が長持ちする配合を探すのだ。肥料の成分も魔法で作り、成分の分析も魔法で行う。つまり花壇作成という名の魔法の練習である。
それでも、かわいい花が咲いたらティーダが喜んでくれるので、やりがいはあった。
そんな花壇いじりをしているときだった。知らない男の子に声をかけられたのは。
「あ、あの、こんにちは」
「……俺、オータルっていうんだけど」
「……ん? あれ? ちょっと、おまえ」
「こんにちは?……こーんーにーちーはー!」
なお、最初は自分に話しかけているのだと気づかずに無視してしまった。
「聞こえないのか? こんにちはって言ってるんたけど!」
近づいてきた相手にどなられて、やっと気づいた。防御の魔法を使っているから、なにかされても問題ないと気を抜きすぎたらしい。
「え、わたし?」
「そう!」
「ごめんごめん、なんの用? っていうか、だれ?」
知らない相手だった。兎獣人ではないということは、同じ村の出身ではないだろう。狐だろうか、後ろにのぞくしっぽがふさふさだ。このあたりで狐獣人はどこらへんにいたかな、そんなことを考えながら首をかしげる。
服はかなりシンプルだが、比較的ものがいい。少なくともリィズが着ているようなごわごわした生地ではなさそうだ。袖口もほつれていないし、もしかして街の住民だろうか。だとしたら、どうしてここにいるのかわからない。
そういえば、ルビカーナの街は狐獣人も多かった気がする。あとは犬獣人と少数だが狸獣人もいたはずだ。
「オータルって名乗っただろ」
「聞いてなかった、ごめんね。わたしはリィズ。それでオータル、なんの用?」
ぶっきらぼうな口調は照れているのか、それともそういう性格なのか。わからないが、あまりいい印象ではない。
「リィズか、まぁまぁかわいい名前だな」
そして続くこのせりふ。これで完全にリィズのオータルに対する印象が決まった。どうして初対面の相手に名前を評価されなければいけないのか。評価したとしても、結論を口にする必要ないと思う。
「そう? ありがとう」
それでも形だけ礼を言ったのは、相手が男の子だったからだ。男をないがしろにすると、たとえこちらに非がなくても批判される国なので、めんどうなことは避けたい。
だが、その後に続くせりふはもっとありえなかった。
「顔も悪くないし、俺の恋人にしてやるよ」
「は?」
印象が悪いどころではない。思わず思い切り顔をしかめてオータルを見返してしまう。ちょっとこちらを見下したような視線。偉そうに組まれた腕、はすに構えた立ち位置。顔を見る限り、どうやら冗談ではないらしい。
突然あらわれた知らない相手に、いきなり恋人にしてやると言われた。なんでこんなことになっているのか、意味がわからない。
「断る」
「……はぁ?! どういうことだよ!!」
しかも相手であるオータルはリィズに断られるとは思わなかったようだ。くってかかるので一歩引いて距離をとった。
「わたしはあなたの恋人になりたくない、って言ってるの」
「なっ、なんでだよ! 俺の恋人になれるんだぞ?!」
まるで恋人になれることが、すばらしいことであるかのように語らないでほしい。なにしろリィズにはなんのメリットもないのだ。
年は少し上に見えるが、そう離れてはいないだろう。背格好はお互い子どもなので似たようなものだが、相手の方が少し高い。顔立ちはまぁ悪くはない、ていどだ。魔力量は少なく、身体を鍛えているようにも見えない。頭も悪そうだ。
……よくよく見ても、好きになる要素がまったくないし、恋人になっていいことがあるとも思えない。でもよく見たおかげで、髪につやがあって手入れされていることも、靴があまり汚れていない革靴だということも気づいた。街に住むそこそこ金のある家の息子の線が強い。
「恋人になると、なにかいいことあるの?」
「俺の恋人ってだけですごいんだぞ!」
「なにがすごいの?」
「ほしいもんを買ってやれるし、俺がかわいがってやる」
「ほしいものは自分で買うし、あなたにかわいがられたくない」
「ぐっ……お、おまえ! ちょっとかわいい顔してるからって、かわいくないぞ!」
「言ってること矛盾してるって自覚、ある?」
同い年の女の子と男の子では、女の子のほうが精神年齢が高いという。それにしたってジェニスとくらべてもオータルは子どもすぎではなかろうか。ばかばかしくなってくる。
「とにかく、わたしはあなたの恋人にはならない」
「こ、このぉ……せっかく俺が声をかけてやったっていうのに!」
かけてくれと頼んだ覚えはないのだが、言い返してもめんどうなだけだ。
「それじゃ、わたしは作業があるからこれで」
だがオータルは諦めてくれなかった。花壇にしゃがみ込んだところで背中に声があびせられる。
「お、俺の恋人になれば、そんなことしなくていいんだぞ?!」
「……そんなこと? 園芸の趣味を否定するってこと?」
改めて立ち上がって振り返ったことで、嫌なことに気づいてしまった。近所のひとや通行人に注目されている。あそこに見えるのはもしかしてザックスではないだろうか。あのニヤニヤ笑いを見るに、村の知り合いに言いふらしそうだ。嫌になる。
なおザックスというのは近所に住んでいる年の近い男の子だ。父親は帝都の外壁工事に行っていてあまり帰ってこないので、彼の母親は息子のやんちゃに手を焼いているらしい。
「しゅ、趣味?! うっ……そ、そうだ、もっと良い庭できれいな花をくれてやってもいい!」
「……いらない」
ザックスを見てさらにテンションがさがってしまった。オータルにそっけない返事をする。
「く、くそっ……どうすれば……おい、おまえら! こいつを捕まえろ!」
おまえらってだれだ、と思ったらどうやら周囲でリィズとオータルを見ている何人かは、オータルの護衛だったらしい。思ったより金のある家のようだ。
「しかし坊っちゃん、捕まえるといっても……」
「そうですよ、誘拐は犯罪です」
「俺はかまわねーですけど、あとで旦那に怒られねーですか?」
護衛は比較的まともだ。やりあっても魔法を使えば負ける気はしないが、難民街は通りの幅が狭いし、周囲に被害が出そうで嫌だ。なによりすぐ近くの花壇がだめになるのは避けたい。
それより、気になる言葉が聞こえた。旦那というのはおそらく護衛たちの雇い主である、オータルの父親の可能性が高い。そうなるとオータルの目的が気になる。
どうやら本当にリィズを好きになって恋人にしたい、というわけではなさそうだ。父親になにか言われてきたのだろうか。だとしたらなんのために?
でもリィズをどうこうしてメリットになるようなことがあっただろうか。じっとオータルと護衛を観察する。護衛の服もよくみれば物がいい。ごろつきを適当に雇っているわけではなさそうだ。
日付変更に間に合ってよかった……(そういう問題ではない気がしますが)




