もう一本、論文を書くハメに
帝国では女性が土地を持てない。さらに就ける仕事にも制限がかかっている。それを知った当初は、どれだけ女性差別すれば気が済むんだと腹がたった。
しかし日本でも少し前までは当たり前に、募集時の性別制限がまかり通っていたのだ。徹底した男尊女卑の帝国では、就業できる仕事があるだけ、ありがたいかもしれない。それでも納得できないことは多いが。
ジェニスたちは畑仕事をやめて別の仕事を探すらしい。仕事が見つかるまでは、離婚の際にナシューからもらった手切れ金で生活することになる。
今回の離婚は夫側の暴力が原因ということに落ち着き、夫側から妻子へ金が支払われた。慰謝料ではない。手切れ金だ。今後、夫側に妻が関わるな、と釘を差すための金である。
ジェニスたちからナシューを見限ったのに、どうしてそうなるのか意味が分からないが、これが帝国の法律だ。逆にナシューからジェニスたちに接触することは法律上止められない。完全な男優位社会のため、女性に有利な法律はほとんどないのだ。
女は弱いもの、だから守るべきもの。そして守ってやっているのだから好き勝手する権利が男にはあるし、女はそれを甘んじて受け入れるべし。……というのが帝国に根づく男尊女卑の基本だ。
だからこそ庇護対象の女性にわかりやすく暴力を振るうことは、男から見ても忌むべきことである。それがベッドの上のことになると暴力ではなく愛情表現とあつかわれたりするだが、それはともかく。
とにかくナシューはやってはいけないことをやってしまったので、離縁されても仕方ない、と見られていた。それが法律によって罰せられることはないが。
ジェニスたちにとっては、手切れ金という名の慰謝料を受け取ったことが重要なので、名称はこの際どうでもいい。
「私、結婚したくない。もしかしたらセックスは気持ちのいいものかもしれないけど、もうそんなふうには思えないもん。しかも結婚したら相手のいうとおりにしなきゃいけないんでしょ。そんなの耐えられない」
「うん……まぁ、それはわかる」
結婚率九十九パーセントの社会では難しそうだが、リィズも同意見だ。なにしろ、女性をていねいにあつかってくれる男性なんて見たことがないのだから。
これが成人向けエロゲの世界でなかったら、まだ期待ができた。たとえば乙女ゲームの世界とか。女性を溺愛し大切する素敵な男性が、なぜか都合よくあらわらる世界だ。
そんな世界も、それはそれで怖い気がするが……。そもそも溺愛されるって、現実ではそんなにいいものとは思えない。でも男尊女卑が激しすぎる今より、だいぶマシだろう。
「私もリィズみたいに自分で稼げる仕事を見つけたいな。そうすれば、男の言うなりにならなくてすむでしょ?」
「そうだね。そうなるといいって、わたしも思ってる」
「ちょっと、しっかりして。リィズは私の目標なんだから」
ジェニスはそうやって明るい口調でしゃべるようになったけれど、あれから笑うところを見ていない。自分が笑えていないことに気づいているのかいないのか、無理に明るい声を出そうと頑張っている。見ていて痛々しいが、リィズには寄り添うことしかできない。
いつかジェニスの傷が癒えて、なるべく思い出さなくてすむようになればいいと思う。もし自分なら、きっと一生忘れられない。
「うん、がんばる。ジェニスのことも、応援してるよ」
「……うん、ありがとう」
★★★
師匠たちとオーナーには、ことの顛末を説明した。少なからず協力してもらったので、伝えておくべきだろうと思ったのだ。といっても忙しいオーナーを呼び出すことはできないので、双子に話して彼女たちから伝えてもらうことにする。リィズから言うより、そのほうが彼も喜ぶだろう。
そしてリアラは寝ていて、あとから聞くということだったので、話し相手はサリアひとりだ。まぁ予想できたことだし、いつものことである。
「ふーん……それなら、ヒリングの工場でふたりまとめて雇いましょうか?」
かいつまんで話したところ、サリアがそんなことを言い出した。
「えっ?」
「うちは自立したい女性を応援して、優先的に雇ってるの。真面目に仕事して、よほど手際が悪くなければ、ちゃんと男と同じ給料を出してるわ」
「その子がリィズと同じくらい、魔法の才能があればここで雇ってもいいけど……難しいでしょう? だったら田舎にある工場でよければ、仕事を斡旋できるわよ」
「いいんですか? ジェニスに話してみます!」
というわけで、ジェニスたちはヒリング地方へ行くことになった。師匠たちにもらった教科書を読み直したところ、ヒリング地方は帝都の南にあるようだ。魔法王国へ続く道からは少しずれており、ルビカーナに比べると田舎らしい。
そうはいってもヒリングの街は帝都から数時間のところにあり、そこそこ大きいとのことだ。工場はヒリングの街から少し離れていて、寮も完備されている。ジェニスたちと似た境遇の女性がたくさん働いているという。
ジェニスはリィズとすぐに会えなくなることを寂しがっていたけれど、見習いとして雇ってもらえると知り、行くことを決めた。ほかに女性をまともに雇ってくれるところなど、ほとんどないという事情もある。
なおジェニスの母親は「生活するために稼がないといけないから」と言い訳がましく何度も口にしながら、率先して引っ越し準備を行っているとジェニスから聞いた。自ら稼ぐということは男に頼らず生きるということだ。男に頼っているつもりで虐げられてきた過去と相反する。
なにしろ多くの女性は一度離縁しても、すぐに再婚するものだ。そうしなかったということは、彼女のなかにも変化があったのだろう。それしか方法がないから仕方ない、と自分に言い聞かせることで、これまで虐げられてきた事実と折り合いをつけたのかもしれない。
そうして、元気でやっている、というジェニスの手紙をもらうころには春も終わりになっていた。気づけば誕生日が近づきつつある。いろいろありすぎて、濃厚すぎる一年だった。
「向こうでは、同じような経験をした子と友だちになったみたいです。それにジェニスのお母さんも少しずつ変わってきたみたいで、前ほどうるさく言われなくなったって、手紙に書いてありました」
「そう……よかった、わね……」
「はい、師匠たちのおかげです。ありがとうございました!」
いつもの魔法デザイン研究室で、課題を机に広げながら報告する。なおリアラはこれから寝るところのようで、とても眠そうだ。今日はいつにもまして寝るのが遅い。
「……べつに、たいしたこと、してないわ……」
リアラのぼそぼそしたしゃべりかただと、本当にそっけなく聞こえるのだが、これは照れているときの言いかただ。さすがに付き合いも長くなってきて理解できるようになった。
「でも、本当に助かったし、ありがたかったので」
「……ふん、別に……そ、それより、そろそろ次の、論文を……」
「げっ」
「忘れて、ないわよね……?」
「うっ」
「先生をこれ以上、待たせたり……しないわよ、ね?」
こういうときのリアラは、妙に迫力がある。眠気のせいで目がすわっているからよけいだ。
次の誕生日を無事に迎えるまえに、また次の試練ができてしまった。もう十歳の自分はそうとう頑張ったと思うのだが。少しくらい休んだって、ばちはあたらないのではないか。
そう思いつつも、師匠には逆らえない。リィズは誕生日までにもう一本、論文を書くハメになった。
毎日更新しますと言った直後で申し訳ないですが、ここで十歳が終わるため、また数日お休みします。
ちょっと書き溜めないと……すみません。
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