女は男の道具でしかない
サブタイトルがあまりにも酷いですね…すみません。
謝ったところで内容も(そういう意味で)ひどくなっていきます。
そういうDVにトラウマある方とかは今後しんどくなるかもしれません、ご注意ください。
論文の修正は泊りがけで行われた。見習いは週に三日までしか働くことを認められていないのだが、そこは全員が目をつぶっている。フェンニスとティーダにはサリアから説明がなされ、論文の重要性と緊急性を説かれ、外泊の許可をもぎとった。
たいへんだったものの、合宿のようで少し楽しかったのも本当である。あと食事はすべて師匠が用意してくれたのだが、どれもいつもは食べられない高級料理ばかりでおいしかった。
それはそれとして、リィズは睡眠と食事と風呂とトイレ以外は、本当に論文の修正しかしていない。エルネーディアと日に何度も通信機でやりとりをしたおかげで、リィズはすっかり通信機の使いかたを覚えた。リィズが修正に行き詰まると、リアラとときどきサリアが助けてくれる。
最終的にエルネーディアから仮合格をもらい、すべてをまとめて清書したものを速達で出したころには、燃え尽きていた。真剣にパソコンがほしいと思ったものだ。耳もしっぽも髪も毛並みがボサボサになってしまった。
論文を出したあとは、ほかに論文を提出していた学術誌に断りの連絡を入れる。これは師匠がやってくれた。なにしろリィズはどこに提出したのかすら知らない。
そしてリィズには一週間の休みが与えられた。論文修正合宿で出勤しすぎたので、そのつじつま合わせらしい。
というわけで、リィズは久しぶりに家でボーっと暇な時間を過ごしていた。濃厚な数日をすごしたので、なにもやる気が起きない。
ティーダの手伝いすらせず、ベッドで昼まで寝てしまった。
「リィズちゃん、ジェニスちゃんが遊びにきたわよ」
ティーダにそう起こされて目を覚ましたくらいだ。思ったより疲れていたらしい。
「ん……ちょっと、待ってもらって」
「わかったわ、お茶を出しておくわね」
急いで魔法で顔を洗い、着替えると髪をざっと手ぐしで整える。毛艶がだいぶもどってきた。サリアラ・リランテに出勤するときは丁寧にくしけずって結ぶのだが、難民街でやると目立つので、肩下まである髪はそのままにする。
地下の自室から地上へ上がると、ティーダが昼食を用意してくれた。ジェニスは食べてきてからと断ったようだ。
「待たせてごめんね、ジェニス。どうしたの?」
「うん……それが、ちょっと話をしたくて」
ジェニスの目がちらりとティーダを見る。聞かれたくない話のようだ。リィズは急いで昼食をかきこむ。
ティーダが気を利かせて買い物へ出かけてくれたところで、ジェニスはやっと口を開いた。しかし言いづらいことのようで、もごもごとなかなか本題を言わない。リィズが食事を終わって、食後のお茶をいれたところで、ジェニスがこわいくらいの顔でリィズを見た。
「リィズはもう父ちゃんとしたっ?!」
勢い込んだジェニスの声は思ったより大きかった。騒音を避けるため無意識のうちに耳がくるりと後ろを向く。
それにしても、念のため防音の魔法をはっておいて正解だ。こんなセンシティブな話題が外へ漏れ聞こえていたらたいへんである。
「えーと、したっていうのはつまり、十歳になったらお父さんと……その、セックスするってやつ?」
リィズとしては未経験だが、美花は知識も経験もある。今さら恥じらうことでもないのだが、さすがに声に出すのはためらわれた。そのせいで後半はこそこそと小声になったが、ジェニスには伝わったようだ。
「そう。リィズは夏にもう十歳になってるでしょ? だから、どうしたのかなって……」
「うーん、わたしは断った。だってまだ……こんなだし」
ジェニスはふっくらと女の子らしい身体つきになりつつあるが、リィズはまだまだ子ども体型だ。恋人だっていない。
「そっか、よかった……リィズもしてないんだ……」
ジェニスは明らかにホッとして、少し笑った。どうやら悩んでいたらしい。
「それに、なんでお父さんとしなきゃいけないのか、よくわからないじゃん」
「でも父ちゃんとしておかないと、ほかの男のひとに求められたときにすごく痛いって」
「なんで?」
「えっ……なんでだろう……」
本気で考えたことがなかったらしい。言葉に詰まったままジェニスは口をぱくぱくさせる。
これが当たり前、これが常識、これがふつう。そう教え込まれると、理由やわけを考えなくなってしまうものだ。ジェニスもそういうものだ、と母親に教えられたらしい。
「それに、求められたって断ればいいでしょ。ジェニスもわたしも、まだ十歳だよ」
「断る?! 断っちゃだめって母ちゃん言ってたよ??」
帝国の常識はやはり、そういうことになっているようだ。けれどリィズからしたら、求められるままセックスしなければいけないなんて常識は、受け入れられなかった。
「だって裸になって、自分でもさわったことないところを、さわられるんだよ? それが許せる相手じゃなきゃ、そんなことされたら嫌じゃない?」
「でもでも、母ちゃんは気持ちいいから任せておけばいいって……」
刷り込まれた価値観をくずすことは、なかなか難しい。ジェニスにとっては両親こそが正しいのだから。
リィズも美花の記憶がなければ、刷り込まれていただろう。それこそ、ゲーム内でほとんど知らない主人公に求められるまま足を開いたように。
「うーん、そうだなぁ……ジェニスはわたしのお父さん嫌い?」
「嫌いじゃないよ」
「例えば、わたしのお父さんに求められたら、どうする?」
「えっ……」
「その、セックス以前に、裸見せるの嫌じゃない?」
少なくともリィズは嫌だ。ジェニスの父親は嫌いではないが、セックスしたい相手ではないし、裸だって見られたくない。
「わたしは、男のひとに求められたらしなきゃいけないなんて、おかしいと思う。気持ちよかったとしても、したくない気分のときだってあるでしょ?」
「……」
「男のひとはえらいから、求められたら断っちゃいけない、ってお母さんは言ってた。けど、本当にえらいのかな? うちではお父さん、なにもしないよ。
お母さんは畑仕事できるけど、お父さんは家のことなにもできない。お父さんは家でずっとだらけてるけど、お母さんはずっと忙しく働いてる。だからえらいとしたら、お父さんよりお母さんだと思う」
「……」
ジェニスは言われたことが衝撃的だったのか、黙ってしまった。自分の中の常識とリィズの主張が食い違っていて、うまく飲み込めないのだろう。
「お父さんは力仕事なら任せろ、って言ってくれるけど、わたしが魔法使ったらお父さんより力持ちだもん。そうしたらわたしはお父さんよりえらいの? あっ力仕事のことはお父さんが悲しむから、ないしょだよ?」
「……リィズは、すごいね……」
ジェニスが力なくつぶやく。リィズがすごいのではなく、魔法がすごいのだ。そして帝国の常識がおかしいだけである。
「そうかな? わたしは女だからって理由だけで、男のひとの好きにあつかわれるのが嫌なだけ」
「でも男にひとには、さからっちゃだめ、って……」
「なんで?」
「なんでって……あっ……」
きっとジェニスの知る答えは「男のひとはえらいから」だ。でもなんで男がえらいのか、ジェニスはわからなくなっているに違いない。これまで頭ごなしに、そういうものだと教え込まれて考えることもなかった問いに直面している。
十歳の子どもには難しい問題だ。けれどジェニスは「どうして父親とセックスしなければいけないのか」という気持ちがあったから、リィズのところへ来たのだろう。あるいは「父親とのセックスが怖い」という純粋な恐怖だったかもしれない。
その小さな疑問をそのままにせず、リィズに相談してくれたのだ。できるかぎりジェニスの力になりたい。
「決めるのはジェニスだよ。わたしは男のひとが男ってだけでえらいとは思えない。でもジェニスはえらいと思うなら、それでいいんじゃないかな」
「……うん……」
「それに、どうして女は、女ってだけで劣ってると言われるの? それもわたしはわからないよ」
女性は非力だから、体力がないから、出産育児で仕事のできない期間があるから……いろいろ理由はあるだろう。でも魔法でほぼすべてをおぎなえるのだから、そんなことは建前にすぎないとリィズは考えている。
ただ帝国の男は、女を便利な道具としてあつかいたいだけなのだ。めんどうな家事出産育児をすべて押しつけ、自分の性欲を満たすための道具である。そのために変な常識を教え込まれ、女も男も、そのことに疑問を抱かない。
日本でも帝国ほどはひどくなかった。個々人で女をいいようにあつかう男はいたし、仕事ではガラスシーリングが存在していたが。そういった潜在的な女性差別はあったものの、表向きは男女平等がうたわれていた。
美花は腕力や体力で男に勝つことが難しいとわかっていたが、リィズやこの世界の女性は違う。魔法でカバーできるのだ。もちろん男に魔法を使われたら敵わなくなるかもしれない。
それでも対抗手段があるのに、どうして男の言いなりになっているのか。それは男のための常識で抑えつけられているからにすぎない。
そういったことまでジェニスに説明するのはやめておいた。混乱させるだけだろうし、日本のことは説明が難しい。それに言い過ぎると、逆に価値観を強制してしまう。
だまったままのジェニスを見つめる。ジェニスは机をにらみつけて、じっと考えていた。よけいに悩ませてしまっただろうか。そこへちょうど、
「ただいま」
「っ!」
ティーダが買い物から帰ってきた。びくりとジェニスがイスの上で飛び上がる。へたれていた耳も立って広がった。よほど驚いたようだ。
「あ、あらごめんなさい……びっくりさせてしまったかしら」
「えっ、うん、ううん」
あわてたジェニスがよくわからない返事をする。その手を取って、きゅっとにぎった。
「落ち着いてジェニス。またなにかあれば話聞くから」
「うん。……うん、ありがとう」
立ち上がらせて玄関まで送る。といっても数歩の距離だが。背中をぽんぽんと叩くと、ジェニスはやっと顔をあげた。
彼女がどんな結論を出すのか、リィズにはわからない。日常では帝国の常識がいつものしかかってくる。そんななかで常識と異なる価値観を持ち続けることは、難しいことだ。
リィズだってふだんは、わかった顔をしてスルーをしているが、面と向かって歯向かえばそうはいかないだろう。
それにしても、論文を仕上げた直後に父親とのセックス問題は重すぎる。なにもしていないのに、また疲れてしまった。
そういえば、と自室へ戻りベッドに寝転んで思い出す。サリアがリィズに接触してきたのも、帝国の男尊女卑すぎる常識に立ち向かうためだった。成長するにつれ、女であることのハンディキャップを大きく感じる。本当はそんなものないはずなのに。
師匠たちですら、自分たちだけでは無理だと仲間をほしがったのだ。リィズひとりでどこまで対抗できるのだろう。まったくわからない。
それでも思う。このおかしな呪縛は断ち切るべきだ。師匠に頼まれたからとか、そんなことは関係ない。リィズ自身がこの先、楽しく暮らすためにも。このままでは、とてもじゃないが生きにくい。
フェンニスが死ななくても、保護者がいたとしても。黒い空に対抗する組織に入ったとしても、入らなかったとしても。今はどこにいても、女は男の道具でしかないのだから。
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