課題はまた遠のいた
今日は都合により2話まとめて投稿しています。
こちらは2話目です。
論文を書き上げて学術誌に投稿することは、魔法陣を作成するより、ずっとたいへんなことだった。リィズは魔法の練習をするかたわら、一ヶ月ほどかけて論文を書くハメになったのである。卒論でたいへんだった遠い記憶を思い出してしまう。
そして苦労して書いた論文は、リランティーナ侯爵家の名前が添えられて、各学術誌に送られた。これはサリアとリアラがそうするべきと言って、送ってくれたのだ。任せてしまったので、リィズも詳細はよく知らない。
そして論文を送ってから二週間後、秋もかなり深まってきたころのことだった。
「やぁ、サリーとリアはいるかな」
珍しくも魔法デザイン研究室に、サリアラ・リランテのオーナーがたずねてきた。双子の兄で、リランティーナ次期侯爵の兄だ。ちなみに重度のシスコンである。
サリアたちとはあまり似ておらず、濃い茶色の髪に黒い竜人の角、そして赤みがかった紫の目をしている。とても美形で仕事もできる男だが、シスコンすぎるせいか恋人と長続きしないらしい。
対応したのはリィズひとりで、リアラに言われた数式を計算していた。とりあえずイスを降りておじぎをしておく。
「クルトさま、いらっしゃいませ。サリア師匠は出かけてます。リアラ師匠はいつも通り奥で寝てますよ」
「ありがとう。リアの寝顔を見るチャンスだね」
「……」
怒られても知らないですよ、と忠告することはかんたんだ。しかし、リィズがだまっていれば問題ないと返される未来が見える。だから無言で身体を引くと、奥へと手でうながした。
オーナーにさからうべきではない。なにか話があるようなので、お茶でもいれてこよう。
「……ひどいわ、リィズ」
給湯室からティーセットを手に戻ってくると、むすっとした顔のリアラに出迎えられた。クルトのほうは片方の頬が少し赤くなっている気がするが、にこにこと機嫌がよさそうだ。
どうやら、ぶじ(?)に寝顔をおがんで、その代償として頬を叩かれたらしい。それでも笑顔なんだから、よかったのだろう、きっと。
「すみません、師匠」
形だけ謝って、お茶を配る。このとき、申し訳なさそうに耳を寝かせておくのがコツだ。
「お兄さま……ご用は、なにかしら?」
「あぁ、そうだった。こんな手紙が届いてね。おもしろかったから、持ってきたんだ」
「手紙……?」
クルトが差し出した封筒には、差出人として魔法陣研究学会の名前があった。たしか論文を送った機関のひとつが、そんな名前だった気がする。
「あら、あら……まぁ……ふふっ」
手紙を読んだリアラは、最初はあきれていた様子だったが、最後になって笑った。おもしろいというのは、本当なのだろうか。リィズも手紙を渡されてざっと目を通す。
はじめは季節の挨拶から始まり、侯爵家の繁栄をことほぐ言葉が続く。それを飛ばして本題を読んだ。
要約するとつまり、クルトの研究成果が妹に奪われているようだから忠告する、というものだ。しかも忠告してやるんだから感謝しろとばかりの書きかたである。
こんなにもすばらしい研究成果はぜひクルトか次期侯爵の名前で発表するべきで、その連絡を待つという。
最後の挨拶や神への祝福を願う定型文で手紙は終わっていた。ひっくり返してみるが、それ以上はない。
つまり最初から最後まで勘違いしている手紙だった。たしかに、あきれて笑えてくる。
「君たちがどんな論文を送ったのか知らないけれど、よほどのものだったようだね」
「……お兄さま。私とサリーは、手伝っただけ、なの……」
「ということは」
「そう……この子の、論文なのよ」
リアラの目がリィズを見たので、クルトの視線もリィズへ向けられた。彼が妹以外を見つめているところなど見たことがないが、今はいっかいの見習いであるリィズを見ている。
そのため、ちょっと居心地が悪い。
「ふふ、リランティーナ家の名前を……後援として、入れておいたの」
「だから僕のところへこんな手紙がきたのか。さて返事はどうしようね、リア」
「そうね……勘違いを、正してあげる義理は、ないんじゃないかしら……?」
「それもそうか」
くすくすと笑うリアラを見て、クルトが満足そうに表情をゆるめる。シスコンな兄は、どうやらそれだけで満足したらしい。
「おっと、そろそろ戻らなくては」
「お兄さま……教えてくれて、ありがとう」
「リアに喜んでもらえたなら、本望だよ」
「サリーもきっと、喜ぶわ……」
「あとで直接笑顔が見たいな」
いとしのリア、また今度。そんな挨拶を恥ずかしげもなく残してクルトは去っていった。
★★★
さて、時はリィズの論文が各学術誌へ投稿された後に少しさかのぼる。当人の知らないところで、実はリィズの論文が話題になっていた。
帝国には魔法に関する機関がたくさんある。そのうちのひとつが、魔法陣研究学会だ。魔法陣を研究する研究者や学者、学生のための組織である。
学会への参加に必要なものは、魔法陣に対する熱意と年会費。特に年齢制限はない。一応、性別に制限もない……ことになっている。実際に女性の会員は限りなく少ないが。
その魔法陣研究学会に秋ごろ、新しい会員からの投稿があった。年齢たったの十歳という異例の会員だ。しかも論文発表のための会員登録で、学会へ会員申請とともに論文が送りつけられた。
「この論文を書いたのは、まだ子ども……しかも女だっていうじゃないか。なにかの間違いじゃないか?」
「しかし共同研究者にリランティーナ侯爵家の名前がある。へたにあつかうべではない」
「リランティーナ侯爵といえば、どうせあのサリアラだろう? 女からの論文など捨ておけ」
「けれどほかの学術誌にも論文を送ったとある。返事が一番早いところで発表するといってるんだろう? 総合魔法学会に取られるのはまずい」
その日、魔法陣研究学会ではそんな議論がかわされていた。学会で利用している会議室には、リィズの『魔法陣関数化による省スペースの実現と魔法陣簡略化理論』という論文が広げられている。
「ふん、どうせどこも女からの論文など取り合わん」
「だがリランティーナ侯爵からの寄付金は魅力的だぞ?」
「これだけの内容を女が発見できるはずがない。おそらく次期リランティーナ侯爵の研究内容を売女がかすめとったんだろう」
「ではリランティーナ侯爵へ知らせてやるべきではないか?」
そんなわけで、リィズの論文は受理されなかった。そしてクルトに手紙が送られたのである。もっともリィズはそんなことを知るよしもない。
★★★
論文を書き終わったら、次は魔法陣登録である。論文がどの学術誌に掲載されるのか、どこにも受理されないのか、それはわからない。それはそれとして、魔法陣を登録しないと利用料で稼げないのだ。
リィズはそこまで稼げるとは思っていないのだけれど、せっかく作ったのだから登録してみようと思っている。
料金や利用条件はサリアとリアラが、これくらいが妥当、と決めてくれた。リィズはよくわからないので、ぜんぶお任せだ。でも一回売れれば審査料や登録料の元が取れるようなので、少しくらい売れればいいなと思っている。
帝国で魔法陣を管理している国立魔法陣センターへの魔法陣申請は、論文と同じくリィズの名前にリランティーナ侯爵家の名前をそえておこなった。利益の配分はリィズが七、リランティーナ侯爵家が三だ。
この配分についてはもめたのだが、いろいろあって七三になった。リィズはもらいすぎだと思うのだが、サリアもリアラも、そしてクルトもこれが妥当だと言い張る。なので諦めた。
そもそも売れなかったら、利益配分もなにもない。取らぬ狸の皮算用をしても仕方ない、とリィズは受け入れた。どうせ、そんなに売れないだろうと思ったので、めんどうになったともいう。
魔法陣登録の審査申請は、論文の返事がくるのを待たずに出したのだが、その少しあとにリィズのもとへ速達が届いた。差出人は国際魔法学ジャーナルだ。どうやら論文の返事らしい。
受付のメドレアが届けてくれたものを見て、サリアがリアラを起こしにいった。机の上でデザイン途中になっている魔法陣は放置だ。
リィズも課題(論文も魔法陣申請も終わり、やっと課題に取りかかれるようになった)を置いて、封筒の封を慎重に魔法で切った。中は傷つけないよう、もちろん手も傷つけないよう、そっと魔法を使うのは意外と難しい。
「リィズ、いつ掲載されるって書いてあるのかしら?」
「んんぅ……ねむ、ぃ……」
中を読む前に、サリアがリアラを引っ張って席へ戻ってきた。急かされるまま紙を広げる。なお言語は帝国語だ。この大陸では帝国語が共通語として認識されている。
挨拶部分は無視して、論文を褒め称える部分も読み飛ばし、サリアの求める情報を探す。手紙のわりと最後のほうに、その記載があった。
「えーと、十二月発行のものに貴殿の論文を掲載いたします。つきましては別紙の修正を十一月末までにお送りくださ……えっ?! あと一週間ない?!」
あわてて紙をめくると、びっしりと修正箇所が並べられている。思わずひぃ、と情けない声が漏れた。驚いて立った耳がペタンと寝るレベルで、おそろしい量の修正量だ。
しかし師匠たちはそろって目を丸くすると(並んで同じ表情をすると、本当にそっくりだ)顔を輝かせる。そしてお互いの手をあわせてパチンと鳴らすと、
「けっさくね! 帝国外の学会から発表されるなんて、最高よ!」
「すばらしいわ……リィズ」
そう褒めてくれた。しかし国際魔法学ジャーナルというものがどういうものかわからず、リィズは曖昧に笑ってごまかすしかない。
なお後日調べたところによると、国際魔法学ジャーナルというのは魔法研究の最先端をいく隣国の学術誌らしい。なんと師匠たちは外国にまで論文を送ったようだ。
帝国の南にある通称魔法王国はサリアとリアラの留学先であり、男に支配された帝国のありかたに疑問を持つきっかけになった国だという。魔法こそすべて、という考えが主流らしく、そこに男女の差はない。もちろん年齢も。そのためリィズの論文も受け入れられやすかったのだろう。
「えーと、ありがとうございます……?」
それより、論文の修正がたいへんそうなのだが、それはいいのだろうか。
「しかも、これはきっと、なにがなんでも自分のところに掲載したいのよ。ほかに取られないうちに。だから締め切りがこんなに短いんだわ」
「……急いで、直しましょう」
リアラが言うとまったく急いで聞こえないが、急がなくていけないのは本当だ。
「えーと、なにかあれば査読主担当者のエルネーディア・ネロに連絡を……」
「エルネーディア先生!」
「まぁ……!」
どうやら知っている名前らしい。双子がそろって驚く。査読担当ということは、えらいひとなのだろう。たぶん。
「これって通信機の番号ですかね? 海外でも連絡できるものなんですか?」
「問題ないわ、通信機はもともと魔法王国で開発されたものが普及しているのよ。他国は知らないけど、魔法王国は帝国より普及率が高いくらいだわ」
「修正したら……送って確認、してもらわないと……」
そんなわけで、リィズの課題はまた遠のいた。
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