知るはずがなかった
その日、リィズは見習い仕事は休みで、外出していた。最近は岩レンガの作成と販売をやめている。なにしろ難民街が広がりすぎて、材料を手に入れるためにかなり遠出しなければいけない。
しかも遠くから重たいレンガを運ぶのはたいへんだ。それに岩レンガ販売より、いい商売がある。それが魔法屋だ。
といっても、正式な店を構えているわけではない。「一回限りの魔法陣、売ります」と書いた看板を横に立てて、難民街のみんなに魔法を売るのだ。
地面に魔法陣を描く練習も兼ねている。書いたら魔法を使いたい本人に発動してもらい、すぐに消してしまう。消さなくても地面に描いただけの魔法陣なんて、すぐに効力を失うが、商品をそのままにしておきたくない。
大きなキズの治療はいくら、腕力を二割り増しする魔法はいくら、と料金表もある。けれど、そこにない魔法でも頼まれればたいてい答えられる。
近所でのリィズの評判は、帝都の魔法屋に見習いへ行っている出世頭だ。もれなく女なのがもったいない、女なのに男のまねのようなことをするなんて、という文句もつくがそれはともかく。
練習だから難民街のみんなには安くする、という建前で始めた商売は、今のところ順調である。
その日も近所の広場で屋台や店をながめつつ、中央に置かれたベンチ近くに看板を立てていた。そこへいくつも魔法を売らないうちに、ジェニスが走って来たのだ。
「リィズ! たいへんよ!」
ちなみにジェニスは近所に住む女の子で、農家仲間である。ジェニスはリィズと違い、家の畑を手伝っているようだ。
ジェニスの顔はこわばり、耳も緊張でピンと立ったまま。たいへんなのはたしからしい。なにがたいへんなのか、よくわからないが。
ジェニスは至急帰ってくるように、とティーダから言付かったらしい。だから魔法屋は店じまいして、急いで帰ることにした。
ジェニスはそれ以上、情報を持っていなかったため、なにもわからないままリィズは帰宅した。が、すぐにおかしいと気づく。思わず耳が大きく広がる。
まず、家のドアが開きっぱなしだった。中の音をさぐるが、話し声はしない。覗き込めば理由は明らかで、知らない男がふたり、家にいる。ティーダは端っこで縮こまっていた。
男たちは身なりがよくて、難民街のひとではなさそうだ。片方は竜人でえらそうにしており、片方は犬獣人でたぶん竜人の部下だろう。
「リィズちゃん! よかった……!」
覗いたことはすぐにバレて、ティーダが顔を明るくする。きれいな羽が緊張でしおしおになっている。
「ただいま……えっと、このひとたちは?」
「よくわからないの……リィズちゃんに話があるんですって」
「話?」
家に入っていきながら、防音の魔法を小さくつぶやく。ドアは開けっ放しだが、あまり外へは聞かれないほうがいい気がしたのだ。
男ふたりは魔法が使われたことに気づいていない。リィズは粗末なイスに座るふたりの前へ立った。
「わたしがリィズです。あなたたちはなんですか? わたしになんのご用ですか」
「岩レンガとやらを売っていたのは、本当にお前か?」
名乗るつもりはないらしい。尊大な態度で言ったのは竜人の男だ。少しイラッとしつつも、リィズはうなずく。
「外壁工事にレンガの提供を求める」
「すみませんが、無理です」
岩レンガの話題が出て、ある程度予想していたため、答えはすんなり口を出た。
「なんだと?!」
相手が怒るのも想定内なので、うるさい声に耳をそむけつつも、指を三本立てて手を前に出す。
「理由はみっつあります。ひとつは、量を用意するのに時間がかかることです。レンガはわたしが魔法で、ひとつずつ作ってます。外壁に使うってことは大量に必要ですよね? そんなにたくさん作るのは、時間がかかります」
そこで一度止めて、相手をよくみる。声を荒げた竜人も、腕を組んでふんぞり返り直していた。聞いてやらなくもない、というところか。
「ふたつめ。たくさん用意するには、材料もたくさん必要です。岩レンガは、土をぎゅっと固めて作るんですけど、外壁に必要なぶんを作ろうとしたら、街の外に大きな穴が空いてしまいます」
きっと外堀を作るくらいでないと、材料の調達に困るだろう。
「みっつめ。わたしは難民です。街の住民じゃないし、商証を持ってません。あなたたち、街のひとですよね? 正式な契約を交わせない相手を、公共事業で使うべきじゃないと思います」
言い終わると、なぜかしん……と静まり返ってしまった。防音の魔法のせいで、外の音が聞こえないから、なおさらだ。
「……あの、以上です」
相手が黙ったままなので、付け加える。
「なるほど、理屈は通ってますね」
答えたのは、それまで黙っていた犬獣人だ。答えた直後、竜人から睨まれて首をすくめている。
「岩レンガを作る呪文なら、無償提供します。でも同じ品質のレンガを作るには、かなり練習が必要です。だから、その後のことについては責任も負えませんし、保証できません。呪文は好きにしてください」
「……」
「……」
また沈黙だ。竜人の鋭すぎる視線が痛いが、無視して犬獣人を見る。垂れ耳と垂れた眉のさいで、だいぶとっつきやすい。
「……呪文は」
かなり長い間なにも言わなかった竜人が、ぼそりとつぶやく。
「お母さん、なにか書くものあったっけ」
「え?! ええっと……」
「あ、紙とペンならこちらに」
急にティーダへ話をふったら、慌てふためいてしまった。その間に、ささっと犬獣人が用意してくれる。
ありがたく借りて、わかりやすい魔法文字で、岩レンガを作る呪文を書いた。岩を四角く切り取る、というだけの魔法だ。
「最初は岩から、この魔法で切り出してたんです。そのうち岩が足りなくなって、地面を岩に見立てて同じようなレンガを作るようになりました。だから最初のころのレンガと、今のレンガでは差があると思います。レンガの大きさは魔力で調整してください。または適当に呪文を改変してくれてもいいです」
「……あの品質のレンガがこれだけの呪文、だと……?!」
紙を覗き込んだ竜人が、愕然とつぶやく。たしかに最近では、範囲内の地面を細かく砕いて混ぜて均一化したあと、それを圧縮して四角くい岩状態にする……という作業を行なっている。
気づけば岩を四角く切る、とはかけ離れていた。いつの間にかそうなっていたので、どうしてその呪文で岩レンガができるのかと聞かれても、説明が難しい。
「まだ幼くても、職人ということですねぇ……」
犬獣人がしみじみとつぶやく。こういう短い呪文でさまざまな細かい作業を行う魔法は、職人芸と呼ばれる。サリアもリィズのこの魔法を見てそう言っていた。
「これは諦めたほうがいいと思います」
「……仕方あるまい」
さとすように言う犬獣人に、竜人が重々しくうなずく。まだ若いキャリア役人に、現場叩き上げのベテラン平役人の組み合わせのようだ。結局名前もわからずじまいだが。
ふたりが帰ると、防音の魔法も消してドアを閉める。ティーダは気疲れしたらしく、さっきまで犬獣人が座っていたイスにへたり込んでいた。
「お疲れさま、お母さん。迷惑かけてごめんね」
「いいえ、迷惑だなんて……リィズちゃん、すごいのねぇ。まるで男のひとみたいだったわ」
「あはは……」
ほぼ美花としての経験と知識で話していたので、子どもらしくなかった自覚はある。それを男のひとみたい、と評価されるのがこの世界らしいところだ。
それにしても、まさか岩レンガが役人の目に留まるとは思ってもみなかった。人生なにがあるかわからないものである。いったいどこから伝わったのだろう。
大工に岩レンガを大量に売ったこともあるので、そこからだろうか。それにしても少し調べれば作り手が子どもであることはわかるはず。子ども相手に商売など、ふつうに考えれば無理がある。
わかっていればリィズを訪ねてくるまでもなく、諦めたはずだ。それとも調べもせずに来たのだろうか。そんな些細な疑問が残った。
リィズは知らないことだが、実は外壁工事は街を管理する領主(貴族だ)からの命令だった。そこから役所に伝えられ、役所が仕切ることになっている。
材料を検討する際に多くの材料が集められた。その中にリィズの岩レンガもあったのだ。そしていくつか簡単なテストをされ、候補が外部の解析機関に送られた。
そこで飛び抜けて優秀な結果を叩き出したのが、リィズの岩レンガだ。そして岩レンガは役所の高層部にまで知られることになったのである。
もちろん作成者について調べられた。難民の子どもが作って安く売っていることも。その値段の安さも魅力だった。
役所の高層部は貴族ばかりだ。なかには、いわゆる座って言われた書類にサインするだけで、たいした仕事をしないひともいる。そんなひとりが、
「難民の子どもが作っているのか。ちょうどいい。安くこき使ってやれ。抵抗すれば縛って連れてこい。監禁してやらせればいいだろう」
などと言い出したため、リィズの家に役人が来るはめになった。もちろん、下の役人は反発したのだ。
よく考えなくても、子どもひとりに長大な外壁の材料をすべて作らせるのは無理がある。難民とはいえ、拉致監禁のような違法なことを役所が堂々やるのはまずい。
そもそも岩レンガというからには素材は岩だ。監禁して作らせるには不向きである。
とはいえ、上がやれと言っているのだから、形だけでもリィズに接触しなければいけない。そこで、なにも知らされていない若い貴族のキャリア役人が選ばれた。
……というのがリィズが知るはずもない経緯である。
なお、竜人と犬獣人のコンビは帰ってから理路整然と報告をまとめ、岩レンガ採用は不可能と結論を出した。そしてリィズを拉致監禁しろと言った貴族の面目をつぶすことになる。
もっとも、それもやはり、リィズは知るはずがなかった。




