役人だった
そんなモヤモヤする出来事がありつつも、日常は進んでいく。つまり魔法の勉強を進めている。今のところ、それしかできないので。そして、そうこうしているうちに季節がめぐっていた。難民になって三年、やっと安定した冬を迎えられる気がする。
なおリィズはその間も本当に魔法の勉強しかしていない。本当は身体を直接動かす護身術も習いたいのだが、フェンニスから許可が出ないのだ。いっそ、こっそり学ぶしかない気がしている。
魔法の勉強は最近、魔法陣のことばかりだ。魔力操作の練習はずっと続けているが、男性を不能にする魔法以来、新しい呪文は教えてもらっていない。
魔法陣は魔法を使うための言葉を使って描く。どこにどの単語を配置するか、単語同士をどう繋げるか。矛盾がないようにするのはもちろん、魔力効率や合理性を考えたうえで、きちんと魔法が発動するようにしなければいけない。
よく使われる魔法陣は、何種類かある。防御や防護に関するもの、そして身体強化に関するもの。どちらも、あらかじめ用意しておいて必要なときに即発動させる。防御陣や強化陣と呼ばれることもある魔法陣だ。
それ以外にも、呪文で発動させるのは難しい魔法が魔法陣になりやすい。その最たる例が移動の魔法だ。リィズも日頃からお世話になってる移動陣である。
この移動陣は、魔法陣の勉強における集大成ともいえるものだ。位置の指定、時空を歪める理論の組み込み、発動タイミングの制限。魔法陣に詰め込むべき要素が多すぎる。
魔法陣作成はとにかく数をこなして慣れるしかない。移動陣は大きいので描くのも時間がかかり、ダメ出しされると直すのも一苦労だ。
しかも移動陣は、ふたつでひとつ。移動元と移動先の陣が必要である。苦労も二倍だ。
「……うん、まぁ、いいわ……」
「やった!」
リアラがリィズの作った陣を眺めて、一応うなずいてくれた。基本の魔法陣を見てくれるのは、リアラが多い。サリアは今、どこかへ出かけている。
基本の移動陣に一発合格もらうまでに、一年以上かかってしまった。小さな魔法陣は練習しやすいが、移動陣は大きいからなかなか練習もできないのだ。
それだけに、とても嬉しい。こぶしをにぎりしめ、喜びを噛みしめる。それだけでは足りなくて、思わず身体をひねりながら何度もジャンプしてしまった。
「次は、応用……ね」
そこへリアラの冷静な声が降ってくる。先は長い。
「基本の魔法陣は、ほとんど終わった……のかしら……」
「あ、はい。課題として出されてた魔法陣は、これでぜんぶ基本に合格もらいました」
「そう……素材については?」
「一般的なものは教えてもらってます」
ふむ、とリアラが考え込む。そして研究室内にある本棚へ視線が移った。すすす、と移動して、細い指が一冊の本を抜き出す。
「……これ」
「読めばいいですか?」
「ん……」
差し出された本を受け取る。『魔法による測定と解析』というタイトルだ。
この世界では、よくゲームにある鑑定魔法のようなものはない。化学や科学を魔法に置き換えて、測定や解析をする必要がある。この本はどうやらそのための本のようだ。
「わかりました、わからないことがあれば質問します。いつまでに読めばいいですか?」
「……ええ。そうね……期間は、特には……」
リィズは美花としての記憶があるので、つい仕事のノリで期限を聞いてしまう。しかしリアラもサリアも、特に急ぐつもりはないらしい。日付を指定されたことがなかった。
「わかりました、とりあえず来週までに読んでみます」
ふたりは急いでいなくても、リィズは急ぎたい。なにしろ、この先の生活がどうなるかわからないのだから。
ルビカーナの街で、外壁拡張工事が計画されて半年。壁を作る位置が先日発表された。家はもちろん、フェンニスの畑も壁の中へ組み込まれる予定だ。
しかし住民権についての発表はまだない。みんな、どうにかなると楽観的だけれど、リィズは悲観的だ。なにしろフェンニスが死ぬ未来は、回避できたとは言い切れない。
壁ができれば内側はルビカーナの街になる。街の法律が適用されるようになり、難民であるリィズたちは追い出される可能性もあるのだ。だから楽観視できない。
それでも測定と解析の魔法が、フェンニスの生死を左右する場面がどれほどあるのか。そう考えると少しはゆっくりでいいのかもしれない。そう考えての来週まで、だった。
「それより、法律について勉強するべきかなぁ……」
「……ほう、りつ? なぜ……? 専門家に、任せるべきよ……」
思ってたことがするりと口から出てしまった。リアラから返事があって、それに気づく。
「あー、えーと。今度ルビカーナに外壁が作られる予定なんです。それで壁ができると内側は街になりますよね? 今は治外法権状態ですけど、今後は街の法律が適用されるわけで……そうなったときのことを考えて、勉強しておくべきかなって思ったんです」
「……なるほど」
リアラは説明の筋が通っていれば、すぐに納得してくれる。サリアは感情がついていかないと納得してくれないが、その点リアラは楽だ。理論さえ整っていればすむ。
「基本をおさえるのは……悪くないわ。でも……専門家に任せたほうが、いいんじゃないかしら」
「基本も知らないんですよね、わたし……というか、魔法以外のことは、ほとんど知らないというか」
図書館に並ぶ本を見る限り、地理や歴史を始めとする社会に関する学問が存在する。そういったことは、街の学校へ行かないと学べないようだし、興味もないから本も読んでこなかった。
ほかにも政治、経済、そして今回のような法律に関する学問も存在する。そういったものは、おそらく大学に相当する機関で学べるはずだ。
リィズが知ってる歴史といえば、この世界が女神エミリアム・レアナによって創られたという創成期の物語と、初代帝王がこの国を作る話くらいだ。
地理も、大陸の大部分を占める帝国に住んでる……というくらいの認識しかない。リィズの生まれたヨーレイ地方は帝国の北部に位置しているが、今は黒い空に覆われてしまっている。ルビカーナの街や帝都は国の中でも南側にあり、黒い空は見えないが。
法律は歴史や地理、そして経済や政治に関係してくる。だから本来なら先にそちらを勉強するべきだ。いきなり法律を学んでも身になりづらい。
「…………本を、持ってきてあげる……」
「え?」
考え込んでいたら、不意にそう言われた。慌てて顔をあげる。
「……私が使っていた、教科書よ。もういらないから……あげるわ」
「いいんですか? ありがとうございます!」
「あなたなら、読めば理解、できるんじゃないかしら……」
★★★
リアラからもらった教科書は、いわゆる子ども向けのものだった。字が大きめで一文も短く、挿絵や写真が多めだ。
内容も基本的なところから入っており、わかりやすい。覚えるのは時間がかかりそうだが、読むだけなら時間はかからなかった。魔法を練習する以外は暇つぶしの方法がなかったが、これからは本を読んですごせそうだ。
娯楽のための本もほしい気持ちはある。しかし本はわりと高級品だ。一冊で一食以上食べられると考えると、なかなか手を出しにくい。そんなお金の余裕はないのだ。それに読むべき本は研究室にたくさんあるのだから。
もらった教科書をぜんぶ読み終わると、リアラかサリアが次の教科書をもってきてくれる。おそらく一セット一学年に相当するのだろう。
さすが日本のゲーム会社が作ったゲームの世界だけあって、日本的だ。国語ならぬ帝国語という教科書もあり、内容はまるきり国語だった。
双子は貴族のお嬢さまなので、おそらく学校には通っていないだろう。それでも教科書があるということは、国から指定された教育要項があるということだ。変なところで近代的だから、とまどってしまう。
いや、基本的には文明が発達した近代なのだ。でも、そこに魔法や身分制度がはいってくるから、違和感がある。日本のようで日本ではない。
そうやって初学校(と呼ぶらしい)三年目の本を読み始めたころだった。思わぬ客がやってきたのは。
「外壁工事にレンガの提供を求める」
そんな、とんでもない言葉を持って来たのは、ルビカーナの役人だった。
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