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魔物を追い払えるくらいにはなりたい

 身構えて教えてもらった魔法は、まったく難しくなかった。魔法も技能のひとつとして、装備すればだれでも使えるものだったから、難しかったらそのシステムが成り立たない。だから予定通りといえば、予定通りだ。


 決められた呪文を唱えると、その呪文に応じて魔力が動く。その魔力の動きによって、魔法の効果があらわれる。それだけだ。


 たぶん呪文は補助的なもので、魔力を決められたとおりに動かせば、呪文が短かったりなかったりしても魔法は使える。そういえば、呪文短縮技能を持っているキャラクターもいた。


 呪文はすぐに覚えた。かんたんな魔法は呪文も短い。魔法を使うための言葉があって、その言葉を口にすることでかってに魔力が動くのだ。


 小さな傷をふさぐ魔法。痛みを少し取る魔法。疲れを少しとる魔法。フェンニスが使える回復魔法はそれだけだった。


 それ以外にも、水を浄化する魔法、火をつける魔法といった生活に必要な魔法も教えてもらう。フェンニスが得意なのは、土を耕す魔法、水をまく魔法、植物の成長を助ける魔法といった農業に必要なものばかり。なんのことはない、リィズの実家は農家なのだ。



 教えてもらった魔法を唱えると、自分のなかのなにかが、ずるりと動く。おそらくそれが魔力なのだろう。使う魔法によってうごく量や動きが違い、使い続けるとダルくなってくる。


 使い切ったら気を失いそうな気がした。生活に使う魔法に必要な魔力量は多くない。日常で使い切る心配はなさそうだ。


 翌日には、次の魔法をねだった。


「お父さん、昨日教えてもらったのは覚えたから、次を教えて」

「すごいな、もうすべての呪文を覚えたのか」

「だって暇なんだもん」

「だが、俺が教えられるのは昨日のでぜんぶだ」


 なんだそれは、使えない。思わずそう思ってしまったが、かろうじて飲み込む。テント生活になってから、常に緊張してピンと立てている耳から、力が抜けそうだ。


 とはいえよく考えたら、ふつうの農夫が、使いもしない必要でもない魔法を覚えてるわけがない。耳にも力を入れ直す。


 しかしそうなると、ほかに魔法を教えてくれるひとを探す必要がある。目をつけたのは、近所のおばさんだ。記憶を思い出したきっかけになった悪ガキの母親である。


 頭を打ってからリィズがおかしくなってしまった(と周囲には映ったらしい)ことを、申し訳なさそうにしているおばさんだ。つけこめば、魔法くらい教えてくれそうである。



★★★



「おばさん、こんにちは」

「おやリィズちゃん。どうしたんだい?」


 おばさんは隣のテントで生活していた。悪ガキはいない。おそらく外を遊び回っているのだろう。おばさんは布に刺繍をしていた。


「お願いがあるの。おばさんの知ってる魔法を教えてくれないかな?」


 隣……といってもじゃまにならない位置に座ると、そう切り出す。刺繍は続けながらでいいから、と付け加える。仕事を中断させたら、彼女たちは生活が苦しくなってしまう。


「そういえば、もう七歳だったね」

「うん、この状況じゃ教室は開かれないでしょ?」

「そうだろうねぇ……」


 本来なら、手の空いたおとなが村の子どもたちにまとめて教えてくれる教室を開く。しかし村を捨て大きな街に逃げており、住むところもままならない状況では難しい。


「お父さんを手伝えるようになりたいの」

「リィズちゃんはえらいねぇ……。うちの子は手伝いもせずに遊びほうけてるっていうのに」


 父の手伝いというのは建前だ。しかし世の中、建前というのはバカにならず、意外と重要なのである。特に今のような場合は。


「そういうことなら、呪文を教えるくらい、わけないよ」

「ありがとう!」


 悪ガキにケガをさせられたことにつけこまずとも、魔法を教えてくれることになった。ちなみにおばさんは、フェンニスよりも回復魔法が得意だった。減った血を少し増やす魔法、小さな火傷を冷やす魔法、高すぎる体温をわずかにさげる魔法……そういったものを教えてもらう。


「大きなケガを治す魔法はないの?」

「傷をふさぐ魔法は教えてもらったろう?」

「うん」

「ケガが大きいときは、そのぶん魔力をたくさん流すのさ」

「……それだけ?」

「それだけなんだけどね、魔力を効果がでるように追加で流すってのは、コツがいるんだ。だから何度も使って慣れてからじゃないと、難しいだろうね」

「そっか……」


 残念だ。大ケガをしたときの保険がほしかったのだが。


「なんだい? リィズちゃんは医者になりたいのかい?」

「そういうわけじゃないけど……」

「やめときな。稼ぎたくても大ケガの治療なんて魔力が続かないし、あいつらは大金をふんだくるから評判も悪い」


 この世界で医者の立場は微妙らしい。だれでも魔法を使えるからだろうか? もしくは彼女が特別、医者を嫌ってる可能性もある。おばさんの耳が警戒するようにパッと張った。まるでリィズの次の言葉を聞き逃さない、とでもいうように。


「お父さんがケガしたときに、治してあげたかっただけだよ」


 とりあえずそう答えておく。家族思いのおばさんは、そう言っておけば納得してくれるからだ。ちなみに兎獣人の性質なのか、ゲーム設定なのか、日本人のころより家族を大切にする風潮が強い。


 納得してもらったところで、ほかの魔法も教えてもらった。植物から繊維を取り出して糸にする魔法、狭い範囲で色を定着させる魔法、小さな金属を少し加工する魔法。衣食住の衣に必要な魔法ばかりだ。


 どんな魔法も、基本はごく狭い範囲や小さなもの、少しの量にしか効果をおよぼさない。魔力をたくさん使えば、広範囲の大きな大量のものに効果が出る。ある意味わかりやすい。



 フェンニスもおばさんも、攻撃魔法をふくむ戦闘に必要な魔法は知らなかった。


 火を起こす魔法に慣れれば、もっと大きな炎をぶつけることも可能かもしれない。冷やす魔法と水を操作する魔法に慣れれば、氷を飛ばすことだってできるかもしれない。植物の成長を助ける魔法に慣れれば、敵の足をひっかけることもできるかもしれない。


 そんな可能性はあるものの、今は無理である。ゲームでは「火球ファイアーボール」「氷槍アイスランス」という名前の魔法があったから、もしかしたら攻撃用の魔法もどこかにあるのかもしれないが……。



★★★



 おばさんから教えてもらった魔法も覚えた。なにしろ暇なのだ。そして、なにもしていないと、いつフェンニスが死ぬのかと不安でしかたない。七歳の子どもに保護者は必須だ。まだいなくなってもらっては困る。


 ライトノベルの異世界転生モノは子どもひとりで冒険者を始め、どうにかなってたりするが、この世界では無理だ。街の中は日本のような暮らしだが、街の外は難民ばかりが暮らす治安の悪い場所である。もちろん冒険者ギルドなんて存在しない。それと魔物と戦う必要も基本的にない。


 ただリィズが、黒い魔物が街まで追いついてきて、いつか父親を殺すんじゃないかと不安になっているだけだ。リィズ以外は、ここにいれば黒い魔物の心配はないと思いこんでいる。……思い込みたい、思い込もうとしている、というべきかもしれないけれど。



 そんなわけで、おばさんは完全に勘違いしたまま感心して、魔法の才能があると褒めてくれた。早くお父さんの力になりたいと答えたら、涙ぐまれてしまったのが、少し申し訳ない。嘘ではないけれど、それがすべてというわけでもないからだ。


 そのせいなのか、同じテントで生活していた、ほかのおばさんも魔法を教えてくれることになった。とはいえ、やはり生活や仕事に根ざした魔法ばかりである。



 干物を作る魔法、食べ物を冷やし続ける魔法、野菜を細かく刻む魔法、鍋をかき混ぜ続けてくれる魔法。といった食に関する魔法が多いのは、主婦ばかりだからだろう。人それぞれ得意不得意があるようで、各自使える範囲で便利に使っているようだ。


 水を掻き回して洗濯する魔法なんてものもある。それから絞る魔法に、風を起こしものを乾かす魔法も。フェンニスは使えないので、リィズはいつも自然乾燥だった。だから髪の毛も短くしてある。これからは自分で乾かすことができそうだ。


 とにかく生活には魔法が必要不可欠で、小さな魔法で便利に暮らす世界。……というのが、この世界のようである。ちなみに電気で動く機械のほかに魔道具が存在し、文明レベルも高い。



 数日でリィズは教えてもらった魔法をすべて覚えた。おばさんたちは、また褒めてくれたので、筋は悪くなさそうだ。そうはいってもゲーム内のリィズは魔力も魔法攻撃力も標準より少し高いくらいだった。


 それを考えると、おばさんたちの期待値がもともと低いのだろう。子どもならもっとできなくてとうぜんで、それに比べればすごい……ということに違いない。


 リィズが学んだ魔法は主に二種類ある。パッとそのときだけ効果のある魔法。そして持続的に効果のある魔法だ。


 魔法を発動すれば終わる魔法と、魔法発動後も細かな操作が必要な魔法とも言う。前者は得意不得意が少なく、だれでも呪文さえ唱えれば使える。後者は呪文で動いた魔力をそのまま自分の努力で維持しなければいけない。



 たとえば水を浄化する魔法は一瞬で終わる。だいたい一リットルくらい入りそうな瓶なら一回で浄化可能だ。飲水と考えれば充分だが、料理にたくさん使おうと思うと、ちょっと少ない。


 水を動かす魔法は、発動後も継続的に水を操作し続ける必要がある。なにも考えずに呪文を唱えると、弱い水鉄砲がちょろっと一メートル弱噴き出すくらいで終わる。畑に水をまくために使われることが多い魔法なので、それでは使いものにならない。


 フェンニスの水を動かす魔法はさすがに慣れていて、シャワーが細かく広い範囲で均一にまかれる。リィズのはジョウロがいらないかな? という程度で、比べものにならなかった。それでも、練習を始めたばかりにしてはうまいと褒められたけれど。



 ほかにも繊維を取り出して糸にしたり、金属を加工したり(ちなみに針を作るため使う)、風で乾かしたり、といった魔法も継続系の魔法だ。それぞれ、魔力を動かすコツが少しずつ違う。ひとそれぞれ、魔力を動かすときの得意不得意があるらしい。早く動かすのが得意なひと、がつっと大きく動かすのが得意なひと、それぞれ得意な魔法が異なる。


 よくあるファンタジーだと、属性によって使える使えない、得意不得意がわかれていることが多い。しかしこの世界では基本的な魔法はみんな使えるし、属性による得意不得意もよくわからなかった。


 たとえば風で乾かす魔法は風属性、のような分類は存在しないのだ。どちらかというと、料理魔法、衣服魔法、農業魔法……のように、目的別で体系化されている。水を動かす魔法は、料理魔法と農業魔法にそれぞれ属している、といった具合だ。リィズにとって意味のある分類ではなかった。



 そして、いろいろ魔法を使えるようになってみたものの、魔物をたおせるようなものはひとつもない。父親がいつ死ぬのかわからないが、魔物に襲われて死ぬらしいので、それまでには魔物を追い払えるくらいにはなりたいものだ。

しばらく毎日更新予定です。

よければお付き合いいただけると嬉しいです。

もし少しでも楽しみにしていただけるなら、ブクマ・評価いただけると励みになります。

よろしくお願いいたします。

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