今日中に終わらせたい
アイレーズの家から迎えにきたのは、サーデイル家の執事らしき男とダイアナだった。リィズは寝ている彼女を起こすのを渋ったのだが、サーデイル家を騙る誘拐犯だったらどうするのか、というサリアの言葉を否定できなかったのである。
たしかにその通りだと納得して起こしたものの、なんで起こすのか眠いと文句を言われたときは、やはりムカついた。サリアは、あなたが甘やかすからよ、と言っていたがリィズのせいではないと思いたい。
「リランティーナ侯爵令嬢さま、このたびは我が家のお嬢さまをお助けくださり、感謝の念にたえません。追って当主から、改めてお礼の場をもうけさせてください」
「えぇ、かまわなくてよ。気にかかることもいくつか、伝えてさせていただかなくては」
サリアは貴族の顔でサーデイル家の執事と話をしている。リィズはサリアの後ろで姿勢を正して控えていればいいだけなので、気楽なものだ。
ダイアナはアイレーズの世話をやいており、店の試着・採寸用スペースにいる。着替えやタオルを用意していたので、簡単にふいて着替えさせるのだろう。仕事とはいえ、ご苦労なことだ。
「かしこまりました。取り急ぎのご挨拶としてワインを贈らせていただいても?」
「申し訳ないけれど、ワインはあまりたしなまないの」
「これは失礼を……リランティーナ侯爵令嬢さまはあまり社交の場にいらっしゃらないもので、恥ずかしながら情報が少なく……」
「気にしないでちょうだい。それより、アイレーズ嬢を襲った男たちはお任せしていいかしら?」
「なんと、暴漢まで捕らえてくださっておりましたか。もちろん当家で引き取らせていただきます」
「おそらく雇われ者でしょうけれど……」
「そうでしょうとも。以降の調査はわたくしどもで行いますので」
嫌味と牽制が入り混じった会話が繰り広げられているうちに、試着採寸スペースのカーテンが開いた。アイレーズはきれいな服に着替えている。
膝についたままだった血もふかれていた。それ以外の泥汚れもなくなっている。髪も軽くハーフアップにまとめられ、リボンまで飾られていた。
その後ろでダイアナが文句も言わずに片付けをしている。本物の侍女はすごい。リィズには無理だ。
カーテンには軽い防音魔法が組み込まれていた。客のプライバシーを守るためだろう。しかしリィズは中での会話も聞こえていた。
サリアと執事の話に優先して耳をかたむけていたので、断片的だが。もっとも中の会話はアイレーズの文句とダイアナの謝罪ばかりだったので、あまり聞くべきものはなかった。
「無事だったのね……どこへ行ってたの?」
「はい、お嬢さまをお守りできず申し訳ありません」
「足が痛いわ」
「おけがをされたのですか? 帰りましたらすぐに医者を呼びましょう」
「新作のアイスクリームはどうなるの?」
「また今度にいたしましょう」
「せっかく出かけたのに」
「申し訳ございません」
「おいしい紅茶がのみたいわ」
「すぐご用意できず、申し訳ありません。帰りましたらすぐにでも」
「アイスクリームもよ」
「かしこまりました」
そんな調子だった。リィズが言ったことは無駄だったらしい。残念だ。
もっともリィズにはもう関係のない話だ。今後関わるつもりはないし、今の彼女には庇護者がいる。リィズが口出しするべきでさないだろう。
そんなアイレーズだが、ダイアナを置いて先に出てきた。そしてずんずんとリィズたちに近づいてくる。広めの店だが、それでも室内だ。すぐにそばまで来た。
リィズの横まで来ると、ものすごくにらんでくる。そんなに見られても、今のリィズはサリアの従者ポジションだ。主人を置いてよそ見をするわけにはいかない。サリアと執事が細かい情報のやりとりをしているのを聞いておくのが仕事である。
……たぶん。なにしろ従者なんてやったことがないので、よくわからない。
「おや、お嬢さま、おしたくはよろしいので?」
リィズがアイレーズの視線に耐えていると、執事がようやく彼女に気づいてくれた。
「えっ? えぇ」
「では先にお車へもどりましょう。……申し訳ございません、リランティーナ侯爵令嬢さま、少し失礼いたします」
「かまわないわ、あとは書面でお送りするから。わたくしも失礼するわね」
「お気遣い感謝いたします……お嬢さま、まいりましょう」
執事がアイレーズを連れて行こうとする。だが、当のアイレーズがそれに待ったをかけた。
「ま、待って! まだダメよ!」
「どうなさいました?」
「……っ」
またにらまれる。もしかして、疎まれて文句を言われるパターンだろうか。全員の視線が彼女へ向いたので、リィズも向き直る。
執事だけはアイレーズとリィズを交互に見ていたが、片付けを終えたダイアナは後ろに控えて彼女を見ていた。
「……」
「……」
「……あの、どうかなさいましたか?」
耐えかねて聞いた。
「……あっ、あ、ぁ……」
「……?」
突然あえがれても困る。サリアだけはおもしろそうに片眉をあげているので、なにかに気づいたらしい。
「……あ、あぁあぁぁり、がと……」
「!」
まさかお礼を言うのに、こんなに時間がかかるとは。しかも態度に感謝の意思がまったく感じられない。照れ隠しか恥ずかしいにしても、もう少しどうにかならなかったのか。
サリア以外、リィズもふくめ驚いていると、アイレーズはそれだけよ! と言ってすぐに出口へ向かった。あわててダイアナが続く。外には護衛がひかえているだろうから、飛び出たところで問題ないだろう。
その前に自力で扉を開ける発想も力もなかったらしく、ダイアナが追いつくのを待っていた。なんとも締まらない。
「……どういたしまして」
その背中に一応、返礼しておく。振り返ってもらえなかったが。
★★★
サリアとリィズは、しっかりとラメタの新作アイスを食べてからもどった。オレンジリボンストロベリーチーズケーキ、というフレーバーだ。とてもかわいらしく、小さな女の子が好きそうな見た目だった。
ストロベリーチーズケーキにオレンジソースをかけたら、こんな感じかな? という味で、悪くはなかった。でもリィズは以前食べたレモンソルベのほうが好きだ。
ちなみにサリアのおごりである。リィズでも買えないことはないが、難民街なら何食たべられるかな、と考えてしまう。
「……おかえり」
「ただいま、遅くなっちゃったわ」
「ただいま戻りました」
魔法デザイン研究室に戻ったら、リアラが起きていた。机には魔法陣の案が描かれた紙が何枚も散らばっている。
リィズの途中になっていた課題はどこへ行ってしまったのだろう。見つけるのがたいへんそうだ。
「リィズの顔見せをかねて八俣街道に行ってきたの」
「……かねて?」
「新しい素材も頼んできたわ」
「……はぁ……リィズ、お願い……」
感覚派サリアの説明を順番に聞くのが嫌になったのだろう。リアラがリィズを見る。
「サリー、お茶……飲みたいわ」
「はいはい、わかったわよ」
サリアが肩をすくめて出ていく。それを見送るまでの間に、頭の中で情報を整理した。
「八俣街道へ行った理由は必要ですか?」
「……あとでいいわ」
「それなら、八俣街道を出たあとに女の子の悲鳴が聞こえたため、助けに行きました。女の子はサーデイル家のアイレーズ嬢だったので、サリア師匠から連絡してもらい、迎えに来てもらって引き渡しました。それで遅くなったというわけです」
「そう……」
ちなみに八俣街道というのは魔法の素材をあつかっている店の名前だ。そういう名前の道はないと思われる……たぶん。
「それで……きっかけは?」
「わたし、自宅に地下室を作ったんです。ついでに隠し部屋みたいなものも作ってみたんですが、隠蔽の魔法陣に描くための素材がなくてサリア師匠に相談したところ……」
「……わかったわ」
すべて言わなくても、サリアの性格をかんがみて、なにが起きたか想像したらしい。
「それならこの次は……隠蔽魔法陣の応用ね」
リアラが机の上に重なった紙の下から、一枚を引っ張り出す。出かける前に放置していった課題だ。
ありがとうございます、と受け取って机の端に自分のスペースを作る。今日中に終わらせたい。
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