はした金だとしても
すみません、仕事がバタバタで更新が遅れました…(そもそもいつも業務中に更新するなって話ですが)
ちょっと長めかも?です
大通りへ出たら、まずは近くのオーダーメイド専門の服飾店へ入ってチップを多めににぎらせると、通信機を貸してもらった。この世界で普及している通信機は、簡易メーラーといったものだ。
通信機どうしで文字のやりとりが可能である。といっても、一方的に送りつけることはできない。電話のように受信側が通信を受け取らないと文字が送信できないのだ。文字でやりとりを行うファックスのような装置である。
そこでまずサリアは、サリアラ・リランテの事務所に連絡を取った。サリアラ・リランテは高級路線……つまり貴族や富裕層が客だ。そのため主だった貴族の連絡先を管理している。サリアがサーデイル家を覚えていたのも、客先だからだろう。
サリアがサーデイル家に連絡を取っている間、リィズは店のひとに頼んで、アイレーズを座らせてもらった。ふかふかのソファへ座れたことで、だいそぶ落ち着いてきたように見える。
貴族相手の商売に慣れているのか、チップを多めにしたのがよかったのか、店員は温かい紅茶も用意してくれた。リィズを侍女と勘違いしているのか、ポットとカップが乗ったトレイをサイドテーブルへ置かれただけだが。
アイレーズは自分で注ぐなんて思いつかないようで、リィズがやってくれるのを待っている。生粋のお嬢さまらしい。こぼさないよう少なめに注いでソーサーへ乗せると差し出す。
「どうぞ」
「ミルクはないの?」
「……聞いてきますのでお待ちください」
なんでわたしが。そう思うが、相手はお嬢さまである。文句を飲み込んで、先ほど紅茶を用意してくれた店員にミルクを求めた。ついでにチップを上乗せしておく。チップとはいえ、リィズの手持ちからするとかなり高額だ。
その甲斐もあって、ミルクポットをもらうことができた。ソーサーの横へそれを置こうとして、アイレーズが待ちの状態であることに気づく。どうやらミルクを入れるのもやってあげなければいけないようだ。疲れる。
「どうぞ」
「えぇ」
手つきだけは優雅に受け取られた。優雅といっても子どもにしては、という範囲だが。ひと口、ふた口、と飲んで首をかしげている。どうやら舌に合わなかったらしい。
「はぁ……本当なら、ラメタの新作アイスクリームを食べられるはずだったのに……」
礼を言われるならともかく、文句を言われるとは。しかも独り言のようにつぶやいているが、茶菓子くらいないのかという注文にも取れる。どうしよう。これ以上を求められても困る。
聞かなかったふりをして店内を見渡した。見本だろうか、色とりどりのドレスがトルソーに着せられ並んでいる。壁際にはそれ以外にもたくさんのドレスがかけられていた。試着や採寸するための広いスペースもあるが、今はカーテンが開けられておりだれもいないのがわかる。
紅茶とミルクを用意してくれた店員は作業台で手元を動かしつつ、こちらをうかがっていた。その奥には分厚いカーテンがかけられている。ちょうどそこからサリアが出てきた。
「お待たせ、連絡ついたわよ」
「よかったです」
「この店へ迎えの車をよこしてくれるって」
「わかりました。……アイレーズ様、それまでここで待たせてもらいましょう」
「嫌よ」
「はぁ?」
思わずリィズも、は? という声が漏れそうになった。危ない。サリアは遠慮なく口にしているが、それが許される立場だ。
「わたくしはラメタの新作アイスクリームを食べに来たのよ。それにダイアナが見つかってないわ。紅茶もおいしくないし、こんなところにいるのは嫌」
「ダイアナなら問題ないわ。あなたがさらわれたことをすでに家へ連絡していたし、すぐに合流できるわよ。そもそも、あなたが護衛もつけずに侍女とふたりで出かけたのがいけないの、わかってるかしら? 家の車が到着するまで、おとなしく待っててちょうだい」
「っ……なによ、あなた! 偉そうに! わたくしはサーデイル家の娘なのよ!」
キッと睨むようにアイレーズがサリアを見上げる。路地裏では怖がっていたのに、いい度胸だ。もしかしたら、こちらが素なのかもしれないが。さらわれた恐怖から抜けだし、落ち着いていつもの調子が戻ってきた……というところか。
しかしサリアも負けていない。サーデイル家の名前に興味もなければ警戒もしていなかったことから、おそらくサリアの家の格下なのだろう。
そんなサリアがふん、と鼻を鳴らす。上品な態度も取れるくせに、今はその気がないらしい。せっかく助けた相手なのに。そう思うがリィズは賢く黙っていた。だってお嬢さまの相手は疲れる。
「あたし? あたしはサリア・リランティーナ。リランティーナ侯爵家の長女よ」
胸をそらして腕を組んだまま、サリアが名乗る。貴族らしいお辞儀もないうえに、胸が強調された服でそれをやるもんだから、見た目も相まって悪役のようだ。
そう、サリアラ・リランテはリランティーナ侯爵家が経営する高級ブティックなのである。経営者はリランティーナ次期侯爵の兄、クルト・リランティーナだ。リィズは何度か会ったことがあるけれど、ただのシスコンにしか見えなかった。
「リランティーナ……? こう、しゃく、け……」
家名は覚えがないのだろう。けれど侯爵家が自分の家より上であることはわかったらしい。アイレーズが目を見開き、その直後に顔がこわばる。
まぁでも彼女が驚くのも無理はない。なにしろサリアはまったく貴族らしくないのだ。リィズも働き始めてから説明され、かなり驚いた。
サリアとリアラいわく、この双子は貴族内でも有名な爪弾き者らしい。まずふたりが後妻の娘であること。そして竜人族ではなく、後妻の種族である悪魔族として生まれてきたこと。さらに結婚適齢期をすぎても結婚どころか婚約相手もいないこと。しかもサリアラ・リランテで働いていること。
後ろ指さされてるのよ、あたしたち。というのはサリアの言葉だ。本人はあまり気にしていなさそうだったが。なお彼女たちの兄ふたりは前妻の子どもで竜人族である。
「そういうわけだから、静かに待っててもらえる?」
「~~~っ」
アイレーズが悔しそうに唇をかんでいる。ちょっといい気味だな、と思わなくもないが、相手は子どもだ。
「おとなげないですよ、師匠……」
「……わかってるわ。でもこの子、お礼の言葉すらないのよ?」
「きっと感謝することを知らないんですよ。教えてもらわなかったんじゃないですか? かわいそうですね」
リィズの言葉は嫌味でもあり、本心でもあった。教育が始まったばかりの子どもが礼儀知らずなのは、本人のせいではなく親のせい……教育のせいだ。
日本でも感謝や謝罪ができない大人というのは存在した。身分制度がない日本ですら、そういった人間がいるのだから、かしずかれることに慣れた貴族なら、なおさらだろう。
正直なところ、リィズはアイレーズなど、どうでもいい。このまま、わがまま娘に育とうがなんだろうが、興味がなかった。なにしろこの先、関わる予定もない。
しかしサリアに言い負かされて涙目になって黙ってしまった、(見た目だけは)かわいい女の子を放置するのもかわいそうだ。それにサリアはちょっと言い過ぎな気もする。
だからソファの後ろから前へ回ると、アイレーズの手からソーサーを取った。ぷるぷると震えていて、そのままだと落としそうだったからだ。眼の前のローテーブルに子どもの腕では届かない。
紅茶をテーブルへ置いても、アイレーズの腕は中途半端にあがったままだった。さげることを忘れてしまったかのようだ。それどころではないのかもしれない。その空いた手をにぎってお嬢さま、と呼びかける。
「わたしはお貴族さまのことをよく知りませんが、なにかしてもらっても、お礼を言わないのが貴族なんですか?」
「……」
「やってもらって当たり前ですか? 当たり前ならお礼を言う必要はないんでしょうか?」
「……」
「でもわたしたちは、あなたを助ける必要はありませんでした。無視してもよかったんです。助けたあと、あそこに放置してもかまいませんでした」
「……っ、そんなっ」
アイレーズがどうしてそんなことを、と顔全体で驚いている。しかし本当のことだ。わざわざ身の危険をおかしてまで助ける義理なんてなかった。……実際は危険なんてなかったが。
「それでも助けて、ここまで連れてきました。あなたがまた、さらわれないためです。それなのにあなたは、ここは嫌だと言います。せっかく助けたのに、外に出たらまたさらわれますよ? それなのにわがままを言われては、わたしたちだって嫌になります」
「……」
「わたしはあなたの侍女ではないですが、もし侍女だったとしても、お嬢さまの世話はもうしたくありません」
「?!」
「だって、なにをしても文句ばかり……。お礼の言葉がほしいとまでは言いませんが、そんな態度では、仕えたいとは思えません」
「そん、な……」
おっと、わたしも言い過ぎたかもしれない。泣きそうになったアイレーズを見て、内心あわてる。
「き、きっとアイレーズお嬢さまは疲れてるんです。襲われて、さらわれて、驚いたでしょう? 怖かったですよね? だから混乱しているんでしょう」
「……」
「たぶんいつもは、優しいお嬢さまなんでしょう? 疲れてると、どうしてもイラだってしまいますから。だから、迎えが来るまで少し横になっているといいですよ」
「…………っ、わかった、わ……」
甘いわね、というサリアのつぶやきが聞こえる。たしかに甘いが、なにも知らない子ども相手なのだ。仕方ない。
それに大人の庇護を求めているリィズにとって、ひとりぼっちの子どもは他人ごとに思えないのだ。だからつい、言いたくなってしまうのかもしれない。無視すればいいのに、と思う反面、放置できなかった。
そっとアイレーズの身体を横たえる。彼女は抵抗しなかった。用意されていた膝かけを広げ身体へかけてあげると、すぐにうとうとし始める。そして一分もたたないうちに寝てしまった。
やれやれ。彼女の周りに防音の魔法を張ると、立ち上がる。サリアは同じ姿勢のままアイレーズを見おろしていた。
「まったく、助けるんじゃなかったわ。なんて思いたくないのに……」
「わかります。助けたかいがまったくないですもんね」
「そうは言うけど、その子のことさんざん甘やかしてたじゃない」
「それはそれ、これはこれです。ムカつくものはムカつきました。でもそれは、この子のせいじゃなくて、親のせいでしょう。だから、せいぜい高くふっかけてください」
「わかってるわ。いろいろ有効活用させてもらうつもりよ」
にっこりとほほえむサリアはとても上品だ。貴族っぽい顔ともいう。さっきまでの顔とは大違いである。やはりアイレーズへ向けた顔はわざとだったのだろう。もっともリィズは、ふだんの飾ってない笑顔のほうが好きだ。
「せめて三千クォーテはお願いします」
「たった三千? どうして三千なのかしら」
「ミルク代です」
「ミルク?」
「紅茶出したら、ミルクがほしいって言われたので……」
「はぁ?」
サリアの目がローテーブルに残っているティーカップに向かう。中に入ったミルクティーはほとんど減っていない。
「あなた、甘すぎるわよ」
あきれられた。リィズ自身も自覚はある。でも戻ってくる可能性も高そうだったから出した。サリアの家を通すのに、サーデイル家からなんの礼もないなんてことはないだろう。そう予想したのである。
「さすがに腹が立ったので、茶菓子が足りない、っていう独り言は無視しました」
「もしかして、甘すぎるんじゃなくてお人好しなの?」
「本当にお人好しだったら、三千クォーテのことは言ってないです。ちゃんと取り返してくださいね」
「んふふ、わかったわ。十倍以上にして返してあげる」
「……いえ、それはさすがに取りすぎ……でもないですね。娘の命に比べたら」
「そうよ。それに、取れるところからは取れるだけ取らなきゃ」
「期待してます」
なにしろ三千あれば、一週間の食費がまかなえる。もちろん節約すれば、の話だが。だからリィズにとっては大金だ。貴族のお嬢さまにとっては、はした金だとしても。
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