魔法で褒められたかった
店を出ると、サリアがラメタのアイスクリームを食べたいと言いだした。大通りにあるラメタというアイスクリーム屋が彼女の最近のお気に入りなのだ。何回か買いに行かされているので、リィズもご相伴にあずかったことがある。
なお、リィズに拒否権はない。上司兼先輩兼師匠のサリアが行きたいと言ったら行くのだ。もし拒否できていたら、さっき投げ売りの金属で魔力操作練習というのを拒否していた。
とはいえ、おいしいアイスクリームを食べられる(かもしれない)ので、拒否するつもりはない。
「そうしたらこっちですね」
大通りへつながる道へと足を向けるが、サリアに止められた。
「遠回りでしょ。ここを抜ければいわ。だいじょうぶ、あたしといっしょなら平気よ」
サリアが示したのはビルとビルの合間にある道とはいえない隙間だ。用もないのに路地裏に足を踏み入れると、うっかり危険な目に合いやすい。だからリィズは避けている。
先にサリアが行ってしまうので、慌ててそれを追いかけた。なにしろ拒否権はないので。しかしリィズが数歩踏み込んですぐ、
「いやぁあぁっ!」
高くて細い女の子の声が奥から聞こえた。
「どうしたんでしょう、トラブルでしょうか」
「トラブル? どうかした?」
「えっ? 今、悲鳴が聞こえませんでした?」
「悲鳴? あぁ、あなた耳がいいものね。あたしには聞こえなかったわ」
「えっ、あれ?」
もしかして自分が聞こえている音は、他種族よりずっと多いのだろうか。これまで気にしたこともなかったが。疑問はあるが、今はそれより悲鳴のことだ。
「えっと、この先から女の子の悲鳴っぽいのが聞こえ……」
「急ぐわよ」
聞こえました、といい終わる前にサリアが駆けだした。どうやらトラブルに顔を突っ込む気らしい。女の子の悲鳴、というあたりが気になるポイントだろうか。双子の師匠は女の子に甘くて男に厳しいので。
あわててサリアを追う。だが途中で曲がるべき隙間を通り過ぎそうになった。聞こえていなかったのなら、方角がわからないのも仕方ない。仕方ないが、わからないなら先に行かないでほしいところだ。
「待ってください、そっちじゃないです。こっち!」
急いで声だけで止めて、リィズが声のしたほうへ先導した。入り込んだところは表通りから直接つながっていないような細いビルとビルの間だ。さすがにゴミとホコリが目立つ。それらを無視して、通路を塞ぐように積まれた荷物を魔法で跳躍して越えた。
「!!」
飛び越えた先には男がふたり、そして大きな袋がひとつ。その袋からは魔力が漏れている。リィズが確認できたのはそこまでで、片方の男の上へ着地する。意図したわけではない。たまたま偶然、着地点にいたのだ。
空中で位置調整をするなんて芸当、リィズには不可能である。美花よりはだいぶ運動神経がいいリィズだけれど、荒ごとの経験もなければ武芸の修練も積んでいないのだ。
「ぎゃふっ!」
「なっなんだ?!」
「いっ……」
魔法で足を強化していたとはいえ、不安定なところにおりたせいで、足が少し痛い。硬い地面の上におりるつもりだったので、へたをしたら足首をひねっていただろう。片足は頭へ、片足は肩へついたので体勢も落ち着かない。
リィズにつぶされながら男がたおれる。そのままだとリィズもいっしょにたおれてしまうので、あわてて男の上から飛び降りた。すぐそこには、もうひとり男がいる。外へ出るときはいつも防御の魔法陣を起動させているが、注意しなければいけない。
明らかに警戒している男は大きな袋の縛り口をつかんだまま、リィズをにらみつけている。なんだか嫌な予感がした。じり、と後ろにさがって距離を取る。
でもリィズはあせってはいなかった。自分に危害がおよぶ危険性は少ないという予想がひとつ。そして、サリアが地面を蹴る音が聞こえたということがひとつ。
これまで、ひとりのときに襲われたことなんて、何度もある。それに比べれば自分が直接狙われているわけでもなければ、サリアという心強い相手もいるのだ。あせる理由がない。
とにかく身の安全を第一に、と考えた瞬間、
「ぐはっ!」
「きゃっ?!」
男がつぶれた。サリアの下敷きになったのである。サリアの下敷きになった男がたおれると同時にサリアも姿勢を崩して別の方向へたおれそうになるのを、急いで支えた。サリアはハイヒールだから、よけいに不安だろう。
にしてもリィズ以上にサリアはあまり運動神経がよろしくないようだ。外を出歩いているサリアがこれなのだから、きっとリアラはもっとひどいに違いない。この場にいなくてよかった。
うめく男たちを魔法の縄で縛り上げる。さらに防音の魔法をサリアが使うのを感じた。
「……これでよし、と。だいじょうぶですか?」
「え、えぇ……いったいなにがどうなってるの?」
「わかりません。とにかく、女の子の声はここからです」
実はさっきから、小さな声で出して助けていやぁ、と叫んでいる声が聞こえるのだ。おそらくこの袋は音を遮断する魔法がかけられているのだろう。しかしリィズのよすぎる耳には聞こえてしまうらしい。
「……あぁ、なるほど。耳に魔力を集めて意識を集中すれば、たしかに聞こえるわね」
「とにかく助けましょう」
袋を結んでいる縄に手をかける。……が、固く結んである荒縄に子どもの細い指が通用するわけがなかった。それでもどうにかしようと爪を立てたところで、サリアの手に奪われる。そしてあっさりと魔法で縄を切ると袋の口を開けた。
「だれか! 助けてぇ!」
目を布に覆われ、腕と足を縛られた状態の幼い女の子が叫び続ける。ちょっとうるさい。耳が無意識のうちにペタリと伏せられる。サリアが防音の魔法を使っていたのは正解だっただろう。
サリアラ・リランテと同じくらい高級そうな服を身に着けている。頭にはサリアのものとは少し違う角。これはおそらく竜人族だろうか?
ということは貴族の可能性が高そうだ。貴族でなくとも、金持ちのお嬢さまが誘拐されそうになっていたようである。
この国の皇帝は竜人族だ。そして貴族のほとんども竜人族である。さらに言えば、竜人族の半数が貴族で、もう半分もほぼ富裕層だ。
平民も平民、しかも難民で住民権も持たないリィズからしたら、どちらにしろ関わりかたに気をつけなければいけない。
サリアラ・リランテで働き始めてから教えてもらったのだが、貴族は選民意識や特権意識が強いという。たとえ子ども相手でも、リィズがくだけた口調で会話したら、あとから文句をつけられそうだ。
「もうだいじょうぶよ」
「ケガはないですか? 痛いところはありませんか?」
「っ……だ、だれ?!」
サリアとリィズが声をかけると、びくりと身体をすくめながらも期待のこもった声が返ってくる。どうやら耳はふさがれていないようだ。
「待ってください、目の布を……うっこれも固結びされてる……師匠、お願いします」
「あなたねぇ、これくらいできるようにならなきゃダメよ?」
サリアがあきれながらも、女の子を傷つけないようにそっと魔法で目を覆っている布を切ってくれた。言われた通り、このくらい魔法で切れるようになるべきだ。でも今はのんびりしている場合ではないのだから許してほしい。
目隠しを外してあらわれたのは、とてもかわいらしい顔立ちだった。透き通ったハチミツのような金の目だ。その瞳孔は縦に長い。やはり竜人族だった。
「……あなたたちは……?」
「あなたの悲鳴が聞こえてかけつけました」
「いったいどうしたの? 名前は? 従者や両親は?」
サリアが切ってくれる縄をリィズが片付け、女の子を立ちあがらせてあげながら話しかける。世話をされ慣れているのか、なされるままだ。
よく手入れされている黒髪は艷やかだが、乱れてしまっている。それも手ぐしで整えると、折れていたスカートのすそも直してあげた。両膝に大きな擦り傷がついている。
「わ、わたくしは……わたくしはアイレーズ・サーデイルよ」
「サーデイル家のお嬢さまってわけね。そういえば小さな娘さんがいるとか聞いたような……それで? なにがあったか話せるかしら」
「それは……」
「師匠、だめですよ。そんなふうに聞いたら怖がられます」
「えっ?」
背の高い女性が立ったまま腰に手をあてて一方的に聞いている図は、へたしたら尋問しているようにも見える。もちろんサリアにその意図はないだろうけれど。
リィズは世話をするためにしゃがんでいるのもあるが、そもそも女の子……アイレーズと数歳しか変わらない子どもだ。きっとサリア相手より話しやすいだろう。
怖がらせるつもりなんてないわ、と反論するサリアを無視してアイレーズに向き直る。警戒のために立てていた耳は意識して後ろへ寝かせた。
「アイレーズお嬢さま、わたしはリィズと申します。膝は痛みませんか?」
「……痛いわ」
思い出したのだろう、顔をしかめている。緊張と混乱で忘れていたのかもしれない。
「治してもいいですか?」
「あなた、お医者さまなの?」
「違いますが、これくらいなら治せます」
「……それなら治して」
しっかり魔力を練ってから、手早く呪文を唱えるとゆっくりと魔力を流し込む。自分のケガではないので、魔力の反発があるが、それをしっかり受け止めて治療の魔法を添えて返す。
少し時間はかかったが、傷はしっかりふさがった。これで傷跡は残らずにすむだろう。広範囲の擦り傷は跡が残りやすいから、きれいに治せてよかった。血のあとや泥よごれは拭かないといけないが、これは後回しだ。
「まだ痛いですか?」
「もう平気よ」
まだ顔をしかめているが、ひとまず言葉を信じることにする。まだ聞かなくてはいけないことが多い。
「それはよかったです。ところで、この男たちのことをご存知ですか?」
「知らないわ。今日はダイアナと来たの。でも車をおりたところで……あっダイアナ、ダイアナはだいじょうぶかしら?」
「ダイアナというのは侍女ですか?」
子どもの話というのは、得てしてまとまりがないものだ。アイレーズの見た目は五歳か六歳といったところで、貴族なりに教育を受けているようだがまだ系統だてて説明するなど難しいだろう。
それを根気強く聞いていかなければいけない。正直めんどうだし、だから美花は子どもが苦手だった。しかし今はリィズも子どもである。子どもが子どもを苦手なんて言ったらおかしいので、言うことはできない。
「ダイアナはわたくし付きの侍女よ」
「わかりました。ダイアナさんと車で出かけたけれど、車をおりたところで、この男たちにさらわれた……ということでいいですか?」
「そうよ」
「そうしたらまずは、サーデイル家へ連絡させていただき、迎えに来てもらいましょう。迎えに来てもらう間に、ダイアナさんを探すのはいかがですか」
「わかったわ、それでいい」
アイレーズがうなずいたので、しゃがんでいたリィズは立ち上がってサリアを見上げた。サリアは腕組みをした体勢のまま感心した顔をしている。しかしリィズと目が合うと、なにを求められているのかわかったのだろう。
「サーデイル家へ連絡すればいいのね? 治安維持兵は……サーデイル家に確認してからのほうがよさそうかしら」
「そのへんは任せます。お貴族さまのマナーはよくわからないので」
「そうは言うけど、たいしたものだったわよ」
「褒められるなら、魔法で褒められたかったです……」




