相変わらず貧乏だ
「リィズ! よかった。遅いから心配したんだぞ」
「ただいま、お父さん」
家に帰ったら、フェンニスに出迎えられた。それにぎゅっと抱きつく。ぶじに帰ってこられてよかった。
ちなみに防御結界と反撃魔法はちゃんと仕事をしている。リィズたちが住む場所は、帝都よりずっと治安が悪い。性犯罪もそうだが、恐喝や暴力による金銭の巻き上げや、盗難が多いのだ。
「すぐに夕飯用意するね」
先に帰宅したはずの父親に食事の準備なんて期待していない。男子厨房に入らずとまではいかないものの、料理は女がするものという意識が強いせいだ。見習いとして働き始める前にリィズがやっていたので、その延長で当然リィズがやるものと思っているのだろう。
もっとも夕飯の用意といっても、作り置きと残り物を出して、前日に用意しておいたものをささっと料理するくらいだ。
トマトと玉ねぎたっぷりのラタトゥイユ(残り物)、トマトとパプリカのピクルス(作り置き)、そして鶏肉を焼いたものに昨日作ったトマトソースをかけたら完成だ。なおトマトづくしなのは理由がある。夏はトマトの収穫期なので、売り物にならないものが大量にあるのだ。仕方ない。
「そういえば最近、近所でナイフで脅してくる物取りが出てるらしい。実際、十センチ以上切られたひともいるとか……リィズも気をつけるんだぞ」
「そうなんだ」
食事中、フェンニスが教えてくれる。畑仲間から聞いたらしい。働き始める前はリィズも井戸端会議ネットワークとでもいうべき情報網があった。しかし今は休みの日にまとめて家事をやる必要があり、忙しい。そのため近所のおばさんから話を聞く機会が減ってしまった。
井戸端会議ネットワークでは、もっと軽いスリや恐喝のような被害についても聞ける。よそ者が流れてきたとか、どこの家では姑による嫁いじめがひどいとか、あそこの旦那はすぐ子どもに手をあげるとか。そんな、どうでもいい話も多いが。
ただのナイフなら防御魔法でどうにでもなる。でも会いたくないな、と思いながらうなずく。そういえば今日もひったくりにあいかけた。女というだけで狙われやすいのに、子どもなので、よほどいいカモに見えるらしい。ひったくりもスリもよくあう。カバンを持っていなければ狙われずにすむのだろうが……。
「それより今日は魔法のテストがあったんだよ」
「テストなんてあるのか、すごいな。それでどうだった?」
「もちろん合格したよ」
「さすがリィズだ」
さっと話題を変えたら、フェンニスはあっさり乗ってきた。軽犯罪の被害にあってないか聞かれたら困る。嘘をつきたくないし、正直に撃退してるなんて答えたら心配させてしまう。
「しかも明後日もテストなんだって」
「テストばっかりだな」
「それも合格したら、応用を教えてもらえることになってるの」
「そっか、がんばれよ」
「うん!」
フェンニスが被害にあった、という話も聞かない。もとより畑仕事をしにいくときは財布を持って出ないのだ。スリや恐喝にあっても取られるものがない。
それに近所のひとといっしょに出て帰ってくる。そもそも複数の男が狙われることも少ない。力のない女や子どものほうが、脅すのも盗むのも楽なのだろう。男相手にするにしても、ひとりのところを狙うはずだ。
「こっちは相変わらず豊作すぎて、このままだと困ったことになりそうだなぁ」
「昨日お店で見たら、トマトけっこう安くなってたよ」
「こりゃ値崩確実か……まいった」
「新しく別の村からひとが流れてきたらしいから、岩レンガを売りこむつもりなの。それでしのごう」
「リィズが頼もしすぎて、親としての面目がたたんな」
「今さらでしょ」
フェンニスはリィズを大切にしてくれるが、頼りがいがあるかと言われたらノーだ。自分の保護者である、という存在意義以外あてにしていない。見習いとしてサリアとリアラに師事してからは、特にその思いが強かった。あの姉妹がたくましすぎるのかもしれないが。
「それにしても、また増えるのか……」
「西門の向こうだって」
「ひとが増える一方だな」
北に広がる黒い空は広がり続けている。つまり北のほうに住むひとが、黒い空に押されるようにしてどんどん移動してきているのだ。ルビカーナより北の街は避難民がもっと多いと聞く。
ひとが増えるにつれ、治安が悪化していた。難民は基本的に、みな仕事がないのだ。だから犯罪に走るひとも多い。
特に街の外は、犯罪者を取り締まる機関が存在しないので、犯罪者はやりたい放題だ。本当なら犯罪は犯罪で国が定めた罪に問われるべきだが、街中の治安維持兵は外のことまで気にしていない。
こんな会話は日常茶飯事だ。たわいもない会話と言うには少々物騒だけれど、街の外ではこれがふつうである。話す内容もふくめ、いつもと変わらない日常。
すっかりリィズはそれになじんでしまった。それを自覚するたびに、美花のころはよかったと思う。いろいろ不満も多かったが、日本はめぐまれていたし平和だった。戻れるなら戻りたい、そう無駄な願いを思い描きながら、夕食を終えた。
★★★
翌日は、大急ぎで家事を済ませたら岩レンガを作り始める。街から少し外れたところにある、小さな丘を削りながら作っているのだ。ひとがいないので逆に安全な場所である。街の近くにはひとを襲うような害獣はいない。つまり、ひとが一番こわい存在だ。
今は防御も攻撃もできるようになったので、より安全である。ある程度作ったら、力を増強する魔法を使って運ぶ。目的地は西門だ。ちなみにリィズたちがいるのは北門である。
避難してくる難民は北門付近から場所を埋めつつ、東西に壁沿いに伸びていた。リィズたちは今から見れば、かなり早い時期に避難してきたことになる。ヨーレイ地方はそれだけ帝都から離れていたのだ。
西門を越えたところには、たくさんのテントが張られていた。新しく来たひとたちの仮住まいだろう。テントが多いところまでくると、背負っていた岩レンガをおろす。
そして『家を建てるための頑丈なレンガを安く売ります。三百クォーテ~』と書いた手製立て札を刺した。その前にレンガを積んでいく。ちなみにクォーテというのは帝国貨幣の通貨だ。
岩レンガの値段は条件によって変わるけれど、街中で焼きレンガや干しレンガを買うよりずっと安い。そのため、こんな方法でもそれなりに売れる。
「えらいね、手伝いをしてるのかい?」
すぐに気のよさそうなおばさんに声をかけられた。馬の獣人だ。どうやら新しく来たのは馬獣人が多く暮らす村のひとたちらしい。周囲は馬獣人ばかりだ。
「はい。家を建てるためのレンガはいかがですか」
もちろん手伝いというのは嘘だ。家計を手伝ってるという意味では正しいが、岩レンガは完全にリィズの個人仕事である。
でも常識で考えたら、子どもがひとりで商売しているというのは考えづらい。おとなを手伝ってると見るのがふつうだ。
「そうだねぇ……といっても、家か……」
「わたしたちは一年以上前から街の外に住んでますけど、街はなにもしてくれませんよ」
「そうなのかい……」
「あと岩レンガの生産量は多くないので、早いもの勝ちです」
「おや、お嬢ちゃんは商売上手だね。値引きはきくのかい?」
「すみません、お父さんから決められたとおりにしろと言われてて……交渉したいなら北門の家まで夜に来てください」
もちろんフェンニスが実際に交渉したことはないし、これからもするつもりはない。もとの値段でもかなり安いのだ。そのままの値段でいいからほしいというひとも多いので、安くしてほしいというひとには売らなければいいだけの話である。
考えておくよ、とおばさんが去っていく。今日は軽く宣伝だけのつもりだったので、問題ない。そして午後半ばには切り上げた。
短時間しかいなかったし初日にもかかわらず、大口注文が入ったためだ。リィズの家なら三軒は建てられそうなほどの量である。大工だといっていたので、今後を見越しての注文なのかもしれない。騙されている可能性もあるが、元手がかかっていないので問題なかった。
「これで家計が少しうるおうかな」
つぶやきながら家に帰る。今日はもう岩レンガを作りに行く時間の余裕がないので、せめて作り置きの料理をたくさん仕込んでおきたい。
余談だが、サリアラ・リランテの見習いに支払われる賃金はあてにできない額だ。帝都の標準からしたら半額ほどだろう。服を支給しているため、という理由である。難民街で見習いとして働くよりは、少し多いかもしれない……というていどだ。そんなわけで、リィズたちは相変わらず貧乏だ。
初めて感想いただいていたことに、さっき気づきました。ありがとうございます!
というか、なろうって感想いただいてもサイト上に通知来ないんですね?(支部と同じ感覚でいました)
みなさん、どうやって気づいてるんでしょう…メールは見ないしなぁ……。
感想いただけたなら誤字報告も来てるのでは?! と期待したけど、まずそもそも、どこから誤字報告見られるのかわからないっていう…そしてぐぐって調べて見てみたものの、誤字報告なしっていう……いやそんなバカな、私が誤字してないはずないのに………。
きっと読んでくださっている方のスルースキルが高すぎるんですね。




