魔法を教えてもらうことになった
異世界転生ものの物語はよくあるし、美花だっていくつも読んだ。だから異世界転生してしまったことは、まだ飲み込める。仕方ないからこの世界で生き抜かなくては……とも思えた。
でも、転生先が成人男性向けのすけべゲームだなんて、どんな冗談なのか。このまま進めば、リィズは知らない男(ゲームの主人公)に「聖なる力を引き出すのに必要だから」という理由で犯されることになる。そんなの絶対いやだ。
ゲームの中なら、ご都合主義にも目をつぶったが、ここはリィズにとって現実である。好きな相手……が見つかるかはわからないが、どうでもいい男に身体を許す気にはなれなかった。
というか、エロゲーにありがちなエロい身体をした、エッチ大好きな女の子なんて、現実にはあまり多くないと思う。相性の悪い相手や、ヘタな相手だと気持ちよくないどころか痛いことすらあるセックスは演技タイムであって「もっと」と思えるようなものじゃない。ゲーム主人公を好きになれる気もしないし、身体の相性がいい保証もないのだ。
人生経験豊富な美花は、好きな相手との気持ちのいい幸せなセックスがあることも知っている。えっち大好きでイケメンと見れば見境なくヤってた娘も知り合いにいた。しかし現実問題として、そんなスケベなことを考えるよりも先に、リィズは生き延びる必要がある。
ゲームではさらっと数行で説明されたリィズの過去。それが現実として目の前に迫っている。三日かけてたどり着いた街では、難民の受け入れを締め切っていた。
というより、街の受け入れ容量の限界がきて、受け入れたくても受け入れられないのだろう。街中にひとがあふれていた。それどころか、街の外まで難民でいっぱいだ。いっしょに来た村人以外は知り合いもいないリィズと父親は、街を囲む壁の外で野宿している状態である。
とうぜん仕事もないし、金もない。住むところどころか、食べるものに困るしまつだ。ひとびとは、いつ来るともしれない黒い魔物におびえている。
リィズが思い出した美花の記憶によれば、ゲーム開始時には、黒い魔物が本部近くにまで出没するようになっていた。リィズのゲーム開始時年齢は十七歳。あと十年は問題なさそうだ。
それに実は黒い魔物も、ふつうの武器で蹴散らすことが可能である。一日ていどで復活してしまうが。魔法でたおせば、復活までに数日もつ。聖なる力で浄化すると復活しなくなる。だからこそゲーム内では聖なる力が希望となっていた。
美花だって、生きるために身体を売るしかなくなったら、リィズとしてそうする。嫌だが、仕方ない。とっても気が進まないが、死ぬよりマシだ。セックスをただの快楽として楽しめる性格だったら、まだ割り切れたのに。
ゲームのスケベシーンで女の子はみな、気持ちよさそうにあえいでいた。ゲームをしていたときは、それもきにならなかったのだ。ゲームだし二次元だし現実じゃないし、と割り切って見られた。
でもあれはやはり半分以上、演技だったのではないだろうか。死なないため、魔物を蹴散らすためなら、自分も一回くらい吐気をおさえて演技するかもしれない。
何回か話してクズではないと判断した相手と考えれば、まったく知らない男というわけでもない。ゲーム絵で主人公は顔がよくわからないようになっている。だが身体つきはしっかりしてスタイルも悪くなく、下半身は特に(いろいろな意味で)強い。
そんな相手なら、力を手に入れるために仕方なく我慢しよう……と思う女の子はいるだろう。まぁ、それ以外のご都合主義なナニカがあるのかもしれないが。それはともかく。
黒い空からあらわれる魔物は、黒い空の中心地に近いほど強い。そこから遠く離れているのが、帝都である。
黒い空の中心地から遠いところにあらわれる魔物は、弱いとはいえ、一般市民にとっては脅威だ。魔物に唯一の肉親である父親を殺されたリィズは、魔物を倒す力を求めていた。そのためなら手段は選べない。
今はまだ生きているフェンニスだが、今後十年のどこかで死ぬ。父親を失ったリィズは生きていくためにどうするだろう? 身体を売るのが手っ取り早い。それならゲーム開始したばかりでも、どうでもいい男に身体を明け渡すことくらい、わけがないだろう。
「もしくは獣人って性に奔放なのかもしれない……」
昨日の夜中、トイレに行きたくなって起きたら、テント内にはアンアンとなまめかしい声が響いていた。しかも複数。隣にフェンニスの姿はなく、暗がりのどこかで混じっている可能性があった。
トイレがある外へ出れば、周囲のテントからも同じような声が聞こえてくる。こんなときに、なにをやっているのか。もしくは、こんなときだからこそ、なのかもしれない。
戻っても声がうるさくて、なかなか寝つけない。恥ずかしがるほどウブではないけれど、うるさいものはうるさいのだ。
たまに、今度はこっちへ……とか、交換……みたいな声もあった。スワッピング(性行為の相手を交換すること)が当たり前に行われている。それがリィズにとっては、というより美花にとっては衝撃だった。
とりとめもないことを、ぐるぐると考える。なにしろ暇なのだ。ゴミ拾いをしたり、こじきのように道行くひとへ金をせびったり……それくらいしか、やることがない。
大きな街に来て三日。テントの片隅で寝起きして、満たされることのないお腹をかかえて、ただ生きているだけだ。フェンニスは仕事を探そうと苦労しているが、今のところ見つかっていない。
一度フェンニスの助けになろうと動いたこともあるのだが、心配だから遠くへいかないようにと怒られてしまった。だから、おとなしくしているしかないのだが……。
暇だ。昼間はおとなが出払ってひとの少ないテントで膝を抱える。
十人ほど寝られるテントは、リィズたちをふくめ三家族が寝起きしていた。そのなかでも年配の女性がふたり、テントで手仕事をしている。布に刺繍をする内職だ。
手伝いたいが、糸も布も手に入れるには金や時間がかかる。練習用のものもない。教えてもらうこともままならないのだ。
このひとたちが、夜中はアンアン言ってるのかと思うと、想像がつかない。暇すぎて、すぐ思考があちこちにそれる。耳をいつもどおり立てているのも億劫なくらいだ。
せめて技能がつかえれば、と思う。ゲームでは技能というものが存在した。魔法や剣の技といったものだ。キャラクター固有のものと、付け替えることができるものと、使うには特別な条件があるものと三種類。
とはいえオートバトルの放置ゲームなので、そこまで重要ではなかった。内部でなにかしらの計算式が用意されていて、戦闘の勝敗に影響するようになっていたが。
しかし現実となれば話は別だ。なにしろゲームのようにオートモードは存在しない。
ゲーム内におけるリィズの固有技能はふたつ。隊に所属するキャラクターの攻撃力アップと魔法攻撃力アップ。隊に所属するキャラクターの防御力アップと魔法防御力アップ。わかりやすく汎用的な技能だ。
けれどキャラクターレベルや技能レベルが低いうちは、上昇率も数パーセントていどで、まったく使いものにならない。最大はどのくらいだったか……記憶になかった。
そんな技能だが、今は使えない。いつ、どうやって使えるようになるのか……さっぱり予想がつかなかった。
ゲーム内貨幣で買ったり、ガチャから出たり、バトル終了後に確率で手に入れたり、ストーリー進行で手に入れたり。そういった技能は技能画面でかんたんに付け替え可能だった。
攻撃技能、回復技能、サポート技能、特殊技能の四種類だ。各キャラごとに得意な種類が存在する。リィズならサポート技能が得意だが、攻撃技能は八割の力しか引き出せない。回復と特殊は得意ではないが、ふつうに使える。
ゲームでは、その相性だけ気をつけていればよかった。手に入れる方法なんて、あまり気にしたことがなかったのだ。だが現実だとリィズには金がない。ガチャだってゲームじゃないんだから、引けるはずがなく……。戦闘だって、ごくふつうの子どもにできるわけがなかった。
「どうしよう……」
なにもできない。でも、なにかしなければ……。そんなあせりばかりがつのっていく。
★★★
街と街の周囲を観察する。リィズが初めにしたことは、そんなことだった。それくらいしか、できることがなかったともいう。
この世界は治安が悪い。同じ村のひとがかたまって生活しているところは安全だが、それ以外は窃盗傷害が身近だ。リィズが比較的安全なのは、ひとえにまだ幼いからである。大人だって金を持っていないのに、子どもが金を持っているわけがないのだ。
幼児誘拐も頻発していたら気をつけていただろうけれど、今のところ誘拐は聞いたことがない。誘拐しても住ませるところがないからだろう。奴隷は禁止されているし、街へ住むには住民権が必要だ。
そんなわけでこの街にきてテント生活が長くなるにつれ、だんだんダレてくる。最初は緊張して子どもがいなくなることにピリピリしてた空気も、しだいにゆるんできた。それもあって、リィズは外に出やすくなっている。
最初は一時間も外にいたら、テントでじっとしてろと怒られた。それも毎回ぶじに帰ってくることで、おとなたちは少しずつ油断していく。一ヶ月するころには、朝昼晩の食事用意までに帰れば、うるさく言われることもなくなった。
まったくの余談だが、夜の甘くて高い声は、相変わらず継続中だ。それにもリィズは慣れた。慣れとは油断のあらわれでもあるが、こと夜に関しては慣れの偉大さに感謝したい。
話を戻して、技能を買うための場所は見つけてある。とはいえゲームのように買って装備させたらすぐ使える……なんて便利なものではない。金をはらって教えてもらう、という形だ。
街の子どもが通う学校では、かんたんな魔法を教えてもらえる。主に回復魔法や、生活に使う魔法だ。
仕事をするための職業訓練所では、仕事に必要な技能も身につけられる。ゲームなら特殊技能と呼ばれていたものだろうか。料理や洋裁、大工や鍛冶といったものである。
「リィズちゃん、働きたいの? まだ見習い仕事を始めるには早いでしょう?」
街へは近所のお姉さんといっしょに行ったのだが、そのお姉さんにそうなだめられた。働きたいのではなく、父親を死なせたくないだけなんだけど……。
なお、お姉さんは花街に自身を売り込むために街へ入っている。その際のリィズは、お姉さんの身内であることを強調して、情にうったえる役だ。まだこんな小さな子どもがいるんです、だから働かせてください! というのがお姉さんの言い分だった。血縁関係はないけれど、同じ村の出身として身内と言えないことはないので、嘘でもない。
リィズは技能を買う場所を調べたかった。お姉さんは花街に売り込みたかった。持ちつ持たれつの関係である。
街中はそうやって一回見ただけだが、なにごとにも金がかかるとわかっただけだった。当たり前だが、なにも持たないリィズにはいかんともしがたい。
それに、そりゃそうだよねゲームじゃないんだし……というのが正直な感想だ。もちろん落胆もした。ゲームのように楽ならよかったのだが。
ステータスだって数値で見られるわけじゃない。体感で、リィズは力がなさそうだな、他種族よりは素早いかもしれない……と思うくらいだ。ゲームだと当たり前に表示されていたので、もしかしたら見る方法もあるかもしれないけれど。
村では本当なら、七歳で初歩の魔法を教えてもらうことになっていた。文字や数字、かんたんな計算は六歳で習っている。八歳からは仕事を教えてもらいながら、その仕事に必要なことを学ぶ。
なにをやるにしても、せめて回復魔法くらいは使えるようになりたいものだ。痛みを取ったり、小さな傷をふさぐくらいしかできないとしても、あるとないでは安心感が違う。
そんなわけで、当面の目標は魔法を覚えることに決めた。日雇いの仕事から帰ってきた父に、夕飯時頼みこむ。このために、今日の夕飯は父の好きなメニューにしてある。
「お父さん、お願いがあるの。魔法教えて」
「魔法? そうか、もうそんな年だもんな……」
「……だめ? 忙しい? 疲れてる……?」
「いや……かまわんが、俺はあんまり得意じゃない」
「それでもいいから」
そんなわけで、夕飯後から魔法を教えてもらうことになった。
もう1話、続けて投稿します。