ふつうの反応らしい
すみません、遅れました
給湯室を教えてもらい、お茶を淹れてもらって(リィズは背が足りなくて無理だった)部屋へ戻ると、気まずい雰囲気になっていた。
中央の大きな机を囲むようにしていくつか置いてある椅子のひとつに、フェンニスが座っている。そしてフェンニスから一番離れたところに、悪魔族の女性がひとり腰かけていた。
だぶだぶのゆるい服を着ているが、髪色や角がリラにそっくりだ。もしかしたら占いをするという妹だろうか。
「あら、起きたのねリア」
「……ひどいわサリー……男がいるなんて聞いてない……」
「この子の父親よ。心配だから職場を見ておきたいみたい」
この子、と両肩にリラの手が乗る。リィズは四人分のカップが乗ったトレイを手にしているので、なされるがままだ。
「……あなたが分岐の星ね……? さぁ、ここに、座って……」
「ぶんきの、ほし?」
聞き返すが、答えは返ってこない。座って、ともう一度言われるだけに終わる。
示されたのは彼女の隣の椅子だ。机にお茶を退避させると、それへ従った。お茶のカップはリラが配ってくれる。
「では改めて自己紹介からね。あたしはサリア。ここにいるリアラの双子の姉よ。リアは表にでることがほとんどないから、世間的にはあたしがサリアラってことになってるの」
「……え、えっと、つまりリラお姉さんはサリアラさんじゃなかった……?」
「サリアラはブランド名ね」
いきなり告げられた事実に混乱する。
「サリアラもリランテも、帝都では名前を知ってる人が多くて、呼ばれるとめんどうなの。だからこれからも、その名前で呼ばないでほしいわ」
「そしたら、これからもリラお姉さんって呼べばいいですか?」
「それだとリアと区別がつかないし……そうね、師匠って呼んでくれていいわよ」
「ししょう……」
魔法を教えてもらうのだから、たしかに師匠で間違ってないだろう。美花の感覚だと、職場の大先輩といったほうがしっくりくるが。
なるほど、とうなずいたら、横からくいくいと服の袖を引っ張られる。横を見たら、すがるような目でリラ妹に凝視されていた。美人に睨まれると、ちょっと怖い。思わずのけぞる。
「……私も……師匠に、なる……から……」
ぼそぼそとリラ妹もといリアラが主張する。もごもごと途切れがちなしゃべりかたに反して、主張はしっかりするタイプのようだ。袖も放してくれない。
というか、サリアだけでなくリアラも魔法を教えてくれるらしい。ありがたいことだ。この世界ではだれでも魔法が使えるとはいえ、専門的な知識はあまり出回っていない。
近所の大人に聞いても、知ってる魔法や使える魔法がみんな違うくらいだ。つまり、多くのひとから習ったほうが、多くの魔法を学ぶことができる。
「じゃあ、サリア師匠とリアラ師匠ですね、よろしくお願いします」
呼びかたのこだわりは特にない。よほど呼ぶのに恥ずかしい呼称でなければ、なんでもよかった。だからリィズは外向けの笑顔を作ってうなずく。
リアラはそれに満足したのか、やっとリィズの袖から手を外した。逆にサリアは不満そうだ。
「なによ、あたしが行って、あたしが交渉して、あたしが連れてきたのよ? あとから急に師匠面するつもり?」
「……私が、見つけたのよ……」
「あたしが居なかったら会うことすらできなかったでしょう?」
「ふん……私がいなければ、知らなかった、くせに……」
なんでリィズの師匠になることで、こんな言い合いが起きているのか理解できない。というか内容が低レベルだ。フェンニスはおろおろして口をはさむ機会をうかがっているが、リィズはやめたほうがいいと首を振ってそれを止めた。
へたに割り込んだら、変にこじれそうだ。特に彼女たちは男全般に偏った意見を持っている。お茶を飲んでおさまるのを待つほうがよさそうだ。
★★★
姉妹喧嘩が終わったのは、それから数分後のことだった。どうやら険悪な仲というより、仲がよすぎるから遠慮なく喧嘩できる、という間柄のようだ。
ふだんの仕事内容をひと通り教えてもらい、それが終わったら数枚からなる書類が机の上に広げられた。
「さて、それじゃこれが見習い申込書よ。労働条件通知書と見習い雇用契約書も兼ねてるわ。手続きしなきゃいけないから、内容を読んでサインして」
うわぁ、まるっきり日本で働く見たいだ。とリィズもとい美花が思ったのも無理はないだろう。村で生きていく限り、通常親の下で学んだり、近所の家に見習いとして向かうので、こんな書類は用意されない。帝都なだけあって、法律が厳しいのだろうか。
フェンニスは契約書と聞いて目を白黒させている。へたなことが書いてあるならサインさせたくない、という気持ちが痛いほど伝わってくるが、残念ながらフェンニスの文字解読スピードは小学生以下だ。最初の一文ですら読むのに苦労してそうである。難しい言い回しもあるので、読めたところで理解できるかもあやしい。
「だいじょうぶだよ、わたしちゃんと読めるから」
これでも日本の一般企業でキャリアウーマンとして渡り歩いてきた記憶があるのだ。転職だって何度もしているし、そのたびにこの手の契約書は何回も見ている。超ブラックな会社を経験してからは、どんなに文字数が多くてもしっかり読むことにしていた。
例によってひらがなの羅列を読んでいるようなものなので、ちょっと読みづらいのが難点だが。サリアとリアラは時間をかけて読むリィズを待っててくれた。
書類の内容は特に突飛なものはなく、問題なさそうだ。見習いの間は大人の半分しか働かないことになっているのは、村でも同じだった。ちなみに週3日の労働だ。
なおサリアラでは本来、週に2日休みが与えられるらしい。もっともサリアとリアラはオーナー家族ということもあり、かなり自由に働いているようである。
契約書にサインすると、見習い社員証を作ってもらうから、とサリアが部屋を出ていった。どうやらリアラは基本的にこの部屋からあまり出たくないらしい。
残ったリアラと言えば、棚をあさって、なにかを探していた。どこにやったっけ、ここに置いたはず……といった独り言が聞こえてくる。そして少ししたら、巻き尺を手にリィズの手を引いた。
「……あの、服、用意するから……サイズ、測からないと……」
「えっでも」
「ここは、服の店……店の服を、着るの」
なるほど、店頭に立つ訳では無いが、服飾ブランドで働くならしっかりした服を着るべきということか。清潔にしてはいるが、擦り切れたり、よれたりしている服が多いのもたしかだ。
でも、それを言ったらリアラの服はいいのだろうか。だぶだぶの、ゆる~い部屋着だ。まさか、この状態で出歩くとは思えないが……。
「……私は、魔法で移動、する、から……」
じっと見ていたら、リィズが疑問に思っていることを察したのだろう。リアラがぼそぼそと答える。
「そ、それに……契約に、ある……ここ……」
机の上に置かれたままの契約書の写しに、ほっそりとしたリアラの指が添えられる。そこには、
『指定の制服は会社から貸与する』
『サリアラ・リランテであつかう服飾品すべてを制服としてあつかう』
と書かれていた。なるほど、店の服が制服になるから与えられる、ということらしい。とはいえサリアラ・リランテは主に大人の女性向けだ。子ども向けは基本的にないはずで、どうするのだろう。
よくわからないが、言葉は弱々しいが、妙に押しの強いリアラによってリィズは本棚の後ろへ連れ込まれた。そこには大きなソファベッドが置かれており、毛布と枕まで完備されている仮眠スペースとでも言うべき場所になっている。
そこで服を脱がされると、身体のサイズをあちこち測られた。ついでに、あちこちさわられまくる。
「ちょ、くすぐっ、た……!」
「じっと、して……魔力の流れ、見てる……」
「えぇ?! だって、ひゃぁんっ」
太ももの内側をなであげられ、変な声が出た。なおリィズの悲鳴を聞いて駆けつけようとしたフェンニスは、覗き厳禁とつぶやいたリアラの魔法によって撃退されている。家では気にせず目の前で着替えているのだから、リィズは気にしないのだが。
たぶんサイズ測定よりも、さわられている時間の方が長かったと思う。最後のほうは、しっかりと腰をホールドされ動けなかった。くすぐったさに耐えきれず逃げようとしたら、捕まってしまったのだ。
ソファの上でぐったりと伸びている間に、サリアが戻ってきた。
「終わった? そう、よかった。魔力は? そう、それなら早くしたほうがいいわね」
サリアが一方的にしゃべっている声しか聞こえない。おそらく口数が少ないリアラはジェスチャーのみで反応しているのだろう。
「リィズちゃん……あぁ、師匠になるんだから、ちゃん付けはないかしら……リィズ、だいじょうぶ?」
「……くすぐったかったです……それに、なんか疲れて」
「外から魔力に干渉されると、自然と身体が抵抗しようとするせいで疲れるのよ」
「魔力の干渉、ですか……?」
「そう。リアラはさわると体内の魔力の流れを詳細に感じることができるの。そのときに少し魔力を流し込む必要があるんですって。くすぐったいけど、仕方ないわね」
なんだかやたら、ものすご~~~く、くすぐったいと思ったら理由があったようだ。
「あなた……魔力、とどこおってる……」
「そう言われましても」
「最初に言ったでしょう? 気にする必要はないわ。魔力が多い子はなりやすいのよ。体内の一部に魔力がたまって、凝り固まっちゃう。でもそれを放置しすぎると魔力中毒になるから、早めになんとかしたほうがいいのも本当よ」
「えっと、魔力中毒?」
聞いたことのない単語だ。本棚の向こうから、なんだそれは、という声が聴こえてくるのでフェンニスも知らないらしい。
「うーん、早い話が一定以上の魔力を溜め込むと具合が悪くなるのよ」
中毒というからには、そうなのだろう。具体的にどんな症状が起きるのかわからないが。それに魔力がとどこおっていることと、魔力中毒の関係性がわからない。
納得していないリィズを見て、リアラがぼそぼそと口を開いた。
「……全体の魔力が五十、腕の許容魔力が二十とした場合、腕で魔力がとどこおると……腕に二十以上の魔力が溜まって限界を超える……」
「ちょっとリア、そんな説明してもわかるわけ」
「なるほど、身体の部分ごとに許容量が決まってるんですね。そうしたら魔法を使うときは問題ないんですか?」
「えっ、今のでわかるの?!」
「……一時的なら、問題、ない……循環させれば……」
「びっくりしたわ、あなた思っていた以上に頭よかったのね」
そんなに頭を使うような説明ではなかった気がする。と思いながら起き上がり、自分の身体を見下ろす。ちなみにもう服は着用済みだ。
ソファベットからおりて本棚の向こうへ戻ると、フェンニスがわからないという顔で首をひねっていた。どうやらこちらが、ふつうの反応らしい。
すっかり更新を忘れてました…いや三日坊主の私が10日以上続いてる時点で、自分的にはかなりすごいんですが……(そういう問題じゃない)
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