この世界の「一般的な男性」
おねぃさん 対 お父さん
場所を移して、リィズたちが借りている部屋へリラを招き入れた。といっても、応接の準備があるわけじゃない。リラ、リィズ、フェンニスの三人ともベッドへ腰かける。
「それで、どんな話があるんだ?」
表情が固いフェンニスにうながされて、リィズが口火を切ることになった。
「えっとね、わたしリラお姉さんに魔法を教えてもらいたいの」
「教えてもらうって言っても……」
「改めて自己紹介からかしら。あたしはサリアラ・リランテ。服飾ブランド『サリアラ』の魔法開発部門担当なの。ごめんなさい、急に魔法を教えるなんて言われても驚くわよね?
でもあたしにとっては、運命の出会いだったのよ。そろそろ新しい子を雇い入れようって話が出ていたところに、ちょうどリィズちゃんに会って、この子だ! って直感的に思ったわ。リィズちゃんには魔法の才能があるわ。ぜひうちに見習いとして来てもらいたいし、将来はうちで働いてもらいたいと思ってるの。
そのためにも、まずは仕事に必要な魔法の知識をつけてもらう……ということね。ご理解いただけたかしら?」
フェンニスが口をはさむ暇を与えずにリラが流暢に説明する。まるで営業トークだ。対するフェンニスは、はぁ、へぇ、ほぅ、という気の抜けた声をあげることしかできていない。
ちらりと横に座る父親を見るが、口を半開きにして、ちょっとまぬけで頼りなかった。袖をちょいちょい引っ張ると、我に返ったようで、丸まっていた背が伸びる。
「えー、あー……。うちの子をかってくれているようで、ありがたいんだが……」
ちらりと横を見るフェンニスと目が合う。心配だ、と顔に書いてあった。まぬけだろうと、頼りなかろうと、それでも心配してくれるのがありがたい。
「見習いとなると、働く場所はどうなるんだ? 俺たちは帝都の住民権がない。それにやっぱり、家から出るには早すぎる。心配だ」
「心配なのは、お父さんのほうだよ。わたしがいなくても、ちゃんと生活できる? ごはんは? 洗濯は? 掃除はどうするの?」
「あー、いや、その……」
「わたしはお父さんがいなくても、ちゃんとしたごはん作って食べるから、心配しなくていいよ」
「だが……」
「んっふふふ、仲がいいのねぇ」
父娘の不毛なやりとりをさえぎったのはリラだった。ほほえましそうに見つめられている。その表情と、自分の膝に肘をついて頬杖をついている体勢のセクシーさが、アンバランスだ。胸の谷間が強調されて見える。
フェンニスはそこから視線を外して、申し訳なさそうに頬をかいた。面目ない、とつぶやいているが、その通りなのでフォローはしない。
「そんなに心配なら、ルビカーナに住んで、そこから通えばいいわ」
「えっ、でも通勤時間が片道数時間、帝都に入るために何時間もかかると……」
計算してみるが、無理では? と首をかしげる。リィズたちが住み着いているルビカーナと帝都は、車を利用しても数時間かかる。
「あら、だれが乗り合いバスを使うと言ったの? あたしはあなたの魔法の師匠になるのよ。とうぜん、移動のために魔法を使ったって、おかしくないでしょう?」
「それは……そうですけど」
「それに、あたしがどうやってルビカーナまで行ったと思うの? 魔法で行ったのよ。それを使えば一瞬……は無理でも、すぐに移動可能だわ」
そんな魔法みたいなことが、できるのだろうか。いや魔法だからできて当たり前なのか。でもそんな魔法、ゲームでは見たことがなかった。表面に出てきていなかっただけで、存在していたのかもしれないが……。
困ったときは父親に頼るくせがついているので、思わずフェンニスを見る。目が合った。とまどった顔をしている。たぶんリィズも同じような表情をしているだろう。
「えっと……」
「試しに帰りはその方法でルビカーナまで送ってあげましょうか」
「!!」
「ふふっ、決まりね」
リィズの表情が期待に輝いたのを見て、リラがうなずく。ついでに耳もぴょん、と立った。期待して無意識に動いたのだ。
逆に慌てたのはフェンニスである。こちらは緊張のせいで耳が大きく開いて立っていた。
「だ、だが待ってくれしかし……そんな高度な魔法、本来はとても高価なものだろう」
「そうねぇ……魔法行使の料金は……」
ふと真剣な声になってリラが姿勢を正した。真面目な話らしい。
「魔法行使の料金は、主に使用する魔法の価値と魔力消費量で決まるわ。難しい魔法、使えるひとが少ない魔法、特定の目的のために開発された魔法なんかは、高価になりがちね」
「なるほど」
「そうなんですね」
「それから、魔力消費量が多いものも高額よ。医療系の魔法が高いのは、このせいね」
「ぼったくりって言うひともいました」
「ぼったくってるひとがいるのも事実よ? ちゃんと国の認定病院へ行けば、どこもそう大差ないわ」
むしろ認定されてない病院なんてあるのか。そのほうが怖い気がする。
「それで移動の魔法なんだけど、これは新しい魔法でもないし、難しいけれど一般的に魔法陣を使うから、魔法陣さえあればだれでも使えるの。問題は魔力ね。遠ければ遠いほど魔力消費が激しいから、移動魔法が高額になる理由は魔力消費量によるところが大きいと思うわ。……ここまでいいかしら?」
「うーん……」
「はい」
フェンニスはよくわかってなさそうな様子だが、リィズは気にせずうなずいた。
「リィズちゃんが移動するときは、リィズちゃんの魔力を使うから、魔力の料金については不要でしょう?」
「はぁ、まぁ」
「そうですね」
「それから移動の魔法はいずれリィズちゃんに覚えてもらわなきゃいけないものだから、それを使うことについても問題ないでしょう?」
「そういうもんか……?」
「なるほど、仕事の範囲内ってことですか」
「つまりあと残る料金なんて手数料くらいのものよ。それくらい最初はオマケしておくわ」
説明は終わりとばかりにリラが足を組み替える。タイトなスカートは深くスリットが入っており、太ももがむっちりとあらわになった。
「つまり、お父さんはわたしに料金を払うべき?」
「なんだと……?」
「そのうちわたしが使えるようになる魔法を、わたしの魔力で動かすんだから、そういうことじゃない?」
「それはそうかもしれんが、だが……」
「だいじょうぶ! お父さんならタダにしとくよ」
「むぅ……」
納得いってなさそうなフェンニスの腕に体重をかけて気を引くと、じっと見上げる。自分のかわいく見える角度を考えるのを忘れない。
「お父さん、だめ……?」
「く……っ、だめじゃ、ない……」
「ありがとう! お父さん!!」
ちょろすぎるわね、というリラのつぶやきは聞かなかったことにした。
★★★
次の日は、リラの仕事場に連れて行ってもらった。もちろん父親同伴である。
場所は服飾ブランド『サリアラ・リランテ』が入っているビルの六階だ。二階も『サリアラ・リランテ』が使っており、地下はレストラン。三階以上は事務所になっている。『サリアラ』と関係のない会社も多数入っているらしい。
こういうところは、まったくファンタジーらしくなく、むしろ日本や近代国家の都市部にあるビルと同じだ。もっともゲーム開発会社がここまで設定を練っていたかは疑問である。
『サリアラデザイン事務所』と書かれた入り口をくぐる。受付にはきれいなお姉さんが座っており、その奥には応接セットがあった。
「お疲れさまです」
「お疲れさま、見習いを取ろうと思ってるの。この子よ、よろしくね」
リラに背中を押され一歩前に出ると、リィズはなるべくていねいに見えるよう、ゆっくりおじぎをした。これから何度も通ることになる受付のお姉さんだ。いい印象を与えたい。
「初めまして、リィズ・ラシャーヌです。よろしくお願いします」
ちなみにラシャーヌというのは生まれた村の名前だ。この国では貴族でない者は名字を持たない。そのため出身地を名乗る。つまりリィズの住む難民街のご近所さんはみんなラシャーヌということになる。
「あら、小さいのにしっかりしてるのね……受付担当のメドレアよ、よろしくお願いね」
立ち上がったメドレアに、にっこりと営業スマイルを返された。立ったことで、カウンターで隠れていた部分があらわになる。腹出しスタイルだった。まさかこれが受付の制服なのだろうか。珍しく首が詰まって胸がしっかり覆われている服だと思ったら、やはり露出が多いのがスタンダードなようである。
そんな挨拶が終わったら、入り口を通り抜けてリラは奥へ進んでいく。廊下を進んでいくつかドアを通り過ぎてから『魔法デザイン研究室』と書かれた部屋へ入る。
部屋の壁はほぼ本棚と棚で埋め尽くされていた。窓はなく、唯一あいた壁には大きなホワイトボードがかけられており、意味不明な図形が書き残されている。
「わぁ、本がいっぱい……!」
「自由に読んでいいわよ、と言いたいところだけど、専門的なものが多いの。あなたにはまだ少し難しいかもしれないわね」
言いながらリラは、部屋の中央にある大きな机を迂回し、奥の本棚を回り込んで向こうを覗き込む。壁だと思っていたところは、本棚を衝立代わりに区切られていたらしい。
「リア、お客さんよ。起きて」
ほかにもひとがいるようだ。うぅん、というくぐもった声が聞こえる。
「起きてくるのに時間がかかるだろうから、お茶でもいれるわ。リィズちゃん、給湯室に案内するから、ついてきて」
「はい」
「俺は……」
「そのへんの椅子にでも座って待ってて」
「……」
リラのフェンニスに対する態度がわりと雑だ。よくも悪くも、この世界の「一般的な男性」な部分も多いので気にさわるのかもしれない。




