少し申し訳ない
フェンニスが少し離れ、別のテーブルに座る。そうすると、周囲でなにかが動く気配がした。目をしばたかせると、リラがウィンクをする。
「あら、気づいた? 防音の魔法を使ったの」
「えっ、でも呪文は……」
「んふふ、呪文を唱えなくてもいろいろ方法はあるのよ」
そう言ってリラは頬杖をついて流し目をよこす。リィズですらドギマギしてしまうほど、とても色っぽい。しかし流し目を送る相手が間違っていないだろうか。
「え、えっと……それで、話っていうのは」
「そうね……話したいことはいくつかあるけど、まずは。あなた体内の魔力の流れがとどこおってるわ。早めに解消したほうがいい」
「えっ?」
なんの話か、詐欺か? と身構えていたら、思ってもみないことを言われた。いや、もしかしたら、今言われたことも嘘かもしれないが。
アンテナのように広げた耳が、ぴくりと他の情報を得ようとして動く。そんなことしてもほかの音なんて聞こえないのだが、本能というか習性である。一応注意深く集中すれば、相手の鼓動くらいなら聞こえないことはない。しかし他の雑音もうるさく聞こえるので、頭が痛くなるのだ。
無意識のうちに聞こうとする耳をおさえ、こめかみを指で押す。そんなリィズを気にせず、リラは話を続ける。
「あたしたち悪魔族は魔力を見ることができる。それは話したわね?」
「はい……」
「あなたの心臓あたり、不自然に魔力が溜まっているの。体内で魔力循環させる方法を知らないのかしら?」
「魔力循環?」
「魔法を本格的に勉強するなら、必須の技術よ」
そういえば、と図書館で読んだ本を思い出す。入門図書から読み始めているのだが、その内容の多くはバスの中リラから聞いた内容だった。それをまとめることで復習するなかで、魔力循環という単語が出てきたような気がする。
といっても、詳しい方法は書いていなかった。より大きな魔力をあつかうためには魔力循環が重要になってくる……みたいな記述だったと思う。そんな魔力はまだ必要ないと読み飛ばしてしまっていた。
「……知らないようね。今度、早いうちに教えてあげるわ」
「ありがとうございます?」
なぜ魔力がとどこおっているのか、なぜ循環させる必要があるのか、まだ納得していないせいで妙なイントネーションの返事になってしまった。リラはそれを気にせず、次の話題へ移る。
「ふたつめは、あのひとと、あなたの関係についてね。このこともあって、ふたりで話したかったの」
「……関係?」
「親子って本当かしら」
「はい、そうですけど……」
「本当に?」
「もしかしたら血がつながってなかったとしても、お父さんはわたしにとって、一番信頼できるおとなです。たぶん、お父さんが頼りなさそうに見えるから、そんなこと聞くんですよね?」
リィズがしっかりしすぎているせいか、比較してフェンニスが情けなくみえがちだ。実際、リィズが期待する「おとな」よりずっと頼りない。しかしそれは美花として「日本のビジネス社会を生き抜く男」と比べてしまうせいもある。
実際、同じ村出身の男性やほかの父親と比較したとき、フェンニスは標準的だ。むしろ柔軟で素直な性格を考えれば、ほかよりずっとリィズに寄り添ってくれる。だから自分の父親を悪く言われるかと思うと、少しムッとしてしまう。
「それもあるわ。でもそれより魔力が違いすぎるのよ」
「……魔力?」
また、思っても見ないことを言われた。さっきと同じように、ぱちぱちと目をしばたかせる。そして記憶をたどるが、読んだ本にそれらしき知識はなかった。
「魔力ってあるていど遺伝するの。こう……なんていうのかしら。魔力紋が似るのよね」
「まりょくもん……って、こじん個人で違うっていう、魔力のかすかな波のことでしたっけ?」
それは本で読んだ。指紋と同じように、ひとつとして同じ魔力紋はない。魔法を使えばそこには魔力紋の痕跡が残る。だから魔法による犯罪は、その魔力紋をもとに調査をされるらしい。
「ふつう、親子って魔力紋が似ていることが多いの」
「わたしたちは違うんですか?」
「ええ。魔力紋まで見えるひとはなかなかいないから、ほかのひとは気にしないでしょうけど……もしかしたら母親にそっくりなのかしら? でも父親の性質をまったく受け継がないっていうのも……」
じぃっと見つめられる。それはバスで向けられたリラの視線を思い出させた。あのときも、リィズの魔力紋を見ていたのかも知れない。
「似てないことってないんですか?」
「隔世遺伝とか、突然変異といった例もあるから、もちろんすべてではないけど……」
考えるようにしてリラの目がふせられ、視線が途切れる。それによって、見つめられているときに感じていたなにかも途切れた。おそらく魔力を見ているときの視線には、魔力が乗っているのだろう。
「魔力紋は魂の形とも言われているわ。両親から受け継いで作られた魂にそって、肉体や精神が形作られていく……だから魔力紋も両親に似るはずなのよね」
魂。またファンタジーなキーワードだ。だがそれを聞いて、リィズには……美花には、思い当たることがあった。リィズと美花はまったく違う存在だ。リィズのなかに美花が入り込んだような、美花がリィズに変質したような……ふしぎな感じだけれど。
とにかく、リィズの記憶と美花の記憶はまったく別物だ。美花が前世を思い出したことで魂が変質したのだとしたら。魔力紋がフェンニスと違っていてもふしぎはない。
「も、もしかしたら……お母さんのおばあちゃんは魔法が得意だって言ってたから、それに似た……のかもしれないです?」
魔法に興味を持ったリィズに、フェンニスが言っていたことがある。それを思い出して伝えたら、リラは首をかしげつつも、
「そうかもしれないわね」
一応納得してくれた。母親が亡くなっていて、ある意味助かった。あまり記憶にないせいで、マリィへの憧憬はほとんどない。亡くなったという実感があまりないのだ。
かといって、死んでよかったなんて思うのは、さすがに申し訳ない。心のなかでごめんねお母さん、と謝る。でもこれからも、魔力紋について指摘されたら言い訳として使わせてもらうつもりだ。
★★★
「次の話に移りましょう。みっつ目は、魔法の勉強についてよ」
「教えてくれる……っていうのですか?」
「そう。あなた、あたしの弟子になるつもりはない?」
「……!」
思わずびっくりして目を見開く。リィズが密かに考えていた計画を見透かされた気がしたのだ。帝都に来た目的は魔法の勉強だが、なにも図書館へ通うだけがすべてではない。フェンニスには言っていないが、リィズを見習いとして受け入れてくれる職場を見つけられたらと考えていた。
帝都にはいくつか職業斡旋所がある。国が運営しているもの、街が運営しているもの、民間企業が経営しているもの……いろいろだ。そこへ行けば、すぐに見習い受け入れ先は見つからなくても、受け入れてもらうためにどんな条件があるのか確認できる。
見習いとして受け入れてくれる先を見つけること。それが難しければその条件を確認すること。そのふたつが、父親にも伝えていない目的だ。
まるで、それを見透かされた気がした。驚いているリィズを見て、リラの目がにっこりと弓の形を描く。
「それだけ魔力があって、やる気もあるんだもの。ちゃんと勉強しない手はないわ」
「教えてくれるっていうのは、そういう意味だったんですか?」
「ええ、そうよ。ちょっと数日教えるだけじゃ、身につかないもの」
「でも……なんで、バスでたまたま会っただけのわたしに、そんなよくしてくれようとするんでしょう? わたし、なんにも持ってないです」
あるのは美花としての記憶くらいだが、まさかそのことまで知られているとは考えづらかった。それに美花としての知識が役立ったことなんて、これまでほとんどない。なにしろ現代知識でチートできるほど、文明が遅れていないのだ。
お金もない。地位もない。力もない。なんなら住民権もない。ないないづくしである。だからリラにメリットがないように感じた。
「そうね……」
リラが言いづらそうに顔を背ける。その先には、リィズを心配そうに見ているフェンニスがいた。
「ところで、あたしが乗合バスに乗っていたことを疑問に思わなかったかしら?」
急に話題が変わった。それをふしぎに思いつつも、リィズはえーと……と言葉をにごす。リラの実家(?)は、あれだけ大きな店を経営しているのだ。乗合バスではなく、もっと別の移動手段があったはずである。
たとえば、自家用車とか。または乗合バスにしても、お金に余裕のあるひと向けのものとか。
「あなたに会うために、あのバスに乗った……って言ったら信じる?」
「えっ?」
「あたしには妹がいるんだけど、妹は占い師なの。強い魔力を持っていて、あたしのやりたいことを助けてくれる存在が近づいてくる……そんな占い結果を教えてくれたわ」
「それがわたし、ですか?」
「ええ。詳しく占いなおしてもらって、正確な日付と場所を確認したらすぐにルビカーナの街へ行ったの。そして、あなたのいるバスに乗ったわ」
ルビカーナというのはリィズたちが住み着いている街の名前だ。正確にいうなら、ルビカーナの周囲に住み着いている、というべきだが。それはともかく。
リラの話をそのまま信じるなら、彼女はリィズを弟子にするために乗合バスで同じ席に座ったことになる。にわかには信じがたいけれど、ふに落ちる点も多い。
乗合バスに乗っていたほかの客と比べ、彼女の服が高級そうだったこと。ずっと見られていたこと。店に手紙を入れてからすぐに彼女がここへ来たこと。
「でも、なんでわたし……?」
「わからないわ。あたしも占い結果を信じただけだもの。でも実を言うと、あなたを見たときはちょっとがっかりしたのよね」
「えっ?」
「助けてくれる存在っていうからには、自分より年上の相手かと期待してたの」
「あ、なるほど……わたしがまだ子どもだから」
「でも観察して見つけたなかでは、あなたが一番魔力が強いし、本当にこの子が? ってね」
ふぅ、とリラがため息をつく。そして放置されていたカップを引き寄せ……その中が空なことに気づいた。
次の瞬間、ふっと空気が動いた気がして、リィズはきょろきょろと首を巡らせる。しかしなにもない。
「すみません、店員さん」
リラが大きな声でオープンキッチン内にいた店員を呼んだ。それで、さっきの空気が動いた感覚にあたりがつく。
おそらく防音の魔法を切ったのだろう。だから魔力が動いて、その違和感が空気の動きとして感じられたに違いない。
「紅茶をみっつ……あ、ひとつはあちらの男性にね。それからアプリコットパイをふたつ」
「かしこまりました」
注文をしてメニューを閉じると、また魔力の動く気配がした。また防音の魔法が使われたのだろう。
「いい宿を選んだわね。ここ、アプリコットパイがおいしいって話なのよ」
「そうなんですか? 安くて比較的安全な宿って教えてもらったんですけど……」
「あら、せっかくだからアプリコットパイを試さないともったいないわ。……あぁ、あたしのおごりだから、気にしないで」
「……ありがとうございます」
思っていたことが顔に出ていたのだろう、付け加えられた言葉に首をすくめる。思わず耳も後ろにペタリと寝た。リィズたちがお金に困ってるのは事実だが、少し申し訳ない。
アップルパイも好きですが、アプリコットパイも好きです。
おねぃさんとの話はも少し続きます。
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