わかった
「あっ、ここも病院だ」
「へえ……けっこうあるんだな」
リラの店へ行ったあと、図書館へ向かうには中途半端なので、ふたりは帝都をふらりと歩いていた。今は医者めぐりをしているところだ。前に魔法を教えてもらったとき、医者になるのはやめておけ、と言われたことを思い出したのだ。
探して歩いてみたら、帝都には病院が大小取り混ぜたくさんあった。たいてい「公認医師:○○○」と医者の名前がかかげられている。おそらく医者になるには、資格のようなものが必要なのだろう。それで資格を持ってますよ、ということをアピールしているのだと思われた。
「ここは、傷の治療、骨折……ケガを治してくれるところみたい」
たいてい治療費の目安がかかげられているのだが、病院によって内容がまちまちだ。大別すると、病気を治すところ、ケガを治すところ、病気もケガも対応しているところ、の三種類である。
値段は、帝都の高級ディナーが食べられそうな価格がよく見る価格帯だ。とはいえ、価格表には、最低価格は書いてあっても最高価格は書いていない。内容によってはもっとかかるということだ。最低ラインでも高すぎてリィズたちには難しいが。
おばさんが「ぼったくり」と言っていた理由が知れた。保険もなくこの値段なら、気軽に受診するわけにはいかなさそうだ。ただ本当に「ぼったくり」なのか「正当な値段」なのかは、よくわからない。
ゲームでは、回復の魔法を装備させれば、どのキャラクターでも回復魔法を使うことができた。ゲーム内のリィズでも、ちゃんとレベルを上げれば、それなりの回復量があったはずだ。
というより、リィズを唯一活用する方法が、回復魔法を装備させることだった。それでも本職の回復キャラに比べると、だいぶこころもとないのだが。
だから現実のリィズも、きっと学んで練習すればきっと、それなりに回復ができるようになる。……はずだ。たぶん。そうだといいな。
医者にかかる金を用意できそうにないので、いざというときのために、もっと練習したほうがよさそうだ。
「リラお姉さんのお話を聞いてたときは、魔法屋さんだと思ってたよ」
「まさか服屋だとはなぁ。そういえば、さっき見かけた魔法屋も大きかったな。帝都本店って書いてあったんだろう?」
「あの街にも支店があったりして」
魔法屋というのは、主に魔法を教えてくれるところだ。魔法の種類によって金額が変わるが、呪文とかんたんなコツを教えてもらえる。ただし情報が漏れてはいけないので、呪文をメモに取ることは禁止されているし、他者へ教えてはいけないことになっているらしい。
そうはいっても、みんな呪文を唱えて魔法を使うのだから、聞いて覚えてしまうこともある。だから高価な魔法や、危険な魔法はわざとダミーの呪文も織り込まれているのだとか。
なんで病院のついでに魔法屋も見ているかというと、リィズの魔法を勉強したいという気持ちをフェンニスが尊重してくれたからだ。魔法が得意なひとは、魔法屋に就職したりするらしい。難民街で畑を耕すより、そのほうが給料はよさそうだ。
「お金を手に入れるって、難しいね……」
「はは、そうだな。でもリィズはまだ子どもなんだから、そんな難しいことを考える必要はないんだぞ」
「お父さんがもっとしっかりしてれば、考えなくてもいいんだけど」
「うっ……」
「わかってる。お父さん、そういうの得意じゃないもんね。だからわたしが頑張るの」
「…………すまん」
肩を落としたフェンニスだが、なにかを思い出したようで、すぐに顔をあげた。
「そういえば、岩レンガではけっこう稼いでいたよな?」
「今はほとんど売れないけどね」
「岩レンガを作る魔法なんて、どこで教えてもらったんだ?」
「えっと、だれだったかな……忘れちゃった」
実は岩レンガを作る魔法は、リィズの半オリジナルだ。魔法の呪文はドイツ語なので、あるていどの法則がわかれば、別々の呪文から必要な単語だけを引っ張ってきて、別のほしい効果を作ることも可能なのである。
美花がもっと真面目にドイツ語を覚えていたら、そんなことしなくても魔法を作りたい放題だったのだろうけれど。ドイツ語なんて覚えてても役立たないし、なんて言っていた過去の自分を殴りたい。とはいえ今さら後悔しても仕方ないので、知ってる魔法から単語を拾うしかないのだ。
土から岩を取り除く魔法。これはフェンニスから教えてもらった。そこから「岩」をもらっている。木材の形を四角に整える魔法。これは近所の木工細工が得意なおじさんからおしえてもらった。そこから「四角」をもらっている。
そして「切り取る」は料理の飾り切り魔法からだ。そうやって「切り取る 岩 四角」魔法が出来上がった。たぶんドイツ語の文法としてはかなりおかしいのだが、魔法が発動すればいいのである。
岩レンガを作る魔法は、継続的に魔力を操作する必要がある魔法だ。四角、とざっくり呪文で指定しているものの、同じ大きさでそろえて岩をカットするにはコツが必要である。
岩レンガをたくさん売っていたときに、さんざん作りまくったので、呪文を短縮しても岩レンガの魔法が使えるようになってしまった。ちなみに屋根に使うレンガは特殊な形なので、ひとつずつ「切る 岩 小さく」魔法でていねいに作業している。
応用で飾りを入れたりすることも可能だ。難民街ではまったく需要がなかったけれど。家の外に飾りをつけると目立つので、リィズは屋内の壁にコツコツ飾りを入れている。少しずつ作業しているので、フェンニスは気づいていないかもしれない。
「ん? 岩レンガ……レンガじゃなくても……あっ、もしかして、あれなら! ありがとう、お父さん!」
「え? どういたしまして?……って、なにがだ?」
「ううん、いいの。ありがとう」
「???」
「行きたいところがあるから、一度宿にもどろう」
「かまわんが……」
わけのわかっていない父親に、これからリィズがやろうとしていることを説明するのは難しい。それにリィズの中でも、やりたいことが固まりきっていなかった。そのためには、いろいろ確認する必要がある。
リィズが考えたのは、岩や木に飾り加工をして、それを売ることだ。安い素材を使えば元手はかからないし、食品ではないから許可も不要だろう。加工は魔法で行うので、魔法の練習にもなる。
一口に加工といっても、どんなものが売れるのか、どんなデザインがはやっているのかを先に知る必要があった。それに材料は買わなければいけない。場合によっては売れないかもしれないので、慎重にならねば。
★★★
やる気をだして宿へ戻ってきたふたり……正確に言うならやる気にあふれているのはリィズだけで、フェンニスはついてきただけだが……は、宿の受付で呼び止められた。
「ちょっと、あんたたち」
「ん?……俺たち?」
「そうだよ。食堂でお客さんが待ってるよ」
「お客……?」
「だれだろ」
「リラさんくらいしか知り合いはいないけど、ついさっき手紙入れてきたばっかりだしな」
ふしぎに思いながらも食堂へ回った。宿の入り口と食堂の入り口は別なのだ。中でつながっているので、そこから食堂へ入る。
初めてこの宿の食堂へきたが、清潔でどこかあたたかみのある内装だった。中途半端な時間だからか、お客さんはひとりだけ。つまりリィズたちの客である。その後ろ姿を見ただけで、だれかわかった。
「リラお姉さん!」
「こんにちは、こんなに早く来るとは……」
隣で驚いている父親を置いて、リラへ駆け寄る。両腕を広げられたので、自然とそこへ飛び込んだ。ぎゅっと抱きしめられると、豊満な胸に顔が埋まる。ふわりとバラをベースにした香水が鼻先をかすめた。
女だってたっぷりおっぱいにうもれて、味わいたい欲求はある。自分にも胸がついてるだろ、と言われるけれど、自分のと他人のは違うのだ。自分の胸をさわっても楽しくない。だれかの柔らかな胸だからこそ、癒されるのだ。
しっかりリラの胸を堪能してから、顔をあげる。女同士の特権だ。改めてこんにちは、と挨拶すれば頭をなでられた。フェンニスはすでに席へついて食堂のメニューを見て困った顔をしている。思ったより高かったらしい。
リィズもその隣へ座り、同じメニューを覗き込む。コーヒー一杯が屋台の夕飯と同じ値段だ。コーヒーを飲むくらいなら夕飯を食べたくなる。
「なかなか来ないから、帰っちゃったのかと思ったわ」
「図書館に行ったりしてました」
「あら、そうなのね。どうだったかしら」
「もっと文字を読む練習が必要みたいです」
「少しでも読めてるなら、そのうち慣れるわ」
「本当に?!」
リラの言葉に食いついたのは、リィズではなくフェンニスのほうだった。リィズがあいうえお表ならぬ、こちらの世界のアルファベット表を作ってあげたものの、彼の解読スピードはとても遅い。かなり時間がかかっている。
それでも、選んだトマトの本は文字があまり多くないこともあって、それなりに読み進めた。その間にリィズは何冊も読んでいるので、不安なのだろう。
「……あ、すまん」
「んふふ、いいのよ」
恥ずかしくなったのか、乗り出したことでリラの胸が近くなりすぎたのか、フェンニスがいずまいを正す。
今日のリラも、胸が強調された服を着ていた。首元から胸の頂点へ向けてそれぞれ布がおおっているものの、胸の谷間から腹の上のほうまで露出している。そこから、むっちりと肉がこぼれ出していた。さっき顔を埋めたので、ふわっふわなことをリィズは知っている。
メニューで顔を隠したフェンニスを助けるためにも、話題を変えることにした。
「それより、リラお姉さんは魔法屋さんだとばかり思ってました」
「あぁ、あの店は兄がやってるのよ」
「お兄さん、ですか?」
店に並んでいたのは、女性向けの服だった。たぶん雰囲気からして、リラの着ている服はあの店のものだろうと思う。そんな服をあつかう店を男が経営していることが、ちょっと意外だった。
「えぇ、帝都で女が高級店を持つなんて、そうそうできないもの」
「そうなんですか?」
リィズの反応を誤解したのか、リラは苦いものが混じった笑みで肩をすくめる。
「都会ほど、働く女はよく思われないのよ。着飾って男にはべることをよしとされるの」
「えっ? わたしたちの村では、みんなふつうに働いてるのに……」
「そうだなぁ」
「それでも、男主体でやってるんじゃない? 女はあくまで手伝いで、それよりは家のことをやるべき……違うかしら」
言われてみればそうかもしれない。しかし出産と育児に時間を取られる女性は、そうならざるを得ないのだ。つまりそれだけ、男性の育児参加率は低いということでもある。
この世界は、日本よりも男尊女卑が激しいのかもしれない。女の地位がかなり低いことが、リラの言葉から伝わってくる。フェンニスはなんともいえない、微妙な顔をしていた。
「だからあたしも、兄の店を手伝ってる……ってことになってるの」
「そうなんですか……」
そうしたら、リィズがこれからしようとしていることは、周囲にどうとらえられるのだろう。今はまだ子どもで、たいしたことはできていない。唯一の肉親を助けようとする健気な子どもとして扱われている。
今後、フェンニスを差し置いてリィズ自身が主体的に働くようになったら。そのとき、彼自身は許してくれるだろう、と思う。しかし女のくせに……という目で見てくるひとは、きっといる。
リラが複雑な表情をしたリィズを見て、どこか同情するような眼差しになった。それからフェンニスへと視線を向ける。
「この子とふたりで話してもいいかしら? だいじょうぶ、ちょっと防音の魔法を使うけど、少し離れててくれるだけでいいわ」
「……わかった」
やっと次回、おねぃさんとお話しです。




