周囲のみなは聞いてすらいなかった
たぶん初めまして、これまで二次創作で恋愛話ばかり書いてきました。
まったく違うものが書いてみたくなり、この話を書き始めました。
少しでも楽しんでもらえると嬉しいです。
なろうの設定をいまいちわかってないので、手落ちがあったら教えてもらえると嬉しいです。
とおく遠くの空が黒くよどんでいた。夜でもないのに、嵐がくるわけでもないのに。見ただけで肌があわだち、寒気が走る。明らかによくないものだと本能がいっていた。
ひとびとはそれから逃げるため、村を放棄しようとしている。幼いリィズも父親の手に引かれ、子どもながらに重たい荷物を背負って歩いていた。向かう先は遠くの街だ。そこなら街を守る壁がめぐらされている。
なんでも黒くよどんだ空からは、瘴気が漏れ出していて、ふれたものを狂わせていくという。獣は凶暴化し、植物は変質して害をなす。そして見たこともない真っ黒な魔物が徘徊し、狂気を撒き散らしているらしい。
空の黒はだんだんと広がり、周囲の暮らしをおびやかしはじめた。だからリィズの村も逃げることになったのだ。行く先で受け入れてもらえるかはわからない。しかしこのままではいずれ、村は近いうちに黒い空に飲まれてしまう。
目的地は、黒い空から遠く離れた、大きな街だ。乗合バスを使って何日もかかる。村人はみな、なけなしの金を出し合ってバスのチケットを買った。もちろんリィズの家も。
もうすぐバスの出発時間が近い。みな急いで駆け出していく。リィズもあせって走り出した。
「いたっ!」
荷物が重たく、足元がおぼつかずに転んだ。ずしゃっと倒れ込んだ子どもを助けてくれるひとはいない。みんな自分のことでせいいっぱいだから。
それどころか、じゃまだとリィズを蹴ったのは近所の悪ガキだった。すぐに母親からやめなさい、と止められていたが、蹴られたことでリィズの頭はちょうどそこにあった大きな石にガツンとぶつかっていた。
「うっ?!」
ぐらり、と意識がゆらぐ。
★★★
「えーっ、ハナってばまた男向けのエロゲやってんの?」
「いいじゃん。だって、かわいい女の子いっぱい出てくるんだよ」
「だからって成人男性向けゲームやる女の子なんて、そういないでしょ……」
そんなことない。意外といる。どういう視点で楽しむかは、ひとそれぞれだけど。
あきれた友人の声を無視して、ハナ……湯島美花は最近リリースされたゲームをスタートさせた。あられもない姿の女の子が扇情的な体勢をしているトップイラストが消えて、オープニングが始まる。
突如黒い空に蝕まれ始めた世界。それに対抗するべく立ち上がった国をこえた組織、『救済の聖槌』そこに所属するのがプレイヤーである主人公だ。
黒い空に対抗するには聖なる力が必要で、主人公はある日、ふしぎな祠で聖なる力を引き出す能力を手に入れる。その力を見込まれ、『救済の聖槌』で隊を組織することになるのだが……。
というのが導入ストーリーである。まぁエロゲーにとってはオマケみたいなものだ。
「ちなみにコレ、なんて読むの?」
画面を覗き込んできた友人が示したのは、ローディング画面に出てきた『聖香乙女』というロゴだ。聖なる力を引き出された女性は、いい匂いがする……という設定にひっかけたネーミングである。
「ホーリーメイデンって読むらしいよ」
「香り、って字はどこいっちゃったの?」
「知らない」
オープニングを終えてローディングが終わると、次はチュートリアルだ。ここで最初に配属される隊員を選択する。
猫耳に猫尻尾の猫獣人サーシャ。胸がぼいんぼいんで、とにかくエロい身体だ。天使のような輪を頭に乗せたロリっ子クラリス。華奢で小さな身体だけれど、なぜか胸だけ少しふっくらしてる。
そして兎耳に兎尻尾の兎獣人リィズ。胸は大きめだが非常識なほどでもなく、普通の女の子という感じだ。サーシャが攻撃特化、クラリスが回復特化なら、リィズはサポート型。つまり一番使いにくいタイプだ。
でも美花はそのリィズを選択した。どうせ後で無料ガチャから他のキャラが出るだろうし、性能は気にしない。最初に選んだキャラだけは無料でスケベシーンが見られると聞いていたので、一番好みの女の子を選んだだけだ。
その後、選択した女の子とセックスまで至ったところでチュートリアルが終わる。主人公がふれると聖なる力を引き出せるのだが、それにはセックスが一番効率がいい、というご都合設定だ。
最初は手をつないで、好感度があがったらキスとハグ、さらに好感度があがればセックス……という流れになる。高感度上昇にともなうストーリーもあり、各キャラごとに設定が練られているらしい。ちなみに、もっと好感度をあげれば、もっとすごいプレイをしてくれるようだ。
チュートリアルが終わったら無料で引けるガチャを回して、もっと強い子を仲間にしていく。隊に配置して出発を選べば、フルオートでバトルしてくれるから、楽なものだ。勝てれば好感度が上がる仕組みである。
チュートリアルでは、無料で配られる好感度上昇アイテム(本来は課金アイテムだ)でセックス可能になるまで一気に好感度があがった。戦闘であがる好感度は微々たるものだが、時間をかければ全キャラのすけべシーンが見られる。
理論上は一応、という注釈はつくが。無料でもエッチできる! と謳われているが、戦闘だけで好感度をあげようと思ったら、膨大な時間が必要だ。
「うーん、たしかに使いづらい」
最初に選んだリィズは大器晩成型で、高レベルになれば多少使えるようになるものの、イマイチだ。レア度が低いせいもあって、性能があまり高くない。
まぁこのゲームはガチャと好感度上昇アイテム、キャラストーリー(エロシーンのことだ)解放アイテムで稼いでいるゲームなので、あるていどは仕方ないが。胸がたっぷたっぷのホルスタイン牛獣人おねぃさんなんて、最高レアだしとても強い。
でも強くてエロい身体だといっても、好みかどうかと言われると、そうでもないのだ。そもそも大きすぎる胸なんて、じゃまなだけである。というのが美花の持論だ。
大きい胸は見たり埋もれたりするのは楽しい。でも自分にほしいとは思えないのだ。だって自分で自分の胸をさわっても楽しくないし。
はやりの放置ゲーの中では、放置要素もありつつ、多少のゲーム要素もありつつ……といった感じでバランスは悪くない。
だから美花はぼちぼちプレイしていた。課金はしなくても、ログインボーナスで少しはストーリー解放アイテムももらえるし、問題はない。スケベをたくさん見ることはできないが。
現実的なことを言わせてもらえば、聖なる力を引き出してもらえるからといって、ほぼ知らない男に足を開くなんて信じられない。そんな安い女の子ばかりで、この世界はだいじょうぶなのかと心配になる。でもそこはゲームだ。うるさいことを言うべきではないだろう。
「その子、よく見るね。強いの?」
「ううん、弱い」
「弱いんかい」
「初期配布のごみキャラって言われてるのがかわいそうで、せめてわたしくらいは使ってあげようかと思ってさ」
「なるほど」
リィズのキャラとしての評価は散々だ。弱い、使えない、使いづらい。ゴミキャラ、やり捨て用、肉便器。中途半端、ざこ、ハズレ枠。……などなど。
そもそも放置型ゲームで、あまり戦略性はない。強いキャラなら最初から無理やりゴリ押せるというだけで、弱いキャラでも多少時間をかければメインストーリーは進められる。
「それに、この子を描いてる絵師さんが好きなんだよね。あと、エロゲにしては現実的なスタイルなのがいい」
「たしかに、あの爆乳は女から見たら、ちょっと萎えるもんね……」
「いつもは二次元だから気にしてないけど、ふと我に返ったときに、ちょっとねぇ」
ボーイズラブ……男同士の恋愛ものもたしなむ美花からすれば、ボーイズラブも男性向けエロゲーも同じレベルで現実感がない。でも現実感がないのがいいのだ。現実的すぎると、入り込めない。
「とにかく! この子を強くしてあげるんだ」
「ほどほどにね」
「課金はまだしてないから、だいじょうぶ」
「なにがだいじょうぶなのか、意味がわからん」
「だいじょうぶ、だいじょーぶ」
★★★
「リィズ! だいじょうぶか、リィズ?!」
「そ、そんな……俺、死なせるつもりなんて……」
「あっコラ! どこ行くんだい?! 謝りな!!……行っちまった、まったく……。ごめんよ、フェンニスさん。リィズちゃんだいじょうぶかい?」
意識が浮上してきて、聞こえたのはそんな言葉だった。だいじょうぶ、だいじょうぶ……?
先ほど頭をめぐった記憶が強く残っていて、混乱する。課金はまだしてないから、と言っていた自分の声と、リィズちゃんと呼ぶ声がごちゃ混ぜになっていた。
「う、ぅ」
「リィズ! 気づいたか?……よかった!」
「うちの子がすまなかったね、リィズちゃん。立てるかい?」
顔を覗き込んでくるのは、リィズの父親と、近所のおばちゃんだ。おばちゃんは、さっきリィズを蹴った悪ガキの母親だった。
打ったところを押さえて起き上がる。荷物が重たくて苦労したが、父親……フェンニスが手伝ってくれた。
「ここ……」
「まだ村を出たばっかりのところだよ」
「リィズ。手当をしたいが、早くしないと置いていかれるぞ」
「う、うん……」
かろうじて返事をしたが、内心それどころではなかった。視線をあげた先には黒い空が見える。どうやらここは成人男性向けゲーム『聖香乙女』の世界だ。そのことに頭がついていかない。
うさ耳おばちゃんが後頭部に手をあてて、軽く癒しの魔法を使ってくれた。痛みは少し引いたが、それでも混乱はおさまらない。
フェンニスに強く手を握られ、よたよたと歩き出す。見上げれば、フェンニスの頭の上にも兎耳があった。それどころか、周囲のひとはほとんど兎獣人だ。
当たり前である。リィズが出てきたところは兎獣人が多く住む村だったのだから。そしてリィズも兎獣人だ。
先ほど思い出した『聖香乙女』の記憶を探る。初期配布キャラのリィズは、『救済の聖槌』本部のある帝都にほど近い街へ避難してきた少女だ。そのストーリーを進めると、七歳のときに父親と生まれ故郷の村を捨てて逃げたとある。母親はそれより早くに死別。
今のリィズの状況と、まるきり同じだった。つまり、これは、もしかしなくても。
「嘘でしょ……エロゲの初期配布ごみキャラに転生とか冗談じゃないわよっ?!」
美花としての記憶を取り戻したリィズは思わず叫んだ。幸か不幸か、父親には頭を打ったせいでおかしなことを言い出したと思われ、周囲のみなは聞いてすらいなかったが。
3話ほど続けて投稿します。
よければお付き合いいただければ幸いです。