0.始まりの時代
街灯が暗い夜道を照らす真夜中。道行く人はおらず、辺りは静まり返っている。語弊があるとすれば、人はいるが静まり返っている状態。歩く事も話す事もなく、その場で倒れている10人以上の人間。ここは大通りではなく人気のない小道。そこに1人の大男が赤みがかった月を気だるそうに見つめる。
「早くここを離れねぇとまたサツが来ちまうな。来たところで困らねぇが」
倒れている人間達は傷1つなく、綺麗なまま意識はない。その意識が戻る事はない。そこにもう命がもうないからである。
「何ヶ月も喰ってねぇと腹が減ってしょうがねぇ」
立ち止まっていた大男が大股で1歩、踏み出す。男からすれば大股という訳ではなく、普通に歩いているというのが正しい。大男が早々にここから立ち去ろうとした時、目の端でもぞもぞと動く何かに足を止めた。
「まだ生きてる奴でもいるのか?」
微かに動く布の近くに来て凝視する。人間ではない事は明確だった。大男の能力の前で生きていられる人間がいる訳がなかったからだ。差し詰め、子猫か子犬が売り飛ばされそうにでもなっていたのだろうと布を捲った。
だが、大男の予想は意外な"それ"に驚かされた。
そこにいたのは人間の赤子。
それを見た大男は瞬時に事切れている人間たちに目をやった。この人間達は、裏組織の人間に物や人を売る密売人の集団。それが分かっていたから大男はこの人のゴミと言っても過言ではない奴らで"食事"をした。
「俺は育ててやれないしこの世の中だ。また変なのの手に渡るくらいなら俺が喰ってやるよ」
言葉の分からぬ赤子は大男を見て、きゃっきゃと笑いながら手をパタパタと振り、喜ぶ。大男は哀れみながらその大きな手で赤子の大切な物を奪おうと掴んだ。
が、大男の手は何も掴めず、空を握った。
「何故だ。こんな赤子如きのが何故。……。そうか。そうなのか」
大男は悟った。この赤子は自分と同じなのだと。踵を返し、大男は足早にその場から去ろうとした。やはり自分に育てる事は出来ないとわかっていたからだ。
大男の気配が遠のいていくのを察したのか赤子は突然、大泣きし始めた。大男はそんな事には気を止めず歩いていく。だが、大男は急に足を止めた。
それは大男の意思とは関係なく、足を"止められた"のだ。
大男が不思議に思い、赤子の方を見ると赤子から黒い大きな手が伸び、大男の服の裾を掴んでいた。
「こんなに小さな赤子がもうシャドーを使えるのか」
驚きの眼差しで小さな命を見つめる。泣きながら必死に慣れてないであろうシャドーを使い縋ってきている。
「……」
やろうと思えば振り切ってここから去る事は出来る。大男はこの小さな命を終わらせる事が出来る。だがこの小さな命が必死に生きたいと主張しているのを無視出来る程、大男は残酷ではなかった。
やがてサイレンが鳴り響き、警察がその場に到着した。争った形跡はなく、数多の人間達が倒れているだけであった。そこには他に誰もおらず、警察は誰の仕業かを分かりきって調査を進めた。
そこから少し離れたビルの上。大男はそこから警察の様子を眺めていた。
左腕にはすやすやと眠る赤子。
大男はニヤリと微笑みながら赤みがかった月を見る。
「今宵、時代が変わる。時が動き、より良い時代がやってくる。お前はその時代の鍵だ。………満」




