表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

遊興世界物語

止んだ暴風は寂寞に似て

「浪漫の探求者」本編 第一部「新たなる門出」

第六節「風食みの武人」より

「聞いたか? 『風断ちの巨鳥(アルバ・エイエワル)』が再発生(リスポーン)したんだってよ」

「ほー。……ということは、とうとう第二の『風食(かざは)み』の冒険者の誕生が」

「ねえよ」「ねえな」


 いつも通り、特にすることもなく。穏やかな風が吹き抜けるナギの街、馴染みの酒場(パブ)の片隅で、ひっそりと果汁など飲みつつ。只管(ひたすら)ぼんやりと過ごしていると、そんな話題が耳に入ってきた。

 『風断ちの巨鳥(アルバ・エイエワル)』。暴風止まぬ、荒涼の風哭谷(かぜなきたに)を縄張りとする、(ラグナ)級生物。金色(こんじき)の二対の大翼(たいよく)に、三脚(みつあし)三眼(みつめ)の大怪鳥。だが、(ワシ)に取っては相性の良い相手、家禽(カモ)のようなもの。妖霊(フェアリエ)級の冒険者だった時分(じぶん)、死闘を求めて独り挑んだが、(ただ)一度の挑戦であっさりと勝利してしまい、随分と拍子抜けしたものだ。


 (しば)し自身の経験を思い返していると、酒場(パブ)の主人が問いかけてきた。


「『風食み』の旦那は、奴の討伐に出向かれるので?」

「興味はない」


 多少の個体差はあるのかもしれんが、以前倒した生物など、幾度(いくど)やり合おうと、大差あるまい。変異種なら兎角(ともかく)。そんなもの、ヌシらが好きに処理すればよかろう。


----


 それから、(しばら)くして。場所も状況も、先日と同じく。


「旦那、『風断ちの巨鳥(アルバ・エイエワル)』の件なんですが……」

「代わりに殺してこい、という話なら聞かぬぞ」

「そう仰るとは思ってましたが。いえ、既に討伐はされたみたいでして」


 ならば(なお)の事、興味はない。どうせ、(ワシ)のように独力で龍狩りを成したものがいるわけでもなかろうし。仮にそういう話なら、(ワシ)の方が先に察する。もしそうだとすれば、既に挨拶に出向いていただろう。


「ただ、やったのがどうも()()()()()()()らしくてね。噂じゃ、見たこともないような魚の化物が、奴の縄張りで泳いでたんだとか……?」

「……ほう」


 (にわか)に興味が湧いてくる。さっさと詳しく話せ。

 しかし、何処かで聞いたような話だのう。空を自在に飛ぶ(ラグナ)級生物を狩った、魚の化物。……トレイシーによれば、異世界(ホロウェンバークス)に、そういう生物がいるのだったか。


「泳ぐ、と言ってもねぇ。奴の縄張り(エイエワル)どころか、風哭谷(かぜなきたに)のどこにだって、大型の魚が泳げるような水場なんて無かったとは思うんですがね。居場所を水場にするような大魔術でも使うんでしょうか。そのあたりは、あっしにはわからんすわ」

大方(おおかた)()()()()()()()()のであろうよ。新手(あらて)の魔獣ということなら、興味はあるな。暇を持て余していたところだ。どれ、出向いてみるかのう」


 嗚呼(ああ)、心の踊る闘争を。


----


 風哭谷(かぜなきたに)の深奥、最も天に近いところ。目之壁(エイエワル)に辿り着く。そこには、(おびただ)しい量の飛竜の死体と、空から降る鮮血の雨、そして空を高速で()る、大人二人分程の大きさの魚が一つ。頭から生えた、角にも似た剣と、剣の(ごと)く鋭い胸鰭(むなびれ)背鰭(せびれ)に、長い尾鰭(おびれ)を持つそれは、今も目之壁(エイエワル)の上空で、飛竜を切り裂き続けているようだった。成程、剣魚(けんぎょ)と呼ばれるわけだ。


「どうしたどうした貧弱生物どもォ! 俺の空に居てえッてんなら、俺を殺してみせろッ!」


 威勢よく啖呵(たんか)を切りながら、縦横無尽に飛び回る剣の魚は、瞬く間に飛竜を狩り、最後の飛竜も血を撒き散らしながら()ちた。剣の魚の方には、傷らしい傷はついていないように見える。どういうわけか、返り血の一つすらも浴びておらず、光沢のある鱗を(まと)体躯(からだ)は、誇らしげな鈍色(にびいろ)に輝いていた。


「かあッ! 雑魚どもがよう! ここらで骨のある奴ァ、この間の神鳥(ガルバ)だけかぁ? ド(ぐさ)死人神(ドルンガリア)もいねェし、他の剣魚(ガニラ)もいねェから、ここじゃあ俺が大蛮勇(アルブラヴァ)だな! ガアッハッハ!」


 剣の魚は、鋭い牙が並ぶ口を大きく開き、満足気に笑う。話す言葉を聞く限り、知性はありそうだが、話が通じるかどうかは、実際にやってみねばわからんな。


「随分と、ご機嫌のようだのう」

「……アん? 下の方で何か聞こえたか? ……空にも上がってこれねェ存在弱者(ゴミクズ)が、一匹見えるような、見えんような。……ま、気のせいだな! 俺にゃ関係ねェやっと」


 見向きもされんか。確か、トレイシーは「地上にいるやつにはあんまり興味がない」と言っていたな。短時間なら飛べんこともないが、取り敢えず、剣風でも飛ばして挑発しておくとしようか。

 『風切刃(かざきりば)』を剣の魚に向けて振り、剣風を飛ばす。剣風は剣の魚を(かす)り、その体からは一筋の血が流れた。


「……俺ァよう。剣魚(ガニラ)ん中じゃあ気が(なげ)ェ方なんだ。今すぐ尻尾ォ巻いて逃げるってんなら、お(めえ)()()()についちゃ見逃してやんよう……」


 剣の魚は、鋭い眼光をこちらに向けながら言った。その言葉の半ばを言う頃には、剣風が付けた傷は、既に治癒したらしい。再生能力も高いようだ。生命力の高い魔獣にはよくある性質ではあるが、それにしても早い。

 ただ、聞いていたよりは、随分と甘い生き物のようだ。()()()()()()()()が観点の第一にある、というのも珍しい。この遊興世界においては、聞いたこともない価値観と言えよう。


「ただの挨拶よ。逃げるつもりなど、毛頭ない。ヌシもやはり、(ラグナ)に準ずるものか」


 存在の格を見れば、それについては疑いようもなく分かる。その視線だけで、身が切り裂かれそうな錯覚を覚えるくらいだ。そこらの有象無象とは、比べるべくもない。

 だが、剣の魚はそれを否定した。


(ラグナ)、だぁ? ハッ! そんなもん、そこらに居てたまるかよう!」

「ふむ。ヌシが(たお)した『風断ちの巨鳥(アルバ・エイエワル)』は、(ラグナ)級生物と呼ばれておるのだがの」

「あの神鳥(ガルバ)(ラグナ)ァ……? 笑わせるぜ! あんなもん、精々()()()()()()()()だけの、ただの(フェアリエ)だろうがよう! それを、(ラグナ)だと! 人間(ヒュマノ)ってのァよう…… (なァん)も知らねぇグズどもなんだなァ!」


 剣の魚は、(あざけ)るように言い放った。

 成程。異界の言葉は、(ワシ)らの使う言葉と共通しているものでも、()()()()()()()()()()()()()()()()()のだな。『星読み』も、トレイシーも、そのあたりに関しては、かなり柔軟だったと見える。恐らく、アレらが特異なものなのであろう。


「そのようだのう。所詮(しょせん)は魚。(ワシ)の言葉の細かな意図など、いちいち説明されねば、理解も出来ぬか。なに、理解出来る必要もあるまい。察せ、とは言わんよ」

「……ナメた口きいてやがんなァ、地ベタの剣士(スラストラ)よう…… そんなに死にてェのか?」


 予想通り、挑発には弱いらしい。知性を持つ生物としては、非常に扱いやすい(たぐい)と言える。


「未知の強者と見れば、挑むのが武人の(さが)よ。(ワシ)は『風食み』のイブキ。『風断ちの巨鳥(アルバ・エイエワル)』を超えるその力、存分に試させてもらおう」

「ハッ! お(めえ)武人(バロン)かい! 俺は『穿鋭(せんえい)』のガングニル! そんなに(ほま)れが欲しいんならァ! 俺がお(めえ)を殺してやんよう! 風食み(フェンドヴェイト)!」


----


 結果としては、辛勝(しんしょう)した。やはり、空を自由に駆るものを相手取るのは、適度に苦戦して、非常に良い。遠戦が主体で、実質()()()()()()()()()()()()()()()風断ちの巨鳥(アルバ・エイエワル)』との闘争とは異なり、互いに近接戦闘のみを繰り広げた、此度(こたび)の闘争は、屈指の死闘であった。態々(わざわざ)足を運んだ甲斐がある。


「ククッ……! 地ベタの生き物の分際(ぶんざい)で、やるじゃねえか、風食み(フェンドヴェイト)! お前に狩られるッてんなら、悪くねェさ!」

「そうか。良き闘争だったぞ、『穿鋭』のガングニル」

「おう! 先に命渦(めいか)で待ってらァ。あっちで剣を研ぎながら、お前とまた一戦交えるのを楽しみにしててやるよう! 俺の(つるぎ)は好きに使いなァ! それじゃ、またなァ!」


 死にゆくものとは到底思えぬような、さっぱりとした様子で言い残し、ガングニルは命渦(ライフストリーム)に消えた。随分と、上等な戦利品(ドロップアイテム)(のこ)して。有効に活用させてもらうとしよう。

 ……しかし、ふむ。


「……命渦(めいか)で待つ、か」


 随分と、懐かしい響きの言葉だ。

 魔獣どもとは違い、人間(ワシら)は、命渦(ライフストリーム)に還ることはない…… と言われている。この遊興世界において、それを理解していない者はいない。(こと)に冒険者であるならば、誰しも一度は死んだことがあるだろう。

 それを、恩寵(おんちょう)と――祝福だ、と考える者は多い。だが、再発生(リスポーン)の本質は()()だ。生命力が尽きた時、(ワシ)らは命渦(ライフストリーム)には還れず、戦果(けいけんち)と、幾許(いくばく)かの存在の本質(イデア)を損ないながら、世界に用意された(くさび)()()()()()()()。そうして、幾度(いくど)も死を繰り返す(たび)に、自我は壊れ、元の形から乖離(かいり)していく。……還れるのは、()り切れた残り(かす)のみ。そんなものを、呪いと呼ばずして、何と呼ぶ。

 そんな中、確固たる意志のもと、何かを成すのならば兎角(ともかく)。惰性でただ生かされ続けるなど、(ワシ)は願い下げだ。何を()いても為そうとする、身をも焦がす熱こそが、存在意義(いきるいみ)。そうでないなら、既に死んでいるのと変わりはない。


 満身創痍の状況で、体力の回復を待ちながら、そんなことを考える。

 ……ふと、(ほの)かな頭痛とともに、心核(こころ)去来(きょらい)したのは、在りし日の記憶。今は既に、耳障りな雑音に擦り切れた、(ワシ)の原点――そのはずだった残骸(もの)


 ――……わたしは……先に……命渦(めいか)で……待って……ら……――

 ――……ブキは……負けな……ね……(そく)……だか……――


 誰よりも、どこまでも強くなると誓ったのは。いつ、何処で、誰に対して、だったか。遠い昔、(ワシ)に「命渦(めいか)で待っている」と言ったのは、誰だったか。

 遠い記憶は、既に()せた。果てなき力への渇望と、飽くなき闘争心と…… ほんの(わず)かな寂寥(せきりょう)のみを、ただ残して。


「……嗚呼(ああ)――」

 心の踊る闘争を。果てぬ望みを。終わりなき研鑽を。

 ……どこまでも続く(たの)しみを。



 目的を見失った手段は、いまや目的そのものとすり替わっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ