侯爵令嬢ミールクの苦悩
「悪役令嬢とか関係なく、今度こそ一位になってみせる!」の続きを思いついたので書きました。前作を見ていない方がいたら、シリーズものとしてまとめてありますので、そちらから先に読んでいただくとわかりやすいかと思います。
相変わらず、設定がガバガバですがお手柔らかに。
「貴方は」
「どちらを」
「選ぶんですの」
「選ぶんですか」
普段、仲の悪い二人の声がハモった。
ミールクは、目をクルクルと回しながら二人を交互に見る。
勝気に微笑むマリオネット。
儚げに見つめるリーナ。
一見、反対の表情を浮かべた二人だが、共通してその目は鋭く威圧的な輝きを放っていた。
二人の目は顕著に語っている、私を選ぶだろうと。
その二人に迫られている張本人、ミールクはクラクラとしながらも、どうしてこんな事態になったのかを思い出していた。
数週間前──
話は、マリオネットとリーナが初めて衝突した日に遡る。
二人がそれぞれ取り巻きを引き連れて、中庭でやり合った、あの日。ミールクもマリオネット側の取り巻きとして、二人の激しい舌戦を見守っていた。
リーナが男に慰められているのを見て舌打ちした令嬢だろうか? それともリーナの反撃に顔を真っ赤にして応戦しようとした令嬢?
いや、そのどちらでもない。
ミールクは、その更に後ろで何もせず舌戦を見守っていただけの令嬢である。
チョコレート色の髪を横に流し、眼鏡を掛けている、如何にも地味な令嬢がミールクであった。ミールクは、他の令嬢とは違い顔を真っ赤にすることも舌打ちすることもない。一見すると、只冷静に二人の舌戦を見守っている、そんなふうに見えなくもない。
が、そんな顔がほんのりと赤く色づいたのは突然だった。リーナの後ろの取り巻きである男たちが、顔を赤らめたタイミング、そこでミールクも何故だか顔を赤らめたのである。
何故かって、己の婚約者が他の女に対して顔を赤らめさせて好意を示したからだ。
お気づきだろうか、ミールクは所謂寝取られ属性であった。
ミールクは、侯爵家に生まれその縁で騎士団長の息子、ロットと婚約した。十歳の時の話である。
しかし、ミールクとロットの関係は良好とはいえなかった。気の弱いミールクと俺様系のロットは、元々相性が合わなかったのだ。
ミールクが寝取られに目覚めたのは、丁度そんな時であった。
ロットに好意を寄せる女の子が、ミールクを妬んで彼女が大事にしていたうさぎの人形をぐちゃぐちゃに壊してしまったのだ。勿論、ミールクは悲しんだ。発見した時は泣いたし、壊した女の子のことを憎みもした。
だが、ミールクはうさぎの人形を要らないとは思わなかった。大事にしている物だから、破れた部分を直してまた遊ぼうと考えたのだ。
うさぎちゃん、私が直してあげるからね。
この時のミールクは、まだうさぎを純粋に直すことしか考えていなかった。
その気持ちに邪念が現れたのはうさぎを直した後だった。切り貼りだらけのうさぎを見て、ミールクはどうしてだか、とても愛おしく美しいように感じたのだ。うさぎは、壊される前より確実に汚いし、ボロボロだ。多くの子供は、この汚いうさぎと綺麗な新品のうさぎを並べられたら確実に後者を選ぶだろう。
だが、ミールクは前者を選ぶ自信があった。このうさぎは壊される前よりも美しいし、何故だか前以上に大切に思える。そして、何よりうさぎが壊される過程を見ていなかった己に悔しさを感じた。
それからだ、ロットを見ると汚されて欲しいと思うようになったのは。ロットが、他人にボロッボロに汚されて己の元に戻ってきてくれたなら、己はロットを深く愛せるだろうと確信したのだ。
ミールク、十二歳の春である。
だが、ロットは俺様系であったが、義理堅い男でもあった。婚約者を蔑ろにするようなことは決してなかった。ミールクは、何度もロットが心変わりするように令嬢を差し向けたが、ロットが手を出すことはなかった。
そのうちに、ロットが他の令嬢に心変わりすることはないのだろうかと半ば諦めた。
そんな時に、王立貴族学園に入学して出てきた噂が、ロットがリーナにご執心だというものであった。その噂を最初こそ信じていなかったミールクだったが、マリオネットが動き出したことで真実だと漸く信じた。
そして、あれよあれよと言う間に、マリオネットの取り巻きとしてロットの執心ぶりを目の当たりにしたのである。
この時のミールクは、ロットの赤らめた顔以上に顔を赤くして喜んだ。ただ、彼女の存在感がないが故に、周りの人からは気づかれなかっただけだ。
二人の舌戦が終わり、ミールクは慌ててマリオネットの元を離れるとリーナの後をついて行った。勿論、バレないように。ミールクは、その存在感の無さから尾行が昔から得意だったのだ。
そして、廊下の影から、リーナとその取り巻きたちの会話を盗み聞きした。
「それじゃあ、また夜にこの部屋で会いましょう。遅れたら‥‥‥どうなるかわかってるわよね」
「は、はい! 女王様」
「いい子ね」
そんな会話の後、リーナたちは解散した。王立貴族学園は全寮制、この部屋というのはリーナの私室のことだろうとミールクは当たりを付けた。
やった! 運がいいことに今夜密会するらしい。でも、女王様って一体どういうことだろう。ミールクは、少し不思議に思ったが深くは考えなかった。
だって、今夜は密会。上手くいけば、ロットがリーナに寝取られているところ見れるかも知れないのだ。ミールクは、口に笑みを浮かべ早々に部屋へ帰った。
部屋へ戻ったミールクは、出来るだけ地味な色の服を選んで着るとメイドに、具合が悪い旨を伝え人払いを済ませた。メイドは、先程のリーナの件を知っていたので何の疑いもせずに下がった。
メイドは同情するような顔で、ミールクを見つめていたが、予想に反してミールクの内心はルンルンであった。今夜、長年の夢を叶えられるかもしれなかったからだ。
ミールクはメイドを見送ると、足早にリーナの部屋に戻り、リーナが部屋から出ていくのをじっと待った。そして、リーナが部屋から出て行った一瞬の隙に庭に回って、部屋の窓を外してリーナの部屋へと不法侵入したのだ。
あまり知られていないが、この学園の部屋の窓はコツさえ掴めば掴めば取り外せる、ミールクはそのことを偶々知っていたのだ。貴族学園とは思えないほど、防犯がガバガバである。
見事不法侵入を果たしたミールクは、部屋を見渡しクローゼットに目をつける。すると、其処へ何を思ったのか忍び込むように入ったではないか。
もう察しがついただろうか、この少女、部屋に潜伏してリーナとロットの情事を盗み見ようとしているのである。おとなしそうな顔をして、ある意味とんでもなく大胆な令嬢であった。
ミールクは、後悔していた大事なうさぎの人形がぐちゃぐちゃにされるところを見れなかったことを。だから、次の機会があったら、絶対にその機を逃さないと決めていたのだ。
その後、夜になるまでミールクはクローゼットの中に身を潜めて、その時が来るのをじっと待った。待つのは昔から得意なのだ。
彼女が少しうとうとし始めた頃、外から気配がした。その気配は多く、真逆複数人で行為に及ぶのだろうかとミールクは更に興奮した。
何かの会話をした後、部屋でパンパンと何か叩く音がして、いよいよその時が来たと察することができた。興奮から震える手を必死に抑えて、音が出ないようにクローゼットの扉を少し開けて部屋の中を覗いたミールクが見たものは、想像とは少し‥‥‥
──いやかなり違った光景であった。
「椅子は、話なんてしないけど」
「す、すみません。女王様」
そこで見たものは、リーナが取り巻きの男を四つん這いにさせてその上に座り尻を叩くという特殊すぎる光景であった。男の背に隠れて、後ろ姿しか見えないが、この声は確実にリーナである。そして、呆然としていたミールクは床に正座している己の婚約者に暫くしてから気が付いた。あの自信過剰で俺様な婚約者が只何も言わずに座っているところを初めて見てある種の感動すらを覚えた。しかし、直ぐに疑問を持つ。
他の男たちはリーナに大なり小なり使われているが、己の婚約者だけが何もせずに只床に座っているだけであった。ロットは、それで満足なのだろうか。リーナに触れても、もらえず床に正座させられ放置される、それでロットは楽しいのだろうか。
ミールクは、状況も忘れて少し心配してしまう。
だが、ミールクの心配は杞憂に終わった。ロットがマリオネットの情報を渡したことで、ご褒美に紅茶をぶっかけられたからである。熱い紅茶をかけられながらも幸せそうな顔をして気を飛ばすロットを見て、ミールクは思った。
嗚呼、なんて美しいのだろうと。
いや、実際には美しくなんてない。白い服を着ていたせいで、黄土色の紅茶をかけられた染みが酷く目立っており美しいどころか惨めだ。
それはミールクだってわかってる。だが、考える前に美しいと思ってしまったものは仕方ないと己を納得させた。
ミールクが恍惚としている間にも、リーナたちの特殊な時間は過ぎていく。はっとして、ミールクは少しも見逃すまいと隙間からロットをじっと見つめた。
あれから何時間かして、リーナたちの特殊な時間は男全員が気絶するという形で幕を閉じた。全てを見ていたミールクは、ほうっと恍惚とした顔でため息を吐く。凄く濃密な時間だった。
リーナが男たちへ施す行為は、全て刺激的だったが、特に宰相の息子を全裸にさせて溶かした蝋を背中に落とすというプレイが見ていて一番ドキドキした。
この時のミールクは、初めて見た世界に刺激と感動をしていたことで気がつかなかったのだ。クローゼットに足音が近づいていることに‥‥‥。
その瞬間は、唐突に訪れた。
ガチャンという音で、ミールクは漸く事態を理解して顔を上げる。
「あら、貴方。確かマリオネット様の取り巻きの‥‥‥そう、ミールク様! こんばんは。ロット様のお迎えかしら」
そこには、妖艶な笑みを浮かべたリーナが気絶した男たちを背に立っていた。
ミールクの不法侵入がバレたのだ。いや、正確にはリーナは最初から分かっていたが害もなさそうだったので知らないふりをしただけである。
しかし、それを知らないミールクは非常に焦った。そりゃあそうだ、リーナの容赦のなさを見ていたのだから。彼女は、リーナの普段の大人しい姿からリーナがこの性格を隠しているのだろうことを既に察していた。そんな隠していたことが、ミールクにバレたのだ。リーナが放っておくはずがない。こんなことをしておいて信じられないかもしれないが、ミールクは本来臆病で大人しい性格なのだ。
混乱したミールクの頭によぎったのは「殺される」というシンプルな五文字であった。
そんなミールクの様子を見て、リーナはまた笑みを深める。
「あら、そんなに怯えないでミールク様」
「あの、その、ご、ごめんなさい、わたくし」
「謝る必要なんてないんですよ。私たち、これからとっても仲良しになるんですから」
「な、仲良し?」
ふふっと普段のように愛らしく微笑んだリーナは、何処からか真っ赤な蝋燭を取り出して優しく撫でた。
「これをしている時が、一番視線を感じましたよ。穴が空いてしまうかと思いました」
「えっ、わ、わたくしがいたこと知っていて!?」
リーナがミールクを放っておいた理由、それは勝算があったからだ。
ミールクを籠絡させる、そんな勝算が。
この日、ミールクは生まれてから一番刺激的な夜を過ごした。
あれから、ミールクはリーナととても仲良くなった。というか、端的に言えばリーナの性格のことを黙っているという条件で、SとMの関係に相成ったのだ。リーナが時間を取ってくれるのは、多くて週に二度。勿論、あの男たちと被らないように部屋へ呼んでくれた。
今日は、丁度その日で二人の特殊な時間は日を跨ぐほどに盛り上がりを見せた。ミールクは、途中であまりの刺激に意識を飛ばした。次に目が覚めた時には腹の上にリーナの足が乗っており大層興奮したものだ。リーナは、そんなミールクのとろんとした顔を見て読んでいた本をベッドへ放り投げると、今日はもう帰りなさいと命令したのだった。
ミールクは、どんなに酷いことをしても決して己のことを放置しないリーナが大好きだった。それは、別に優しさではなく、ミールクの好みを把握して虐げ方を変えているリーナの技術に他ならなかったが、それを知らないミールクはどんどん深みにハマっていくだけであった。
「わ、わかりました、女王様。今度はいつお会いできますか?」
「少し優しくするとこうだから困るわ。次の予定は私が決める。貴方は私に従うだけでいい」
足をつねられて、痛いはずなのに気持ち良さのが勝ってミールクはごめんなさいと上擦った声を上げた。その後、手早く乱れた服を整えて廊下に出たミールクは今日された様々な施しを思い出して、ほぅと息をついた。
だから気がつかなかったのだろう、廊下の先に人影がいることに‥‥‥。
「ミールク、ご機嫌よう」
全くと言っていいほど、気配がしなかった。だが、そこには確かに人影があり、この声をミールクは何度も聞いている。恐る恐る横を見ると、金色の瞳が暗い廊下に怪しく輝いていた。その鋭い眼差しは、さながら百獣の王、ライオンのようであった。
「あ、あ、マリオネット様‥‥‥」
「あら、カタカタと震えて何か怖いものでも見ましたの?」
「い、いえ、あの、マリオネット様はどうしてこんなところに?」
やましい事をしている自覚のあるミールクは、盛大に裏返った声で聞き返した。まだ、リーナとの関係がばれている訳ではないと、一縷の希望を込めて。
「この間、中庭で特待生殿と談話した時から、ある生徒の様子がおかしいように思えましてね。少し調べたら、その方どうも最近特待生殿と仲を深めているご様子」
壁に寄りかかっていたマリオネットが、話しながらミールクの方へ近づいてくる。それに怯えたミールクは反対の壁に向かって後退りした。だが、それほど広くない廊下の幅はあっさりとミールクを追い詰めて、気が付いた頃に彼女はマリオネットが寄りかかっていた反対側の壁に寄り掛かるような体制になっていた。
「私、感心しておりましたの。私と懇意にしながら特待生殿とまで‥‥‥貴方は正に平民と貴族の壁を取り払う存在ですわ」
にっこりと美しい微笑みを浮かべるマリオネットを見ながら、ミールクはもしかしたら己にお咎めはないのかもしれないと淡い期待を抱く。
だが、そんなミールクを嘲笑うようにマリオネットは突然右足で壁を蹴った。
所謂、足ドンである。
ミールクは知らないで、少しときめいているがこれは歴とした足ドンである。
「私も貴方を見習って、特待生殿と仲良くなりたいんですの」
「は、はい‥‥‥」
「誰にでも分け隔てなく優しいミールクなら、教えてくれますわよね。特待生殿のこと」
「え、えっと」
貴族社会でそれなりに生きてきたミールクには、すぐに理解できた。マリオネットは、リーナの弱点になり得そうなことを教えろと言っているのだ。でも、それは同時にリーナとの約束を破る事を意味していた。マリオネットが幾ら怖いからといって、リーナとの約束を破り虐げてもらえなくなるのは困る。ミールクは、必死に首を横に振った。
そんなミールクを嘲笑うかのように、マリオネットは彼女の顎を左手でクイッと持ち上げた。
顎クイである。
足ドン、顎クイの二連コンボである。
「それは残念‥‥‥私、どうしても知りたいんですの。特待生殿のことも‥‥‥貴方のことも」
「は、はうっ!」
マリオネットはよく理解していた、自分の顔が他の人よりも綺麗ことを。そして、どういう表情をしたら一層美しいかを、それを意識したマリオネットの顔はめちゃくちゃに良かった。
何度も言うようだが、ミールクは臆病で大人しくて‥‥‥少しばかりMっ気の強い女の子である。
こんな事をされては、ひとたまりもないのだ。
「ご機嫌よう、特待生殿」
「‥‥‥ご機嫌よう、マリオネット様」
春と夏の間の季節、そよ風が吹き暖かくも寒くもない、散歩日和の今日この頃。王立貴族学園の中庭に二人の華が咲き乱れる。
既に勝ち誇ったような顔を浮かべているのは、雪色の髪にライオンのような金色の瞳を持つマリオネット。
懸命に威嚇する子猫のような顔をしているのは、桜色の髪に蛇のような赤色の瞳を持つリーナ。
そして、マリオネットの後ろの後ろに取り巻きとして体を震わせているミールクの姿も見える。
ここ最近で恒例となり始めている、マリオネットとリーナの舌戦開始の合図である。
「お友達とお散歩とは、大層なご身分ですわね。感心いたしますわ」
今日もまた、先攻はマリオネットである。リーナの取り巻きの男たちを見ながら、皮肉たっぷりに言葉を放つ。
だが、対するリーナも負けていない。
「そういうマリオネット様も、お散歩ですよね」
「まぁ! 私と同じ土俵に立っていると、特待生殿は冗談もお上手ですのね」
マリオネットが、意図的にクスクスと笑うとミールク以外の取り巻きも笑い出した。
「そうそう、今日は貴方にお礼を言いにきたんですの。うちのミールクが、随分とお世話になっているようですわね」
突然、話に出されたミールクはそれはそれは焦った。リーナに約束を破った事を悟られると、色々と不都合だからだ。
そのリーナはというと、一瞬眉を顰めたものの直ぐに儚い笑顔を浮かべた。
「えぇ、ミールク様は他の方達とは違って私とも仲良くしてくださります」
「そうですわね。ミールクは、心優しい方ですから。特待生殿にも、博愛精神を持って接しているのでしょう」
ここで、マリオネットは手に持っていた扇子を口元を隠すように広げた。マリオネットの目元は、怪しく光りその瞳はリーナを狩ろうと言わんばかりであった。
「女王様‥‥‥貴方をそう呼んで大層慈しんでおられるとか」
その瞬間、ミールクの顔から血の気が引いた。恐る恐る顔を上げると、リーナと目があってしまった。思わず、ひっ! と声が漏れる。
リーナの瞳に、軽蔑の色を見てしまったからだ。
「ミールク様、とっても残念です。貴方とは、良い関係を築けていると、そう思っていましたから。そんな嘘をマリオネット様に吹き込んでいるだなんて」
「あら、本当のことではないんですの? それとも、自己防衛のためにミールクを切り捨てになるのかしら」
「ミールク様と幾ら仲が良いからと言って、事実無根なことを本当だなんて言えません。ミールク様のためにもなりませんから。マリオネット様、失礼ですが貴方ミールク様に何か吹き込んだのではありませんか」
「まぁ、本当に失礼ですわね。ミールクと私は、幼少の頃からの仲。そんな方を脅すだなんて、考えられませんわ」
己を出しにして白熱する口論に、ミールクはどうしていいのかわからなくなってきた。先程から体の震えが止まらない。そんなミールクをリーナは目敏く気がついた。
「ほら、ミールク様が震えていらっしゃるわ! きっと、貴方に怯えているんですよ。ミールク様、お辛いならその場所を離れるのも一つの手ですよ」
天使のような顔をしてミールクに向かって微笑んでいるが、その瞳だけはギラギラと光っていた。
「あら、貴方に怯えているのではなくて? ミールク、この方に唆されてはダメですわよ。貴方は、私の元にいればいいのよ」
ミールクを射止めんばかりに見つめてくるマリオネットの瞳も、また鋭く光っている。
「貴方は」
「どちらを」
「選ぶんですの」
「選ぶんですか」
二人の言葉が揃い、己は責めるように見つめられている。ミールクのキャパシティは、一杯一杯であった。
「あ、あの、わたくし‥‥‥選べません」
そう言うと、いよいよ立っていられなくなりその場にへたり込む。だが、その顔は少し前の青い顔とは違い、ほんのりと赤らんでいた。二人に攻められ過ぎたミールクは、若干の気持ちよさすら覚えてしまっていた。
「全く、我が儘な子ですわね」
「えぇ、その点に関しては同感です。ですが、そもそも貴方がちゃんとミールク様の面倒を見ていたら、こんなに我が儘にならなかったのでは?」
「あら、それを言うなら」
ミールクのことなど、もう眼中にも入ってないかの如く、続く舌戦に彼女は呆然としながら二人を見ていた。あんなにミールクのことを責め立てたのに、今ではまるでいないかのように放置されている状況に、ミールクは何故だかとても興奮した。何処がとは敢えて言わないが、かつてない程きゅんきゅんと反応した。
そんなミールクの右肩にポンと手を乗せる誰かがいた、ロットである。
ロットは、ミールクの顔を見て全てを察したように首を縦に数回振った。いやに晴れた青空の元、ロットとミールクは目を合わせて二人同時に頷いた。
ミールクが放置プレイに目覚め、ロットと同志になった瞬間であった。
書いているうちにどんどんミールクが、変態になっていって自分で戸惑いました。