表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
斬貂蝉  作者: 青星明良
9/13

絵画

「かくして、その美貌で呂布を虜にした貂蝉は、董卓を殺害、王允の野望は成就したのです。しかし、権力を握った王允もすぐに非業の死を遂げ、呂布もまた下邳かひ城に果てた……」


 そこまで語ると、華佗は己の罪の告白を終えた。


 復活して寝台から起き上がっていた張飛は、


「董卓や呂布、きっと王允も、俺みたいに貂蝉に操られて自滅したんだなぁ……。美女はもう懲り懲りだぜ」


 と言って身を震わせた。


わしは後悔しました。脅されてやったこととはいえ、あの手術は人命をもてあそび、死者を冒涜ぼうとくするものだった……。生前の西施と荊軻がどんなに志高い人間であったとしても、今の彼らは悪鬼と化して、その精神は暗黒に堕ちている。紅昌の肉体に二つの悪鬼が宿っている限り、貂蝉という怪物は『王の気を持つ英雄を殺す』という目的のため、生者を祟り続けるでしょう。我が手でもう一度手術を行い、元の心優しい紅昌に戻してやらねばなりません。それゆえ、同郷の曹丞相(曹操)に事情を全て話し、虜にした貂蝉の身柄を渡して欲しい、と昨年の冬から頼み続けていたのですが……。つい最近、丞相が貂蝉を劉皇叔りゅうこうしゅくに譲ったと知ったのです」


「曹操め、貂蝉が人を惑わす怪物だと知っていやがったのか。最初から、貂蝉を使って俺たち義兄弟の仲を裂こうとしていたんだ。絶対に許せん! 曹操の首を引っこ抜いてやる!」


 張飛が地団駄を踏みながら吠える。

 今すぐ丞相府に殴り込みに行きそうな勢いだったため、関羽は「落ち着かんか、翼徳。我らには他にやるべきことがあるであろう」と叱った。


「へ? 他にやることって何だよ」


「決まったことよ。貂蝉を……いや、紅昌という娘を救う。そして、西施と荊軻の霊も。玄徳兄者もそうお考えのはずじゃ」


 関羽がそう言って劉備に眼差しを向けると、彼は静かに首を縦に振った。


「我ら義兄弟、天下争乱の犠牲となった人々を救うために立ち上がった」


「いかにも。為政者の謀略に利用された紅昌、西施、荊軻は、我らが救うべき存在だ。生者も死者も関係無い。西施の首と荊軻の肝は我々がきちんと弔い、冥府に送ってやろう」


「けど、雲長兄貴。紅昌本人の首と肝はどこにあるんだ? 王允が捨てちまったんじゃ……」


 張飛がそう言い、首を傾げた。


 すると、華佗がすかさず「それなら、儂が所有しておりまする」と立ち上がり、供の召し使いに背負わせて来た布袋の中から玉製の箱を取り出した。


 その箱を開けると、十六歳ぐらいの少女の首とずいぶん貧弱そうな肝が入っていた。


「手術の報酬として、不用になった紅昌の首と肝ごと、この玉の箱を譲り受けました」


「へえ。七年前に切り取られた首なのに、今にも喋り出しそうな……。あれ? この子、どこかで見たことがあるぞ? あっ、ちょっと待った。本当に最近見た。俺が絵に描いた」


 張飛は、部屋の隅に隠していた絵を劉備と関羽に見せた。


 一人の優しげな少女が、絵の風景の中で子豚と戯れている。少したれ目で野暮ったい印象だが、小さな命を愛でるその眼差しは、この世の何よりも清麗せいれいに見えた。


「貂蝉を描くつもりが、何度描いてもこの顔になったんだ。俺、紅昌を描いていたんだなぁ」


「きっと、お前の純一無雑じゅんいつむざつなる芸術家としての心眼が、貂蝉の中に棲む紅昌の美しい心を読み取ったのだろう。さすがは我が弟だ、良い眼をしている。お前が本当に恋していたのは、貂蝉ではなく、この娘だったのだ」


 劉備が褒めてやると、張飛は顔を真っ赤にして、「よ、よせやい。恥ずかしい」と慌てた。一方、関羽は一人黙し、紅昌の首と張飛の絵を凝視みつめていた。


(この顔には見覚えがある。やはり、貂蝉……否、紅昌と私は昔会っていたのだ。昨夜、私に語りかけてきた少女の人格の貂蝉は、紅昌だったのだ)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ