第一王女と公爵令嬢の婚約破棄騒動
「フィーリア=フィッシャー公爵令嬢。貴女との婚約は破棄させてもらいます」
有名貴族の令息令嬢が多く通う学園主催のパーティーには似つかわしくない宣言が響き渡った。
腰まで伸びた輝くような金の縦ロールに星のように煌めく碧眼、十六歳という若さなれど並ぶ者なしとまで称賛されている淑女の代表格、すなわちフィーリア=フィッシャー公爵令嬢は突然の婚約破棄にも慌てふためくようなことはなかった。……少なくとも表情を見た限りは。
「どういうことでございましょうか?」
「どういうことも何も、このような婚約は即座に破棄するべきです」
なぜなら、と。
王族の一角たるフィーリアの婚約者はどこか苦いものを混ぜたような声音でこう続けたのだ。
「王女と公爵令嬢の婚約が成立しているのがそもそもおかしいですから!!!!」
第一王女シシリア=ランティスの王族としての体裁をかなぐり捨てた叫びがパーティー会場に炸裂した。
銀髪に赤目の小柄な王女の叫びにフィーリア=フィッシャー公爵令嬢は淡々と返す。
「確かに女同士の婚約というものは前例がありませんけど、陛下と我が父が決めたことであれば逆らうべきではないのでは?」
「そうっ、それです!!」
びしっ、と妖精のように幻想的だと讃えられている王女らしくもなく荒々しく公爵令嬢を指差して、幼子のようにぶんぶん上下に振りながら、
「父上がランティス家とフィッシャー家の第一子同士を婚約させる、などという宣言を私たちが生まれる前にしてくれたからこんな事態になっているんです。せめて第一子が産まれるまで待っていればこんなことにはならなかったというのに! 女同士で婚約って何ですか? 王族、いいえ次期女王としてこれほど不毛な婚約を認めるわけにはいきません!!」
「…………、」
ゆっくりと、だが確かにフィーリア=フィッシャー公爵令嬢の目が細められていく。その意味に王女が気づく前に新たな動きがあった。
「ちょーおっと待ったあ!!!!」
勢いよく踏み込んできたのはグローリー伯爵家の令息であった。今の時点でも並の騎士であればダース単位で瞬殺できる屈強な少年は完全に勢いだけで踏み込んできたのだろう。
「王女様! 発言の許可をいただければと……です!!」
「は、はあ。よろしいですよ」
気圧されたように発言の許可を許す王女。
対してグローリー伯爵家の令息はこう力説した。
「ごほんっ。それでは──女同士の婚約、大いに結構ではないか!! ……ですよ!!」
「はい?」
「だから、じゃなくて、ですからっ。女同士で婚約することに何の問題があるか、いいやない!! 性別など些細な問題であり、そこに愛があればそれが全てではないかっ、ですよ!! そういう意味ではお二人には何の問題もないはず!! つーか俺が騎士を本気で志したのは騎士になれば王女様と公爵令嬢様がイチャイチャしているのを眺める機会に恵まれると考えたからだしなっ。だから婚約破棄とかやめてくれマジで!!」
「何を言ってやがるんですか!?」
あまりといえばあまりな主張に少々王女らしくもなく吐き捨てていた。
将来的には完全実力主義の騎士団において(息子を第一王女の伴侶にと押している軍部の頂点たる)騎士団長だって凌駕するのではとまで期待されているので王族として声をかけたことは何度かあったが、その時は無骨な武人という印象しかなかったはずだ。それが、こんな……突然の暴露に王女は思わず頭を抱えたくなった。
「あのですね、私は王女であり、次期女王でもあります。私の役目はこの国を治めること、そして世継ぎを残すことです。女同士では世継ぎを残すことはできないのでフィーリアを生涯の相手と選ぶことはできないのですよ。……生憎と『リリィ教』が深く根付いたこの国では愛人を持つことは認められませんしね」
純真を尊ぶ『リリィ教』においてどのような理由があろうともパートナー以外の相手と関係を持つことは禁忌とされている。
例え国の頂点であろうとも下手に禁忌を犯せば平民はもちろん貴族からも批判され、最後には玉座から引き摺り下ろされるだろう。
……実は生涯のパートナーは一人のみと定められているだけであり、性別については指定されていないので『リリィ教』だけで考えるならば女同士で結婚することも問題ないのだが。
「理解できましたか?」
歴代でも下から数えた方が早いくらいの能力しかない国王ではあるが、第一王女と公爵令嬢の婚約を結んだことは最大の失態である。
どちらかが男であれば話は簡単だった。
あるいは王女の他に王子が生まれており、彼が王位を継げばまだしもどうにかなった。
王家の女と公爵家の女の婚約。
そして、王位継承権を持つ者が第一王女のみという二つの要因が重なって今日この日まで来てしまったからこそ彼女は強引にでも婚約を破棄しようと決意したのだ。
……こんな強引な方法を選ばずとも国王が婚約の破棄を進めればそれで済んだ話なのだが、件の国王は『ああ、婚約の件な。王が己の言葉を違えるわけにはいかないだろう』などと言う始末。大した能力もない者に限ってプライドだけは高いものだ。
ゆえに、第一王女は強硬手段に出た。
全てはこの国の未来のために。そこに個人の感情は関係ない。そう、だから、この胸の痛みなど無視するべきだ。
と、その時だ。
「今こそ僕の出番かな」
ばさっ、と気障ったらしく長い髪をかきあげて登場したのは『リリィ教』の頂点たる教皇の息子だった。魔法にかけて多くの新発見を成し遂げ、賢者とも呼ばれている天才である。
将来有望な頭脳の持ち主であることはもちろんだが、王国に深く根付いている『リリィ教』における重要人物でもあるので王女も声をかけたことはあったが、その時は天才らしい変人という印象が強かった。
「王女様、発言の許可をいただけますか?」
「……よろしいですけど」
「ありがとうございます。それでは早速ですが──僕の天才的な頭脳でもって女同士でも子作り可能な魔法の開発に成功しました。なので女同士では世継ぎを残せないという問題は解決するかと」
「は?」
あまりといえばあまりな発言に思わず口をあんぐりと開けて呆然とする王女。もう王族らしさとか何とか言っている場合ではなかった。
確かに魔法は時に常軌を逸した力を発揮するが、それでも摂理を歪めるようなことはほとんどできないはずだ。
それを、教皇の息子は成し遂げた。
『ふっ、全ては我らが全能にして崇高なるリリィ様のお導きのままに』などと自己に陶酔している男が賢者と呼ばれているのは伊達ではない。
「いえ、ですけど、それでも!」
果たして第一王女は何を否定したかったのか。明確に言葉にはならず、迷子のように視線が彷徨う。
胸の痛みに意識を巡らせる。
生まれる前から結ばれていた婚約。その相手はまさしく理想を体現したような女性だった。
美しく、気高く、王女にだけはお茶目な一面も見せることがあり、ほんの少しいじわるな彼女のことを第一王女は──
「あのぅ、ちょっといいかなぁ?」
それは。
甘ったるい声と共にもたらされた。
ある令嬢がフィーリア=フィッシャー公爵令嬢の腕に絡みつくように抱きついたのだ。
キュリア=ラピリンカ男爵令嬢。
まさしく愛らしさの塊のような、学園でも令息からの人気が高い女性であった。
彼女は甘えるようにフィーリア=フィッシャー公爵令嬢にすり寄りながら、
「王女様はぁ、フィーリア様との婚約を破棄するのよねぇ?」
「そ、れが……何だというのですか?」
スギズキと、胸が痛い。
「だったらぁ、いいよねぇ?」
「ですから、何がですか!?」
遅いか早いかの違い。
いずれこうなることは分かっていたはずなのに。
「だからぁ」
婚約を破棄すれば、自分ではない誰かがフィーリア=フィッシャー公爵令嬢のパートナーとなる。今まで第一王女が立っていた場所に別の誰かが立つことになる。
そうなるとわかっていて婚約の破棄を宣言したはずだ。
だから。
だから。
だから。
「フィーリア様ぁ、わたしがもらっても──」
「だめぇっっっ!!!!」
ばんっ!! と。
フィーリアと男爵令嬢の間に割り込み、絡んだ腕を払う第一王女。
それが、答えだった。
ーーー☆ーーー
フィーリア=フィッシャー公爵令嬢とはじめて顔を合わせたのは五歳の頃だった。
前例のない女同士の婚約。
その頃はまだこんな婚約は長続きしないと、どうせどこかで解消されるものだと考えていた。
だからこそ、自己紹介も終わってしばらくして、第一王女はこう言ったものだ。
『父上が面倒をかけましたね。そのうち解消される婚約ですが、もうしばらくお付き合いいただければと』
『あら、そう決めつけるのは早いのではございませんか? もしかしたらわたくしたち、生涯のパートナーとなるかもしれませんよ?』
『女同士で? しかも王族と公爵令嬢という立場の人間が??? あり得ないにもほどがあります。この五年、互いの家が新たな子供をつくれなかった以上、これ以上頭数が増えるとは考えられません。おそらく私が次期女王となる以上、同性の婚約者など論外ですよ』
淡々とした言葉だった。
そこにシシリア個人の感情など微塵も含まれていなかった。
王族としては非の打ち所がないほどに正しく、だけどそれだけの言葉だった。
『しかし、父上にも困ったものです。お腹の中の赤ん坊の性別を診断する魔法も絶対ではないというのに、私たちが生まれる前から婚約を発表するなど。是非我が家の子供を殿下の婚約者にとすり寄ってくる連中が鬱陶しかったからといってどうして私たちが生まれるまで待てなかったんですか。お陰で変に拗れているではないですか』
『…………、』
イライラとした気持ちを吐き捨てる第一王女を公爵令嬢は静かに見つめていた。何も言わずに、しかし何も感じていないはずがないのに。
それが、二人の出会いだった。
──フィーリア=フィッシャー公爵令嬢は美しい人間だった。
婚約者としてはじめて顔を合わせてからも定期的に会うことはあったのだが、その度に美しく成長していると確信できるほどに。
気がつけば目で追っていた。
妖精のようだと周囲は第一王女のことを褒め称えるが、同じ歳の女の子と比べて一向に身長が伸びない彼女と比べてフィーリアはまさしく誰もが認める理想そのものの美を纏っていた。
『シシリア様、どうかいたしましたか?』
『え?』
『いえ、何やら熱心に見つめていらっしゃったので何か言いたいことでもあるのかと思いまして』
『あ、いやっ、その! 違う、これは、ええと、別にフィーリアが綺麗すぎて見惚れていたんじゃないんですからねっ!!』
『ふふっ。では、そういうことにしておきましょうか』
『ううっ!!』
誰もが認める理想そのものの美。
だけど本当は誰にとっての理想であるか、は考えないようにしていた。
──フィーリア=フィッシャー公爵令嬢は気高い人間だった。
公爵令嬢としての誇りに満ち溢れ、いつだって堂々としていた。歴代でも下から数えた方が早い能力しかない国王の娘、すなわち周囲からは妖精のように美しい外見『だけ』の王女だと侮られていたシシリア=ランティスと違って、誰もフィーリアのことを悪し様に言えなかった。それだけの風格と能力が彼女にはあるのだ。
『フィーリアと私、どちらが次代の女王に相応しいかと聞けば、全員がフィーリアと答えるでしょうね』
『いきなり何を言っているのでございますか?』
『は、はは。確かに何を言っているというものです。ごめんなさい、少し自分の力のなさに嫌気が差して、つまらないこと言ってしま──』
『わたくしはシシリア様こそ次代の女王に相応しいと思っていますよ』
『……、下手な慰めですね』
『慰めのつもりはないのでございますが。何せシシリア様の婚約者はわたくしなのですよ? わたくしが隣に立ってもいいと思えた貴女は他の誰よりも女王に相応しい傑物に決まっていますわ』
『この婚約はいずれ解消されるものですけどね』
『まだそんなことをおっしゃるのでございますね』
『まだも何も、常識的に考えて絶対に解消される婚約ですからね』
『…………、』
フィーリア=フィッシャー公爵令嬢は王族であるだけで他者を持ち上げるような人間ではない。そのような世辞とは縁遠い人間だと知っているからこそ、そんな彼女が自分のことを持ち上げるのが不思議だった。
だけど、その言葉があったからこそ、第一王女は今日まで己の無力さに折れることなく努力することができた。それだけフィーリアの存在が大きいということでもあるだろう。
──フィーリア=フィッシャー公爵令嬢にはお茶目な一面もある。
社交界では淑女の鑑として有名ではあるが、そんな彼女も第一王女と二人きりの時だけは完璧な淑女ではない、フィーリアという個人の顔を見せる。
『シシリア様。お城、抜け出しましょうか』
『……、はい?』
『もちろん陛下には話を通しておりますので「見た目上は」脱走という形になっているだけのお忍びデートでございますけどね』
『でっデートですか!?』
いたずらっぽく笑うフィーリアは王族としての常識に縛られて動けないシシリアの手を取り、軽やかなステップで王城を飛び出したのだ。
その際、一般民衆に紛れ込むためにとフィーリアが用意しておいた服に着替えたものだが──フィーリア=フィッシャー公爵令嬢の美しさは服装一つで霞むものではなかった。
『はいはいいつものようにわたくしに見惚れていないで早くいきますわよ』
『みっ見惚れっ見惚れてなどいませんけど!? ……そもそもどうして私を連れ出したりしたのですか?』
『お城から王女様を連れ出す、という書物の中でしかあり得ないようなことをやってみたかったというのが理由の一つでございます』
くすくすと公爵令嬢という立場からは考えられない、そこらのイタズラ好きな幼子のように笑みを浮かべるフィーリア。
彼女は口元に手をやり、片目を瞑って、
『そして、貴女と一緒にお出かけしたかったというのがもう一つの理由でございますね』
『どうして、私なんかと……』
『もちろん貴女と一緒のほうが楽しそうだと思ったからでございますよ。他の誰よりも貴女と一緒がいいと、それこそがわたくしの心からの望みですから』
そんなの卑怯だった。
いつかは解消されるものとはいえ今は婚約者なのだから仲良くしたいと考えている、と言ってくれたほうが変な期待をせずに済むというのに。
王族にして婚約者。
その『価値』を鑑みての対応に決まっている。それが貴族というものなのに……。
(……困ります)
その笑顔を前にしたら、『価値』など微塵も見ていないとわかってしまった。
いかに歴代でも下から数えた方が早い能力しかない国王の娘とはいえれっきとした王族の一角である。隠そうともしていない感情など簡単に読み取れる。
(そんなにも真っ直ぐな好意をぶつけられてもどうすればいいかわからないんですよ!!)
胸が、ドキドキとうるさかった。
それが全てではあったが、本音を直視する勇気はなかった。
──フィーリア=フィッシャー公爵令嬢は第一王女にだけいじわるな一面も見せる。
『シシリア様、わたくしのこと好きですわよね?』
『ぶっごふばふ!? な、なんなにっ、いきなり何ですか!?』
小さなお茶会での一幕だ。
いかに二人きりであり、声が届く範囲には従者や護衛もいない状況とはいえあまりといえばあまりな一言だった。
それこそ王族としてのアレソレがぶっ飛ぶくらいには。
『そろそろ素直になってもよろしいのではなくて?』
胸がドキドキとうるさい。
だけど不快ではない。
本当は、とっくの昔に──
『私はシシリア=ランティスです』
本音は明らかでも、第一王女の口から出たのは感情を削ぎ落とした言葉だった。
切り替える。
公的な場で『第一王女』として振る舞う時の目でもって公爵令嬢を見据える。
『この身は王国のために捧げ、この血は次代に繋げることが王族としての使命です。好意など、持ったところで何にもなりません。私の人生は円滑な国家運営を果たすために組み立てられており、感情が差し込む余地など一切ありませんので』
……こうして武装しないと、漏れ出てしまいそうだった。次期女王。王族としての使命。そうやってガチガチに己を戒めないと、我慢ができなくなるとわかっていたから。
フィーリアのことが好きかどうか?
こんなにも美しくて、気高くて、だけど自分にだけはお茶目な一面やいじわるな一面を見せてくれる彼女のことをシシリアは──
ーーー☆ーーー
「フィーリア様ぁ、わたしがもらっても──」
「だめぇっっっ!!!!」
ばんっ!! と。
フィーリアと男爵令嬢の間に割り込み、絡んだ腕を払う第一王女。
学園主催のパーティーでフィーリア=フィッシャー公爵令嬢へと婚約破棄を突きつけたまでは既定路線だったが、そこから将来有望な騎士候補が割って入ったり、賢者とまで呼ばれている天才によって女同士で子供をつくるための新魔法の開発の存在を示唆されたことで第一王女と公爵令嬢との結婚にも現実味が出てきていた。
だけど、それでも、と足踏みにしていた第一王女の目の前である男爵令嬢がフィーリアへとすり寄ってきた。
それに、我慢ができなかったこと。割って入ってしまったことが全てだった。
次期女王というしがらみ。王族の使命が覆い隠してきた本音はもう誤魔化せない。
「シシリア様」
フィーリア=フィッシャー公爵令嬢の声が響く。真っ直ぐに見つめてくる星のように煌めく碧眼を第一王女は直視できず、目を逸らしてしまう。
だけど、そんな王女の頬に公爵令嬢の手が伸びる。両手で挟んで、優しく、それでいて有無を言わせずに視線を合わせるよう誘導される。
逃がさないと、無言で示される。
「もしもわたくしとシシリア様の婚約を妨害する勢力があるとすれば騎士団長派閥でございましょう。軍部を牛耳るあの人は野心家でありますから、女同士の婚約に前例がないことを筆頭に様々な建前を用意して攻め込んでくることでしょう。とはいえ騎士団長の地位はグローリー伯爵家の令息によって奪われるでしょうから、わたくしたちの仲を裂くだけの余力はなくなりそうですけど」
ゆったりとした声音で。
「もしも次期女王であるシシリア様とわたくしが結婚するのならば、世継ぎの問題が出てくるでしょう。自然の摂理を無視してでも王族の血を次代に残そうとするならば、それ相応の奇跡を手繰り寄せられる頭脳が必要でしょうね。それこそ賢者と呼ばれるほどの男の知識が、です」
それでいてじんわりと笑って。
「もしも公爵令嬢と第一王女の婚約にあたって不都合な問題を片付けたとしても、それでも素直になれないのがシシリア様でございます。背中を押すためとはいえシシリア様以外と触れ合うのは思うところがないわけでもありませんけど、衝撃は大きいほうが精査する暇もなく言い訳不可能な行動に出てくれますからね。仕方ないと割り切るべきでしょう」
それはもう致命的なまでの暴露であった。
「……いつから、手を回していたんですか?」
「あら、そんなこと些細な問題でございますわ。いつからにしろ、わたくしはこのパーティーが始まる前には望む結末を得るための準備を終えていました。そうとも知らずに婚約の破棄を突きつけてきたシシリア様は最終的に言い訳不可能なほどに己の感情を行動として示した、これはそれだけのお話ですわ」
フィーリア=フィッシャー公爵令嬢は美しく、気高く、だけどお茶目な一面もあって、そして──
「う、ううっ!! フィーリアはいじわるです!!」
「今更でございますわね」
「ううっ、ううう、うううううーっ!!」
もう言葉にならず、唸るしかない第一王女。
公爵令嬢と第一王女が結婚するにあたって障害になるだろう敵対勢力(騎士団長派閥)を封殺するために完全実力主義の騎士団で新たな騎士団長になれるだけの能力を秘めたグローリー伯爵家の令息を手駒とすることで敵対勢力から力を削ぎ落とす。
女同士で結婚した場合でも王族の血を次代に残すために賢者の頭脳を駆使してもらい、女同士でも子供をつくれる魔法を開発してもらう。
それでも素直になれないシシリアの背中を押すためにフィーリアへと男爵令嬢が(よくよく考えれば男爵令嬢という地位の人間の行いとしては不自然すぎるくらいに)すり寄って挑発する。
果たしていつから暗躍してきたのかは不明だが、わかっているのは全てフィーリア=フィッシャー公爵令嬢の手のひらの上だったということだ。それこそこれまでずっと静観している他のパーティー参加者(つまりは高位の令息や令嬢)にだって話を通しているくらいには。
そう、第一王女と公爵令嬢という立場に縛られて、諦めて、安易な道を選んだシシリアと違い、フィーリアは婚約が継続できるよう手を回してきたのだ(それでいてフィーリアは『いじわる』なのでこのような形となった)。
では、なぜそうまでして婚約の継続に拘ったのか。
次期女王の伴侶という未来を捨てたくなかったから? そんなわけがない。フィーリアはそんなものに初めから興味はなかった。
「わたくしはシシリア様が好きです。ですので婚約破棄などしたくありませんわ」
一目惚れだったから。
初めて会ったその日からフィーリアはシシリアに夢中だった。
だから、婚約破棄など許さない。
シシリアがこのパーティーで婚約の破棄を突きつけてくることは予測できていたので万全の準備を整えた上で迎え撃ったが、はっきり言えば『フィーリア=フィッシャー公爵令嬢。貴女との婚約は破棄させてもらいます』という言葉を聞いて泣きそうになったくらいだ。
自分の感情が制御できないくらい、好きで仕方ないのだから。
「シシリア様」
「ッ……!!」
真っ直ぐに。
フィーリアは言う。
「シシリア様はどうでございますか?」
「……そんなの、卑怯ですよ」
フィーリアにはその自覚はあった。
だからといって最愛を手放すつもりもなかったが。
手のひらの上で全てを操り、もって望む結末を掴む。そう、己の我儘を貫くだけの能力がフィーリア=フィッシャー公爵令嬢にはある。
「私だって、本当は! フィーリアが大好きですもの!! ここまでされて婚約破棄などできるわけありませんわよお!!!!」
全ては望みのままに。
予想通りの結末が示される。
だけど、ここで思いっきり抱きつかれることまでは予想できなかった。
「……ッッッ!?」
「これで満足ですか!? 満足かっつってんでしょう!!」
色々と言葉遣いがぶっ飛ぶくらいに顔を真っ赤にして隠しに隠してきた本音をヤケクソ気味にぶちまけるシシリア。
と、そこでようやく気づいた。
「ひっ」
腕の中のフィーリアが何やらふにゃふにゃしていることに。
「ひゃあうううううー……」
「あれ? フィーリアどうかしましたか!?」
「だき、抱き……ひゃうう」
「これまで散々迫ってきていたフィーリアらしくないと思うのですが!?」
「そんなこと言われましても……好きな人に抱きしめられて嬉しくない女の子などいませんわ」
「ッ!? そ、そんな反応、反則ですよフィーリアあ!!」
「ひゃあああ!? そんなに強く抱きしめないでくださいーっ!! 嫌ではありませんけど、その、はずかっ恥ずかしいですからあ!!」
それを、フィーリアの誘いに乗った三人は眺めていた。
「うんうん、やはりあのお二人は目の保養になるなあ! どうせ汗水垂らして働くなら国のためとかよりも欲望に忠実にいきたいものだ!!」
女の子同士がイチャイチャしている光景を守るためなら魔王だってぶっ殺せると自負しているグローリー伯爵家の令息は腕を組んで微笑ましそうに頷いていた。
「美しきもののために知識を振るい、もって美しき世界を築くこと。そう、全ては我らが全能にして崇高なるリリィ様のお導きのままに」
賢者とまで呼ばれている教皇の息子は髪をかきあげて満足そうな笑みを浮かべていた。
「フィーリアお姉様とシシリアお姉様が抱き合ってぇ、はぁふぅ。推しと推しが合わさって最強だよぉっ!!」
キュリア=ラピリンカ男爵令嬢は密かに憧れていた『お姉様たち』の幸せに貢献できたことを嬉しく思いながらも、それはそれとして眼福すぎる光景に興奮していた。
というかパーティー参加者の全員が似たり寄ったりな反応を見せていたのだが、お互いしか見えていないフィーリアとシシリアが気づくことはなかった。
こうして婚約破棄騒動は終息した。
その後、様々な問題を解決した後に女王となったシシリアの隣には美しく、気高く、だけどお茶目な一面やいじわるな一面もある最愛のパートナーが立っていたという。