神を待つ少女
一応ホラーにしましたが、怖くないです。
後書きに蛇足を載せますが、必要ないなと思ったら飛ばしてください。
「あ、もしかして××ちゃん?」
教えられた特徴通りの娘の前へ向かい声をかける。「そうだよ」と少女が頷き、私は怖がらせないように余所行きの笑みを作った。
「こんばんは。今日の『神様』は私でいいのかな?」
私は隣国製の格安スマホの画面を見せる。『食事〇、カラオケ〇、セックス×、50K↑』など、単語だけが並べられた画面を見て、少女はにっこり笑った。
今夜のお姫様はこの子に決まりでいいようだ。
「じゃあ、行こっか」
暗くなってきたとはいえ人の多い繁華街だ。少女が私からはぐれて悪い狼に捕まってしまわないように手を握る。
一瞬、少女の体が強張るが、私がにこりと微笑みかけると緊張を解いた。
「大丈夫よ。ひどいことなんてしないわ……私はね」
そう囁けば、少女は瞳を揺らし私へ向ける視線にどこかとろりとしたものを含める。
「行きましょう。特別な体験をさせてあげるから」
優しく少女の髪を撫で、頷く彼女の顔に滲む隠しきれない好奇心や欲をつぶさに観察し、先程までの作ったものとは違う笑みが浮かびそうになる。
本当に。十五、六の親や社会から見放された小娘はどいつもこいつも扱いやすくて年上として心配になる。
「まあ、その方が助かるけれど」
思わず私の口から漏れた独り言を拾い、首を傾げる少女へ誤魔化し、彼女が入ったことはないだろう値段帯のレストランへと向かった。
「楽しかった?」
彼女が食べたいものを値段を見ずに注文し、彼女の望むままにカラオケへ繰り出し、大して上手くもない歌を得意げに披露した彼女を大袈裟に褒める。
金と愛想をそれなりに消費した頃には、すっかり彼女から私への警戒心が解けていた。
カラオケでは体を触らせようとしてくるのをやんわり断り、家への道すがら私と腕を組みたがる彼女をなだめ、手を繋ぐにとどめた。
「ごめんなさい。あなたを嫌いなわけではないの。当然よ。気になった子だから、こうして会いに来たのだし」
「でも、そういうことはだめ。もちろんあなたがまだ若いのもあるわ。でも、それだけじゃなくて……私の問題なんだけれど……」
「……好きな人がいるの。もう今は会話も出来なくなってしまったのだけど、ずっとずぅっと大切に想ってる人……」
「あなたはね、似てるのよ……ううん。あの人じゃなくて。若い頃の、あの人に出会ったばかりの、世界ぜんぶが嫌いだった頃の私に」
私の独白は、自分でもそうと分かるほどに悲しみに満ちていた。少女は話を聞くごとに、まるで自分のことのように胸を痛めていっているのが手に取るように分かった。
「……あなたはとても優しい子なのね。ええ、とても嬉しいわ……」
家へと着く。ぽつんと夜の空気に浮かぶように建つ私達の家は、神を待つ少女を迎え入れるのに相応しい人離れした雰囲気をまとっていた。
「ええ、本当に嬉しいの」
鍵を開け、少女に扉を開けさせる。
私はその背後で独りごち、嗤う。
「そんな優しい子を、あの人にあげられるなんて」
悲鳴が。ドアを開けた途端、毒々しい紅の何かに絡め捕られた少女から発せられるが、それは彼女と共に家の中へと吸い込まれていった。
私は彼女の上げた音すら取りこぼさないように、後ろ手に慎重に扉を閉め、泣き叫び、言語ですらない恐怖の吠え声を上げる少女の元へ向かう。
「紹介するわ、今あなたに舌を巻きつけているのが私の愛する人よ」
人よりも粘度の高い唾液にまみれた彼女に紹介すると、返ってきたのは「ばけもの」と言う面白みのない言葉。
確かに、あの人の目は不均等にいくつもついているし、乱杭歯の見える口は人も丸呑み出来るほどに大きいし、体はまるで子供が描いた不格好な手足をつけられた芋虫のようだ。
でもだからってマイナーを気取る少女がそのようなマジョリティの感想を述べるなんて期待外れもいいところだった。
「せめて『おねえさんのペット、前衛芸術過ぎますね』くらい欲しかったわ」
ため息を吐いてしゃがみ、少女と視線を合わせる。まだ痛いことなんて起きてないのに、フローリングの床を爪で掻く彼女の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
しきりに母親と父親を呼ぶ、その順序で彼女の中での序列が垣間見えて笑ってしまう。
「あら? 家族なんてくそくらえなロックな精神で神待ち少女なんてやってたんじゃないの? 良かったわねぇ、いざと言う時に家族のありがたみが分かって」
私は私の製造責任者の顔なんて一ピコも浮かばなかったのに。この子の親はうちの肥溜め共よりはまともらしい。
「ねぇ、あなたに特別な体験をさせてあげるって言ったわよね? どうかしら? 本当の『神待ち少女』になった気持ちは」
優しく髪を撫で、歯をかちかちと震わせ、怯える少女の顔をつぶさに観察する。
お喋りの間、じっと待ってくれているあの人を後でたくさん褒めてあげなくちゃ。
「嘘つき? ひどいことしないって言った? ……してないじゃない、『私は』」
私の言葉は正論なはずなのだけれど、それでも少女の口は静かにならなかった。そろそろうるささに耳が痛くなってくる。
待たせているあの人にも、これ以上、不快な音を聞かせ続けるのは悪い。
「あのね、考えが甘いのよ」
喚く少女の口に、彼女が「もっとくれる?」と、値段をつり上げた紙幣達をねじ込む。
十人の「天は人の上に人を作らず」と御高説を垂れた偉人を口いっぱいに頬張った少女へ、私は世の中の道理を教えていく。
「今日、私はあなたの神様になったのよ。その対価も払ったわ。
いい? 神様はね、何でも出来るの。
その奇跡で恵みの雨を降らすことも出来るし、苦しくて祈り続ける人を笑いながら無視することだって出来るの」
「私はあなたに優しくして、おいしいものを食べさせて、とても素敵な夢を見させることも出来るし、あなたをあの人の餌にすることだって出来るの」
「だって私はあなたの神様だから。
あなたが選んで、あなたが決めた、あなたの神様だから」
私は優しく道理を説きながら、彼女の涙に濡れた頬を撫でる。
そして、青ざめた彼女の顔を指さした。
「小さい時やらなかったかしら。『神様の言う通り』って」
涙を流すのも忘れるほどに、絶望した少女がずるずると私から離れていく。
じわじわ、じわじわと毒々しい紅の舌が乱杭歯の生えた口へと仕舞われていき、ゆっくりゆっくり、味わうように少女が奥へと連れられて行く。
「行ってらっしゃい、特別な体験をしに」
なかなかないわよ? 神様に食べられるだなんて。
「ねぇ、愛しいひと。あの子は美味しかったかしら?」
あの人の食事が終わり、紅く汚れた肌を撫でながら聞いても愛する人はよく分からない鳴き声を出すだけだった。
「まだ、まだ足りないのね」
ああ、あなたの声を聴かなくなってどれくらい経ったかしら。まるで昨日のことのように、まるで何百年前のことのように、記憶は半濁して私の心を千々に乱す。
「ねぇ、あと何人。あの子を食べればあなたは戻ってくるかしら」
「ねぇ、あと何人。あの子を探せば私は神様と会えるのかしら」
生き物は自分が食べたナニカで出来ている。
いつかどこかで誰かがそう言っていたから。
私は、私と同じ少女をあなたに食べさせる。
「……あら……ふふっ、やだ。嫉妬しているの?」
ぺとり、とあなたの深い紅の舌があの子に触れていた手を舐める。
まるであの子の痕跡を私から消すような動きに、愛を囁かれなくても絶頂しそうなほど幸福を感じてしまう。
「でもね、愛しいひと。私はとても欲張りなの」
未だ少女の如く、欲しいものを欲しいだけ得たいと手を伸ばしてしまうのだ。
「ねぇ、待っているわ。またいつか、あなたから愛を囁いてくれる日を」
あなたの舌が、服の下を這う心地よさに溺れながら。
「待っているわ、私の愛しい女神様」
私は、少女の頃に恋に堕ちた神を待つ。
お読み頂きありがとうございます。
以下、蛇足。
堕ちた女神を愛した女は、人語を解さない化け物となった存在を愛した女神へ戻すために少女を生贄へとし続けますが、女神は元々生贄を必要としない神格のため、穢れを取り込み続けることになり元に戻ることは不可能になっています。
元女神の化け物が女を害さないのは餌を持ってくる存在だと理解しているためです。
元女神はもう女神だった頃の意識もないし、ごはん貰えるし、女は自分のやってることが逆効果と知ることもないし、化け物の世話するのはそれはそれで楽しいので、それなりに幸せです。
餌の少女はちょっと可哀想ですが、一日楽しい思い出が作れたから良しとしましょう。