第十話 五
空木君が帰った後の事は、何も覚えていなくて、思い出したくても、何も思い出せない。
「おっはよ! 紫雲さん!」
校門から生徒玄関に向かって歩いていると、いきなり背後から斉木君が声を掛けてきた。
「おはよ。斉木君」
「いつもの事だけど、早いねぇ」
「そうかな。いつもの事だから」
「優等生様は、良い子だねぃ」
「そう言う斉木君だって、早いよ?」
「確かに! 俺って、良い子なん!?」
冗談を言いながら、教室までたどり着く。
まだあまり人はいない。談笑したり、クーラーの風で涼んでいたりと、各々自由に過ごしている。
「紫雲さん、お菓子食べる?」
「貰って良いの?」
「どうぞ~。期間限定の、レモンヨーグルト味!」
「ありがとう、斉木君」
「いえいえ。それにしても、クーラー最高だよね」
「うん。夏には欠かせないよ」
今日の斉木君は、いつもより話し掛けてくるような?
こんなに話したの、今日が初めて。
「斉木君、いつもより話し掛けてくるね」
「え? いつも通りじゃん?」
私が術師で、霊魔と対峙していることを、斉木君は知っている。だけど、今まで私が呪いを掛けたとか、良くない噂を信じていた。
「紫雲さん?」
「は、早く空木君来ないかなぁ……。アハハ」
笑って誤魔化そうと抵抗してみたけれど、斉木君の様子は、予想していたものと違う。
「うつぎって? 誰、そいつ」
「え?」
「そんな奴、このクラスにはいないけど?」
空木君を知らない? そんなはず、ないでしょ? だって、二人は幼なじみなんじゃ……。
「空木朔君だよ。斉木君の幼なじみで、斉木君なら、小さい頃から知ってるでしょ?」
「うーん。紫雲さん、ちょっとこっち来て」
そう言われて右腕を捕まれ、そのまま私は抵抗出来ず、誰もいない、空き教室に連れて来られた。
「ここなら、誰も来ないっしょ」
窓は開いていない。クーラーだって設置されていない、ただ黒板だけが残された、空き教室。
「ねぇ、うつぎさくって、紫雲さんの何?」
使われていない、小綺麗な黒板に押し付けられる形で、斉木君に壁ドンされてしまった。
鋭い眼光に私は逃げられず、逃げようとすれば、距離を縮められる。
先程までの斉木君じゃない。これではまるで、獲物を狙う狼の様。
「紫雲さん、答えて」
「空木君は、空木君は、私の友達」
「本当に?」
「うん。本当に。友達だよ」
「そんな奴がいるなんて、彼氏である俺に、黙ってたの?」
「え? 彼氏?」
斉木君が私の彼氏? 斉木君は、七海さんの事が好きで、最近ふっ切れたはず。斉木君の恋愛対象は、年上のはずなのに、私が斉木君の彼女なワケない。
「酷くない? 俺に黙って、男友達とかさ。あ、二人きりだから、名前で呼んで良いんだった。香楽、どうなの?」
「それ、は、斉木君には」
「ハァ。名前で呼んで。呼べない訳じゃないでしょ? ほら、呼んでみなよ」
「竜也……君」
「よく出来ました」
視線をずらそうと、顔を背ける。だけど頬に触れられ、顎先へ。
顔が近づけられて、このままでは色々と危ない。
「そいつか俺か、どっちか選べよ」




