第七話 五
小さい頃から、モーツァルトの『アイネクライネナハトムジーク』だけは、好きでいた。
姉ちゃんから聞いた話では、俺がまだお腹の中にいた頃、母さんがよく聴かせていたらしい。
なんでも、モーツァルトを聴かせると、元気な子が産まれるらしいと、何処の誰が言っていたのか。それとも母さんの迷信なのか、真相は分からない。
「朔、起きてる?」
「ん?」
「お粥作ったから、少しでも食べな」
「うん」
あれから、深い眠りについた俺は、姉ちゃんの声の少し前に、目を覚ました。ベッドに寝たままで。
「紫雲さんたち、下にいる?」
「いるよ。香楽ちゃん、朔のことで、泣いててね」
「俺を、五行術師に誘ったこと?」
「そうみたい。でも、霊魔が見える人は少ないし、誰のせいでもない」
「紫雲さんと話したい。ごめん、姉ちゃん。下で食べる」
ベッドから降りようにも力が入らず、降りると言うより、落ちた。ドサッと落ちた衝撃で、脇腹が痛い。
「おわっ!」
「ちょっと、大丈夫!?」
「平気。痛いけど」
「風吹さん呼んでくるから、待っててよ!」
お粥の入った一人用の土鍋を持ったまま、部屋を出た姉ちゃん。すぐに階段を上がってくる足音が聞こえてきた。
『大丈夫か? 少年』
「風吹。悪ぃ、手伝って。力が入らないんだ」
『お姫様抱っこでも、文句言うなよ?』
「何だって良い」
ヒョイっと風吹に抱かれ、お姫様抱っこをされたまま、一階へと降りた俺。
「空木君」
「脇腹が痛いけど、大丈夫」
「それなら良かった」
リビングのソファーに座り、今やっているバラエティー番組を見る。何も考えられないし、内容も頭に入って来ない。
「ねぇ、紫雲さん。隣に座ってよ」
「え!? あ、っと、えーと……」
「良いから。ほら、ここ」
ソファーの端の方に移動して、紫雲さんが座れる場所を確保。ポンポンと手で合図して、紫雲さんを手招く。
「えーと。空木君、大丈夫?」
「何もしないよ。大丈夫。ただ、隣にいて欲しいだけ」
「お、おじゃま、お邪魔します?」
顔が赤くなっている紫雲さんを見るのは、これが初めて。
紫雲さんの顔をじっと見つめていると、紫雲さんもこちらをチラチラと、何度も見てくる。
「紫雲さん。俺は、紫雲さんの力になりたい。だけど、俺の実力じゃ、紫雲さんの足手まといになる」
「そんなことないよ。空木君」
「いつも、助けてくれて、ありがとう。紫雲さん」
「こちらこそ。術師になってくれて、ありがとう。空木君」
「照れてる紫雲さん、いつもより可愛いね」
「そんなっ! そんなこと、ない!」
「そんなに謙遜しないでよ。可愛いよ?」
「空木君、頭でも打った? 大丈夫? 何だか変だよ」
俺の口から出た言葉は真実であり、偽りはない。でもただ、普段の俺なら絶対に、言わないことを言っている。




