第一話 六
戻るか。いや、俺が行ったところで、何が出来る?
ただ、紫雲さんの邪魔をするだけじゃんか。
「あぁー! どうしたら良いんだよ!」
階段を降りきった所で、戻るべきなのか、俺は迷う。
でも、紫雲さんだし。
この学校の教職員ならびに生徒の中で、霊魔に対抗出来るのは、紫雲さんただ一人。
『ギュアァァァァ!』
この耳障りな音は、霊魔だろう。聞いたことのない、音のような、声のような、音。
紫雲さん、大丈夫かなぁ。
屋上で戦ってくれている、紫雲さんの助けになりたい。
普通ならそこは、男である以上、守らなきゃいけないだろ!
何かと皆、紫雲さんを嫌っているようだけど、俺は、俺の友情を貫く! 信じる道を行く!
術師なんて、カッコいいじゃん!
「俺は、術師になりたい。術師になって、紫雲さんみたいに、誰かを助けられる男になるんだ!」
行くしかない! 俺は……!
***
降りてきた階段を駆け上がり、屋上の出入り口のドアを勢い良く開ける。
『ギュアァァァァ!』
またこの音。
視界いっぱいに写るのは、黒くて大きい、生き物。
後ろを向いているのか、顔は見えない。
だけど、太く短い足と長い手があることは、ハッキリとわかる。
幾度となく、霊魔を見てきた俺には、恐怖心なんて全くない。
「どうして、戻ってきたの?! 逃げて! 早く!」
霊魔の向こうにいる紫雲さんが、俺に気づいたようだ。
その声は、紫雲さんらしからぬ声。
「ごめん! 紫雲さん! 俺も霊魔と戦う。紫雲さんに助けられていたんじゃ、男として情けない!」
「そんなこと考えないで! 空木君は、非術師でしょ! 何も出来ないじゃない!」
ふと、霊魔が俺の方を向き、その手を振りかざしてきた。
ヤバい。俺は、反射的に避け……。
振りかざされた霊魔の手が、スローモーションに見えてしまったのは、何故だろう。
「金術、金縛!」
いきなり霊魔を、護符が付いたすごく太い有刺鉄線が縛り上げた。
霊魔の唸り声が大きくなり、もがいている。
『ギュアァァァァ! ギュアァァァ!』
「霊魔の動きを止めたから、早く逃げて!」
「でも!」
「空木君に出来ることは、逃げることなの!」
やっぱり、間違っていたんだ。
俺は無力だ。ただ、霊感があるだけ。霊魔を見ることが出来るだけ。
「終わったら、ファミレス行こう! グッドラック!」
カッコよく去れない俺は、紫雲さんを労うしか出来ない。
術師になりたいと言えば、紫雲さんは喜んでくれるだろうか。
俺には、紫雲さんが喜ぶことが何なのか、分からない。
何往復目になるのか、俺は再び、階段を降りていく。