第五話 九
食事を終え、縁側で佇んでいると、水割りのアルピスが入ったグラスを手に、紫雲さんが隣に座った。
「はい。望さんが、一緒に飲みなって」
「ありがとう。俺、かなり眠ってたんだよね?」
「私がここに来た時には、既に眠ってたからね。生きててくれて、良かった」
「葉李に聞かれたよ。どうして、五行術師になったのかって」
「それで、空木君は、何て答えたの?」
「紫雲さんの、助けになりたいって。俺の意志でなりたいって決めたから、後悔はしないって」
もう一度声に出してみると、なんだか、恥ずかしい。しかも、紫雲さんの前で言うのだから。
「私の、助けに?」
「まだまだ未熟で、誰かを助けられるような、術師じゃないけど。俺は、紫雲さんが誘ってくれた日から、後悔なんてしてない。誰かを守れるなら、俺は犠牲になってもいい」
「空木君は凄いね。私なんて、生まれた時から、運命が決まっていたから。自己犠牲なんて考えたこと、なかった」
その時、禍々しい気配を感じた。近くにいる。だけど、悲鳴も轟音も、何も聞こえない。まだ被害は出ていない様子。
「こんな時に、何で出てくるかな。空木君は、ここで待ってて」
「俺も行くよ」
「病み上がりなんだし、望さんを一人には出来ない。私たちに任せて」
「でもっ!」
「前にも言ったでしょ。私、強いから」
紫雲さんの一言に、俺は反論出来ない。そうだ。無力な俺が加わったとしても、足手まといになるだけ。
何でそれを、すぐに理解出来ないんだろう。
「朔君は、のぞみんを守っててよ。いいね、絶対に守っててよ」
「は、はい」
晴斗さんには念を押されるし。今の俺に出来ることは、姉ちゃんを守ることしか、出来ないのか。
紫雲家が霊魔と対峙している間、アルピスを飲みながら、暇をもて余す。
いつの間にか、姉ちゃんが聞いていた曲を変えていた。何処かで聞いたことのある、ピアノ曲だけど、タイトルを知らない。なんだっけ。
「なんて曲?」
「バダジェフスカの『乙女の祈り』。何処かできいたことあるでしょ」
「あ、中学の音楽で聴いたかも。この人の曲は、この一曲しか残ってないとか言ってた」
「バダジェフスカは、若くして亡くなっているけど、幾つもの曲を書いていて。『乙女の祈り』以外の楽譜は、戦火で燃えてしまったのだよ」
「詳しいよね、そう言う話」
「クラシック音楽好きなら、作曲家のことも調べるの。音楽の教育を一切受けずに、『乙女の祈り』を書いたのは、十七歳の頃って言われているのだよ。今の朔と同じ年に」
「天才じゃん。これで、当時のポーランドでは無名だったとか、ハードル高すぎ」
「ショパンがいたからね。仕方ない」
ガタガタと地響きがしたと思ったら、庭に霊魔が襲来。
ここで戦えるのは、俺だけだ。
「姉ちゃん逃げて! 霊魔が来た!」
「どどど何処に逃げればいい?! 外に出た方が良いかい?」
「そうして! 紫雲さんたちが、戻ってくると思うから、早く!」
「また後で会おう! アデュー!」
姉ちゃんが外に出たのを確認して、上着のポケットに入れていた扇を取り出し、動き回る霊魔に向け、すぐさま術を唱える。
『フードゥー。ギギギャ』
「水術、水君!」
霊魔が飛び掛かって来るところを、大量の水で抑え込む。水の中で、もがく霊魔。脱け出そうと、黒い波動を放ってみたり。運良く回避出来て、ある意味命拾いをした。
「水術、泡沫!」
バババッと、弾ける大量の水。霊魔の核の位置は分からない。やっつけで攻撃していく。
霊魔を包んでいた、大量の水が弾け終わると、霊魔の姿がまだある。核を狙えなかった。
「火術、烈火!」
超近接技。火術の烈火。扇を刀のように振り下ろし、核を攻撃する。間合いを詰めて攻撃しなくてはいけない。
『ギャジィ。ギギギャ!』
「ヤベッ!」
間一髪。避けることが出来たけど、黒い波動を放ってきて、間合いを詰めることが出来ない。
「空木君、しゃがんで!」
紫雲さんの声が背後から聞こえ、その声に従う。
もう退治出来たんだ。羨ましい限り。
「木術、花舞!」
大量の綺麗な花びらが、霊魔を包む。動きが止まり、徐々に小さくなっていって、弾けるように消えていった。
「どういう事? え、何これ?」
「木術の花舞。これは、霊魔の邪気を祓う術なの。核を破壊する方が簡単なんだけど、邪気を祓っても、霊魔を退治出来るの」
「スゲー! そんな術があったんだ!」
「風吹さんが、邪気を祓う術を使うの。五行術とは違う術なんだけどね」
やっぱり俺は、一人では退治出来ない。不甲斐ない俺だけど、紫雲さんは俺を受け入れてくれた。
いつか、紫雲さんと同じくらい強くなりたい。




