第三話 九
「その血を、盃の中へ」
言われるまま、俺は、盃の中へ血を一滴落とした。この後は、促されるまま、この盃の水を飲むだけ。
両手で盃を手に取り、一口で。ゴクン。
盃を置き、紫雲さんを見やると、その表情は微笑んでいた。
「これで、空木君は五行の力を手に入れました。五行術師として、これから、術を全て覚えて貰います」
「はい。ご指導、よろしくお願いします」
「お茶でも飲もうか。術を教えたいし」
「おぉ、早速ですか。紫雲さん」
「ちょっと待ってて。今、麦茶を……」
これだけで良いのかと思ってしまうほど、とても早く終わった儀式。
麦茶を持ってきてくれた紫雲さんから、この後、術を教えて貰う。
「どうぞ。飲んで」
「頂きます。おぉ、冷たい。お店、大丈夫?」
「大丈夫。儀式が終わったらって言ったけど、開店までまだ時間あるし」
「昨日は、ありがとう。全然気配に気づけなかったから、姉ちゃんと同じく地震だと思った」
「実は、私たちも気づけなかったの。揺れた後に気配を感じて……。私も術師として、まだまだだよ」
「そんなことない! 俺、何度も紫雲さんに助けて貰ったし」
紫雲さんは強い。何度も俺を助けてくれた、命の恩人。まだまだなんて、思えない。
「さっきも話したけど、今朝の新聞のコラムでさ、霊魔と術師について書かれてたんだ。紫雲家以外にも、東雲家が術師として生きているんでしょ?」
冷たい麦茶を一口。何故か異様に喉が渇く。さっきの水のせいだろうか。
「東雲家は、明治時代くらいから、世継ぎが霊魔を見ることが出来ず、非術師なの。五行術は、遺伝子で後世に残るはずなのに、紫雲家を除いた三つの家系は残らなかった。コラムを書いた人は、その事を知らなかったんだね」
「不運と言うべきか否か。鬼の話もしてたけど、天界から来たのが鬼なんだよね? 悪魔を退治するために来たはずなのに、現代まで鬼は悪者にされて、豆まきの風習まである」
「五行術師が、歴史的文献に残っていたなら、本当に悪いのは、人間の欲から生まれた悪魔であり、負の感情から生まれた霊魔である。だけど、何も残っていないから、真実とは異なる話が広まってしまった」
何が本当で、何が間違いなのか。それは、研究者が調べても、当時を知る者でない限り、誰も分からない。
「そろそろ、五行の力が空木君の身体に、染み込んで来たかな。喉渇くでしょ?」
「めっちゃ渇いてる。何で?」
「理由は分からないけど。儀式の後、喉が渇いているなら、五行術が授けられた証なんだって」
「不思議だねぇ。もう一杯貰っても良いですか?」
「いいよ。持って来るね」
巫女さんのような紫雲さんは、とにかく可愛い。
いつも制服でしか会わないから、そう思うのかもしれないけれど。




