第二話 三
「おわぁっ!」
ベシーン!!
「いって~!」
地面が強く揺れて、走っていた俺は、手をつく間も無く、地面に倒れ込んだ。勿論、手はついていない。
つまり俺は、顔面には擦り傷やら何やらが、出来まくっているのだ。
でもこれ、デジャブなのか? つい最近も、同じような事があった気がする。
なんか、最近あったんだよな……。
――空木君、大丈夫?!――
「平気平気。紫雲さんは、何もなかった?」
――私は大丈夫。もうすぐトンネルでしょ。走れるようなら、走って抜けて――
「了解でーす」
トンネルは、もう目の前。
起き上がり、ここを抜けて、紫雲さんと合流したい。
よーく見てみると、トンネルの脇に名前が書かれている。
『三ツ時トンネル』。これが、このトンネルの名前みたいだ。
ん? 三ツ時?
そうだ。夢の中でも、同じ名前のトンネルを見たんだ。でも、確証が無いのが、悔やまれる。
とにかく、このトンネルを抜けなければ、話は始まらない。
一歩踏み出し、また一歩と、歩みを進めていく。
トンネルの中は、思いの外広くて、冷たい空気が流れていた。
夢の中では、トンネルの入り口前に立っているだけの、不思議な光景だけ。
あれは、何だったんだ……?
考えてる場合じゃない。
光りの方へ何かに導かれるように。ただ、考える事をやめて、トンネルの出口を、ひたすら目指した。
『ここに居るのは、お前だけか?』
背後から聞こえたのは、テノールボイスよりも少し低い声。
しかも、振り向けない俺の左肩に、声の主は、右手を置いている。
「お、お前は、誰だ?」
置かれた右手に視線を送りながら、俺は、恐る恐る問う。
『俺様を知って、どうするつもりだ?』
「知る権利が、俺には、あるだろ」
自分でも驚くくらい、声が震えている。
『そうだなぁ。うーん。何と言えば、お前は納得する?』
「不審者。それだけで、納得する」
『そうか。俺様を見ずに、不審者か。不審者ならば、おかしい話だと思わないか?』
「どういう意味だ?」
『ここは、霊魔の造り出した幻覚の世界。同一の世界に、別の人間が二人、存在出来ると思うのか?』
「わけがわからない。俺は、幻覚の世界から出たい。だから、お前との会話をしている余裕はない」
肩に置かれた手を無理矢理放し、俺は出口へ。
『まぁ、待て』
声の主は、俺の頭上を意図も簡単に飛び越えると、俺の目の前に姿を現し、立ち塞がるように、俺の行く手を拒む。
「退けよ」
『まだ、分からないようだな』
右に避けても、左に避けても、声の主は、先には進ませてくれない。
何なんだよ。コイツは。
『取引をしようじゃないか』
「は? 何で?」
『俺様は、この幻覚世界を破壊する力を持っている。使い方次第では、善にも悪にもなる力だ』
「だから?」
『欲しくはないのか? 無力なお前に、幻覚世界を、破壊するだぞ?』
「もし、仮に俺がその力を貰うとして、俺はお前に何を渡せば良い? 何も持っていない俺とでは、取引は成立しない」
『それはそうだな。では、こうしよう。もし、また何処かで会えたなら、取引するとしようではないか』
差し出された右手をよく見ると、人間のものとは違う、この世に存在しないような、赤みの強い、俺よりも一回り大きな手。
俺はその手を握らず、出された手に一度視線を送り、そして、声の主に視線を送る。
「お前が例え良い奴だとしても、悪い奴だとしても、いつ会おうと取引はしない。俺は先を急ぐから、お前も急いで出ろよ」
じゃあな。と、謎の男に一言残し、俺は長いトンネルを駆け抜けた。




