第一話 一
誰もいない昼下がりの屋上は、俺にとっての唯一の居場所。と、言っても過言ではない。
寝そべって、大きなビー玉越しに見る、晴れた空が、俺の癒しだ。
「あ、先客……」
女子の声が聞こえ、上体を起こしてみると、出入り口のドアの前に、見慣れないボブヘアの女子の姿が。リボンの色からして、同い年。
しかも、弁当の包みを持っているところからすると、まだお昼を食べていないのだろう。
「ここで、食べたくて。確か同じクラス。だよね」
彼女に言われるまで気づかなかった。そう言えば俺のクラスに、いたような気がする。
名前は確か……。
「紫雲さんだっけ。えっと。俺は、同じクラスの空木。空に植物の木で空木。食べたければ、ここで食べれば? 俺くらいしかいないし。気にしなくて良いけど」
「それじゃあ、遠慮なく」
紫雲さんはそう言うと、出入り口付近のフェンスを背もたれにして、俺から距離を取った所で、弁当の包みを開けた。
それを見た俺は、引き続き、ビー玉越しの空を見る。
無言の空間。空間と言っていいのか、わからないけれど。何を話せば良いのかわからず、何も話せないまま、時と雲だけが流れて行く。
「紫雲さんは、空を見るの好き?」
何を聞いているんだ、俺?!
今日出会ったばかりの女子に、何を聞いているんだ?!
「空……。今日は晴れていて、心地いい風が吹いてる」
「春風、気持ちいいよね」
そして再び、無言の間。
「空木君は、空見るの好きなの?」
「好き。唯一の癒しだから。息苦しい日々から解放してくれる感じが、俺は好き。それにさ、独りになれる」
初めてだった。
ただ、空を見るだけの事を、誰かに話したのは。
「俺さ。初めてこの話を、誰かとしたよ」
「私も、誰かとこんなに話をしたの、初めて」
ぎこちない空気が、俺たち二人を包み込む。
「最近ニュースで騒いでいるけど、何かの封印が解かれたらしいじゃん。紫雲さん知ってる?」
「霊魔の事? それなら知ってる」
「霊魔って何なんだろうね。悪霊みたいな奴?」
「悪霊よりは、魔物って言った方がいいと思う。本で知っただけだから、詳しくは言えない」
「魔物か。そんなのを封印した昔の人って、凄いな」
「封印とか祓う力を持った人は、大昔はいたみたい。陰陽師とかその類いの人達が。現代はいなくなったけど」
キーンコーンカーンコーン。
タイミング悪く、ここで昼休み終了の予鈴のチャイムが、鳴り響く。
はぁ。と、ため息をついて上体を起こし、紫雲さんの方を見ると、紫雲さんは、青く澄み渡る空を見上げていた。
「この空を、失くしたくない」
紫雲さんがそう呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。聞き逃したくとも、聞き逃せなかったから。
多分この時、俺たちの運命は決まってしまったのだろう。