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91話

 教会に行きノトにフィオネさんとの話を伝え、本人の同意も得て彼女もコンカドルへと行くことになり。それから、みんなでご飯を食べに行ったり、最後だからともう一度街を散策してみたりして。

 そんなこんなしていると、王都最後の一日はあっという間に終わってしまった。

 眠りから覚め、朝日を浴びながら俺は昨日を振り返る。

 なんだか感傷的な気持ちになってしまうな。でも、別に二度と王都に来れないというわけでもないんだ。暫くして、また行きたくなったら行けばいいだけのことだし、あまり悲しまないでおこう。

 のそのそと起きてきたみんなと朝ごはんを食べて、宿を出ると教会を目指す。

 中に入れば、朝日に照らされて輝くステンドグラスが出迎えてくれた。見る限りでは教会内に人は居なさそうだ。

「おお、これはこれは」

 ステンドグラスの下、小さな机に俯いて本を読んでいた大司祭が顔を上げる。

 足音か話し声か。何かで気づいてくれたのだろう大司祭が、俺達を見て目を細めた。

「これから帰られるのですかな」

「あ、はい。今から王城に行って、それからです」

 昨日教会に行った際、当然彼とも顔を合わせたので、その時に今日帰るのだということは伝えてあった。

 俺の返事を聞くと、大司祭はすぐにあるものを持ってきてくれる。

「これを。頼まれていたものです」

 棺のような形をした木造りのそれ。厚みはそれほどなく、肩から提げられるようにだろうショルダーストラップが付いている。

 剣状態のノトを入れるための入れ物だ。昨日ほぼ完成していると聞いていたけど、実際に見るのは初めてだな。

「おお……! ありがとうございます!」

 受け取ると、しっかりとした重みがあった。ノトを入れればそこそこの重量になるだろうが、この感じじゃ持てないほど重いってことはなさそうだ。

 これがあれば、心配せずにノトを外に連れ出せる。いや、リスク的にどこそこに連れ回すことは難しいかもしれないけど、必要な時に周りの目を誤魔化すにはかなり役立つだろう。

 前は布でくるんでたけど、あれじゃかなり目立つからな。木造りってのもあって、目立たなくて良い。

「彼女と相談して作りましたから、大きさは問題ないはずです」

 満足気に頷く彼に、俺は頭を下げる。

「ありがとうございます、すごく助かります」

「いえいえ。これくらいなんてことありませんよ」

 彼はにこりと微笑むと、階段の方へと視線を移した。

「彼女も待っていましたよ。外に出ることなんてありませんでしたから、昨日から楽しみにしていたようです」

 はやく迎えに行ってあげてください、とそう話す大司祭に軽く頭を下げて、俺は階段へと向かって足を踏み出す。

 ……と、その前に。そうだ、と俺は後ろへ振り向いた。

「あ、みんなはここで待っててくれよ」

「え?」

「全員で行ってもぎゅうぎゅう詰めになるだろ? 要件も要件だし、俺だけで済ませてくるよ」

 ノトをこの入れ物に入れて、下に降りてくるだけだ。それくらいなら俺一人で十分だろう。

「それもそうね。わかったわ」

「いってらっしゃい、マスター」

 みんなの同意を得て、俺は一人で階段を上っていく。毎度ぎしぎしと軋むこの木の階段とも、暫くはお別れだな。

 上について、すっかり見慣れたドアを開けば、ソファにもたれかかっていたノトと目があった。

「おはよう、ノト」

「あ、マサヒト! 来たんだね!」

 声のトーンから、確かに本当に楽しみにしてたんだなと分かる。まあ、昨日ノトに話した時点から、だいぶテンションが上がってたけど。

 ノトは、何百年とまともに外に出たことが無いんだ。そりゃテンションも上がるってもんよ。

「それ、僕が入るやつだよね」

 入れ物を指さして聞く彼女に、俺は頷いて答える。

「ああ、さっき受け取ったんだ」

 俺が言い終わるよりも先に、立ち上がったノトが駆け寄ってきて。

 そして、俺の手を握ってくる。細い指が絡み、少し冷たい感覚が直に伝わってきて、ちょっとびっくりしてしまった。

「ね、早くしよ?」

 俺の目を見て訴えかけてくる彼女を見ると、なんだか遠足前日の夜を思い出して懐かしくなる。 

 よほど楽しみなんだろうなあ。それじゃあ、ノト自身もこう言ってることだし、さっさと用事を済ませちゃおう。

 薄い手を握り返すと、一瞬閃光が走る。目を開ければ、右手には大剣が握られていた。精剣特有のこの工程にも、もう随分慣れたもんだ。

 一旦全部を地面において、棺型の入れ物をぱかっと開く。空洞になっているそこに剣となったノトを入れれば、ピッタリのサイズ感で収まってくれた。

「バッチリだな、これ」

『良かったー。入らなかったら大変なことになってたよ』

「だな」

 ベストなサイズ感で作ってくれた大司祭に本当に感謝。

 心の中で手を合わせつつ、俺は入れ物の蓋を閉じて。それをよいしょと持ち上げると、肩から背負うようにしてかける。

「うん、いい感じだな」

 特に問題なし。剣を入れたら重みに耐えきれずに入れ物が崩壊、とかもなし。

『重くない? マサヒト』

「ああ、そこそこ。でも全然だよ」

 持てないってほどじゃないな。背中側にあるわけだけど、ひっくり返りそうな重量でもない。

『へへ、ダイエットしなきゃいけなくなるところだったよ』

「……それ、剣の状態で効果でるのか?」

『えへへ……冗談だよ』

 冗談かよ。

 ていうかそもそも、精剣って体重変わんのかな。みんな食事は普通にしてるけど……。謎パワーで太らない可能性は大いにある。

 そんなどうでもいいことを考えながら、俺は部屋を出て階段を降りた。今までありがとうと階段にもお別れをしつつ、みんなのところへと戻ってくる。

「お待たせ」

「おかえり、マスター。その感じじゃ結構良さそうね」

 入れ物を指して言うリオに、俺は頷いて返す。

「ああ、結構いい感じ」

「それは良かった。作ったかいがありましたよ」

 そう言って、大司祭は目元にシワを寄せる。

 ふと気になって、俺は大司祭へと疑問を投げかけた。

「あの、今作ったかいがあったって言いましたよね」

「ええ」

「もしかして、自分で作ってくださったんですか……?」

 俺のイメージだと、なんというかこう、下請けとかに頼んでくれたみたいな、そんな感じだったんだけど。

 だってそうだろ? そもそも大司祭っていう立場が立場だし、それに彼はある程度お歳を召しているわけで。見た目だけで言えば、お正月にこたつでみかんを食べる姿が想像できる、至って普通の優しそうなおじいちゃんだ。

 だが、俺の予想とは裏腹に、大司祭は首を縦に振った。

「ええ、私が作りましたよ」

 ま、まじかよ。

 驚く俺の目の前で、大司祭は力こぶを作るようにして腕を曲げる。

「まだ元気が有り余っておりまして」

 服を着てるから分からないけど、マジで力こぶがありそうな雰囲気があった。

 にしてもすごいな、これ自分で手作りって……。だいぶしっかりした作りだぞ、これ。

「すごいですね……」

「尊敬いたしますわ」

「ほんと、マジでありがとうございます」

 大司祭の健康さに、みんなで仲良く驚きつつ。

 ある程度早くに宿を出ているとはいえ、ゆっくりと雑談をしていて王城への到着が遅れたらまずい。

 俺は入れ物を背負い直すと、改めて大司祭に向き直った。

「それじゃあ。そろそろ、行きます」

 なんだか、話の流れを切るようで申し訳ないな。

 俺が言うと、大司祭は柔らかな口調で返してくれる。

「ええ。お忙しい中、来ていただいてありがとうございました」

「いや、こちらこそ。滅茶苦茶助けてもらって、ほんとにありがとうございました」

「またお時間があれば、お越しになってください」

 俺に続いて、精剣たちも順々に礼を述べていった。

 最後にぺこりと、俺は頭を下げる。そうして背中を向けようとした瞬間に。

「……あ、すいません。伝言があるみたいで」

 脳内に響いた声に従って、俺は振り返った。

 一応、名前は伏せて言った。だがすぐに、大司祭は意図を察してくれたようで。

「ええ」

 頷く大司祭に、ノトが話したことをそっくりそのまま口にする。

「今まで、ありがとうございました――って」

「……ふふ」

 彼の表情がより一層ほころぶ。

「お元気で、とお伝え下さい」

 ノトはそれ以上何も言わなかった。

 そういえば。彼女は以前、会ったことのある人物として大司祭とその他の人物を上げていた。だがそれに加えて、大司祭以外は全員亡くなってしまった、とも話していた。

 きっと何年も、いや、何十年もの間、ノトにとっては唯一会話を交わすことができる人物だったはずだ。

 今になって気づいたが、俺は大司祭とノトの関係をよく理解していない。

 もしかしたら……。

 いや。きっと間違いなく、ノトにとっては大事な存在だっただろう。

 さっき、俺に礼を伝えてくれと話したノトの声は、震えていた。

「あなた達に、神のご加護があらんことを」

 大司祭は手を組むと、顔を伏せた。

 もう一度、感謝を込めて頭を下げてから。

 大司祭を祈りを背に、俺たちは教会を後にした。

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