61話
時間が流れ。
ご飯を食べ終えた俺たちは宿を出て、入口近くで集まっていた。
「それじゃあ、どうする?」
リオの問いに、俺はとりあえず目の前に広がる王都を雑に見回してみる。
俺達が泊まっている宿、その前にある道は王都を真っ直ぐと貫いていて、その王城へと繋がっている。まあ要するに中央街とかそういう類の通りで、となれば、ここを歩いていけばある程度間違いは無いだろう。
「何も決まってないから、とりあえず道に沿って歩いてみようかな」
そういうわけで、俺達は石畳の上を歩き出す。のんびりと足を進めながら、俺は辺りに視線を投げる。
それこそ、宿屋がいくつかあったり。レストランのような場所には人が並んでいるし……。
「お、あれ」
目に入ったお店の前に立つ看板には、でかでかと剣のマークが記されている。その下には異世界の言語で武器屋と書いてあった。
実は、前々からちょっと行ってみたいなって思ってたんだよな。なにせ俺が生きていた日本という国には、当然武器屋なんてものは無かったから。
「なに、マスター」
いつの間にか隣に並んでいた白百合が、俺を見上げるようにして首をかしげていた。
「あそこ、武器屋があるだろ? ちょっと行ってみたいなって思っててさ」
武器屋を指さして、俺はそう答える。
と、白百合はなぜか俺の手を握ってきた。
彼女は割と強めな力でしっかりと手を握ると、そのまま俺の目をじっと見つめてくる。
「マスターは、武器が欲しい?」
「え?」
その意図が読めず聞き返せば、白百合は続ける。
「マスターは、私が守る」
「ああ、ありがとう」
「だから、武器屋の剣なんか、必要ない」
「……あー」
なんとなく、分かった気がする。
俺が白百合の頭を撫でると、彼女は目を細めてそれを受け入れた。
「ただ興味があっただけだよ、白百合がどうとかじゃなくて」
「……うん」
心配、だったのかな。もしくは、表情から読み取るに――嫉妬とか。或いは、それに似た感情。
俺が新たな剣を買って、自分がお役御免になるのではないかと思ったのかもしれない。
いくら上質な武器屋でも、白百合達精剣に叶うような剣は無いだろう。行ったこと無いから断言できないけど。
「案外、私よりも強い剣があるかも知れないわねー」
後ろから、リオがわざとらしい口調でそんなことを言ってくる。振り返れば、彼女はにやりと口元を緩ませていた。
「いやいや、無いだろ」
「そうかしら?」
「精剣よりも強い剣が市販されてる世界とか恐ろしいよ、俺は」
そんなやり取りをしていると、その横で、アサツキさんが口元を着物の袖口で抑えながら声を漏らす。
「ふふ……リオ、そこまでにしておきなさいな」
「はいはい」
笑いながらリオは引き下がって、俺は息を吐きつつ正面に向き直る。
助かった。
リオは何故かにやにやしてるし――いや、多分からかってるだけだろうけど。白百合は相変わらず俺の手をしっかりとぎっちり握りしめてるし。
ここでアサツキさんがその流れに乗ってきたら、俺はどうすれば良いのかわからなくなる所だった。
ともかく、武器屋は無し。その他でいこう。
武器屋を観光対象外へ設定した俺は、適当に目線を滑らせていく。
「……お」
そうして見つけた店の前に立つ看板には、分かりやすく洋服のマークとともに、簡潔に”服”とだけ表記があった。
非常に分かりやすくて助かる。
「なあ、服屋とか言ってもいいか?」
「別に構わないわよ」
俺が聞けば、精剣たちは各々頷いてくれる。
そういうわけで、俺たちは服屋を目指して少しの距離を歩く。扉を開けて、俺たちはその中へと入っていった。
オレンジ色の柔らかい明かりが、店内に陳列された様々な洋服をライトアップしているようだった。見た感じじゃ、結構な種類があるようにみえる。
「でもマスター、なんで服屋?」
小首をかしげるリオに、俺は意図を話す。
「いや、なんでというか……ほら、俺同じ服ずっと着てるしさ」
流石に洗濯等はしているが、そういう問題でもない。
元々、俺は別に服にバリエーションを持たせるようなおしゃれな人間ではないけど。いくらなんでもずっと同じ服を着回すというのはどうかなとも思うわけだ。
なので、折角なら新しい服でも買おうかなと。精剣達のお陰で、クエストを沢山こなせていたのでお金にもかなり余裕があるし。
「ふーん」
納得しているのかしていないのか、リオはそう相槌を打つと、ふと思いついたといった様子で。
「あ、そうだ。なら私が選んであげようか?」
「え?」
突然の提案に、一瞬驚いたものの。
「嫌かしら?」
「いや、普通に有り難いけど」
俺は服を選ぶのが得意な訳では無い。特段下手という訳でもない……そう思いたい。きっと下手な訳ではないはず。
が、選んでくれるというのであればそれを否定する気もない。むしろ有り難いな。
「なら決まりね」
どこか張り切ったような様子でリオはそう言う。と、隣でそれを聞いていた白百合が。
「私も選ぶ」
「え、白百合も?」
彼女は握っていた俺の手を離すと、じっと俺の目を見る。
「任せて」
「……ああ。ありがとう」
人が多いに越したことはない。その提案は有り難く受け入れさせてもらおう。
ってか、なんというか白百合まで張り切っているような気がする。それ自体は有り難いんだけど、俺の服ごときでそんなにやる気にならなくても……。
そんな風に考えていると、またもやリオが。
「そうだ」
彼女は手のひらをぽんと叩いて、提案を口にする。
「じゃあ、私と白百合で、どっちの洋服がいいか勝負しない?」
「ええ……?」
「望むところ」
突然かつ謎の対戦申込みに困惑する俺は完全に置いていかれてしまっていた。
白百合とリオ、二人の目からはメラメラと闘志の炎が燃え盛っている――とは流石に言いすぎだが、まあまあなやる気は感じる。
「ふふふ……」
この状況を面白がっているらしく、アサツキさんは面白そうに笑っている。
「じゃあ、アサツキは審判ね」
「ふふ。ええ、いいわよ」
振り分けられた役割を請け負ったアサツキさんは、それこそ審判よろしく、対戦の火蓋を切って落とした。
「それじゃあ、試合開始ね。二人共頑張って」
いや、そんな熱い戦いではないので、火蓋を切って落とすなんて表現は明らかに適切ではないのだが。
勝負に挑む二人はこくりと頷いて、各自服を選びに行ってしまった。
「……なんか、置いてけぼりなんですが」
俺がぼそりと呟くと、相変わらず楽しそうなアサツキさんが。
「楽しみねえ。マスターさんがどんな服を着ることになるのか」
……まあ、特段俺が選びたかったってわけでもないし。
みんななんか楽しそうだし、いいか。
胸中で勝手に納得しつつ。
俺は店内を見て回る二人を横目に眺めながら、適当に洋服を見て時間を潰すのだった。




