04. 勇者救出
栄治が封印されてるダンジョンはあまり難易度が高いダンジョンではなかった。
出てくるモンスターもゴブリンやオーク、グレイウルフと言ったランクの低い冒険者でも十分に対応できる様なダンジョンだった。
階層も浅く、10層までしかなく、ルカ達は散歩感覚でゆっくりとした足取りで栄治がいる最下層へと向かって行った。
「って言うか、王国の奴らはなんでこんな簡単なダンジョンにエージを閉じ込めたんだ?」
ヤリクはあまりにも手応えのないこのダンジョンに、何故勇者である栄治が閉じ込められたのかを疑問に思った。
「ダンジョンのコアは、ランクが低いダンジョンや階層が浅いダンジョンの方が制御しやすいんだ。門になる特殊なコアがあるダンジョンも、全部で5階層と言った浅いダンジョンだぞ?」
「って事は、王国の奴らがここのダンジョンのコアを制御してエージを閉じ込めたって事か?」
「大まかに言えばそうだな。ダンジョンコアを制御する方法は2つある。1つは人間にダンジョンのコアを植えつけるヤツだ。この方法だと、コアを植え付けられた人間を介し魔道具を利用してダンジョンを制御する。コレは門を設置したダンジョンで取られた方法だ。2つめは、このダンジョンの様に外からダンジョンコアへと封印をかける方法だ。封印されたダンジョンの中では、中に入っている人間も外へと出ることができなくなり、ダンジョン自体が大きな棺桶の様になってしまう。終いには、中に閉じ込められた人間次第で、ダンジョンの中に充満した魔素によって、魔核が大量の魔素を処理しきれなくなり、モンスターになる場合がある。リッチやデュラハンはそれのいい例だな。だから、冒険者のランクに合わせて推奨されているダンジョンが決められているんだ」
「そんな推奨されているダンジョンの裏事情なんて初めて知ったわ・・・そんじゃ、封印を解くのが遅れてしまったらエージはモンスターになってしまうって事か?」
「まぁ、あのバカは一応勇者なんだし、あのバカに限ってモンスターになる事はないと思うが、先に餓死か老衰するだろうね」
ヤリクは、ルカの説明を聞いて眉間にシワを寄せた。
「ってなると、エージの場合、餓死決定だろ・・・んん?そうなるとエージが閉じ込められてから何日目になるんだ?ルカが王国に戻ってくる3日前に連れ去られたから・・・今日で5日めじゃねぇか!?」
「だろ?さっさとここへ来て良かっただろ?」
「お前、一応アイツの師匠みたいなモンだろ?扱いが酷くねぇか?」
「だからこうして急いで来たんだろうがっ!」
「いでっ!」
ルカは怒りを発散するかの様にヤリクのお尻を蹴り、ヤリクは蹴られたお尻をさすりながら、なんで蹴るんだよ?と言いたげな恨めしい目つきでルカを睨んだ。
そうこうしている内にルカ達は最下層のボス部屋まで辿りついていた。
「場所的に、エージはここの奥にあるダンジョンコアの部屋に閉じ込められている筈だ。クレシア、速攻でボスを倒してくれ」
「まっかせて〜!」
ルカとヤリクでボス部屋の巨大な扉を押し開き、クレシアは首や足をポキポキプラプラさせながら、腕に嵌めているガントレットの拳同士をガキンガキンと打ち付けていた。
「よし!行ってこい!」
「いってきまぁ〜す!」
扉の向こうにいるボスモンスターは筋肉ムキムキのゴブリンキングであり、身体の大きさは3m程で、両手にショートソードを持っていた。
クレシアは、ルカとヤリクが開いた扉の間を駆け抜けて行き、すぐにゴブリンキングの懐へと入って密着した。
いきなりクレシアによって距離を詰められたゴブリンキングは、焦る様に両手に持っているショートソードをクレシアへと向けて振り下ろした。
しかし、クレシアは、両腕のガントレットを使ってゴブリンキングの振り下ろされた2本の剣を自身の身体の右側へといなし、両腕が下に下がってしまったゴブリンキングの右の脇腹へと向けて左のフックを繰り出した。
「聖職者ぁぁぁ。パァ〜ンチ!」
ゴッ!
クレシアから繰り出された、スキルも何も使っていないただの左フックは、ゴブリンキングの巨体を浮かせ、くの字に曲げて吹き飛ばした。
「とっどめだよぉ〜!」
クレシアは吹き飛んだゴブリンキングへと向かって、左足と左手をを前にして右腕を引いて右の全ての指をピンと伸ばし、まるで弓を射る様な格好を取った。
「【聖槍】!」
超高速で放たれたクレシアの右の貫は、まるで白い槍の様な一条の斬撃となって飛んで行き、ゴブリンキングの身体を容易く貫いて大穴を開けた。
クレシアによって貫かれたゴブリンキングは、黒い光の粒子となってその姿を消滅させ、地面へとコアを落とした。
「おっ!魔石はっけーん!」
クレシアはドロップしたピンポン球ほどの大きさのゴブリンキングのコア拾い上げ、嬉しそうにポケットの中へと突っ込んだ。
「さぁ、早いとこバカ勇者を起こしにいくわよ!」
ルカはボス部屋の奥にある白い巨大な扉へと手をかけて押し開いた。
扉の中は、光る灰色の天井、壁、床のそれぞれが2m程はある正四角形の一直線な通路で、床は中央に1段高くなった1m程の幅がある青白く光る敷石の様になっており、シンプルながらも、圧倒される様な神秘的な光景が廊下の先までずっと続いていた。
「相変わらず謎な造りになってんなここは・・・」
「私は好きだよここぉ!なんか、聖なる気が溢れている感じがするしぃ」
「それはアンタの気のせいよ!ほら、ぼさっとしてないで行くわよ」
ルカ達は青白く光る敷石の上を足早に歩いて行き、廊下の先にあるコアの台座へと到着した。
そこには、立ったままの状態で、壁に両手を杭で打ち付けられて十字に張り付けにされた栄治が、ダランと力なく体を伸ばしていた。
「エージ!?しっかりして!」
栄治が壁へと張り付けにされている姿を見たルカは、急いで栄治の下へと駆け寄り、下を向いている栄治の頬を触って顔を上げさせた。
「クレシア!ハイヒールを!ヤリクは収納から食べ物と水を出して!」
「ルカ!食べ物より先にこの手に刺さっている杭を抜くぞ!【身体強化】!」
ヤリクが身体強化を使って栄治の掌に刺さっている杭を抜こうとしたが、杭はピクリとも動かず、ルカは、身体強化状態のヤリクとピクリともしない杭を見て、栄治の手に打ち付けられている杭を魔道具と判断した。
「無駄よヤリク。この杭はスキルや魔力を封じ込める杭だわ・・・スキルを使ってこの杭を抜くことはできない・・・スキルは全てレジストされてしまうわ・・・」
「二人ともどいて!私がコレ抜くから!」
そんな二人のやりとりを見ていたクレシアは、栄治の左手に刺さっている杭へと手を伸ばし、自身の素の力に任せて杭を引き抜いた。
「フッ!ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!」
「グガぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
クレシアが、力に任せてゆっくりと杭を引き抜くと、意識を失っていた栄治が、杭を抜かれた痛みによって瞬間的に覚醒し、悲鳴を上げた。
片方の杭を抜かれた事によって栄治は身体の支えを失ってしまい、右手に残っている杭にぶら下がる様な状態になろうとしたところ、ヤリクが栄治の身体を横から抱き留めて支えた。
「エージ!後一つだから少し我慢して!」
ルカが栄治の頬へと手を当て、励ます様に声をかけながら、クレシアへと視線で合図を送った。
ルカの視線を見たクレシアは、軽く頷き、残っている右手の杭を引き抜いた。
「グぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「ガァァァァァァァァァァァァアァ!!」
カランカランカラン
クレシアが引き抜いた杭は、長さが30cm程もあり、コレを王国の兵達によって最後まで打ち抜かれていた時の栄治の苦痛は、想像を絶するモノであったことが杭の長さを見る事で窺い知れた。
「【ハイヒール】!」
栄治の手から杭を抜いたクレシアは、栄治の身体へと向けてハイヒールを使用した。
すると、栄治の手に空いていた大きな穴がみるみる塞がっていき、栄治の顔は安らかな表情となってスースーと寝息を立て始めた。
「これで、一先ずは大丈夫だろう。さぁ、私達もここで休息にしよう。幸い、コアルームにはモンスターは来ないしな。外へと出るにも異世界の事情を知らずに出るのは危険だし、王国軍と鉢合わせになった日には戦うしかなくなるからな。取り敢えず、ここにいるのが安全だ」
「それじゃ、私、ご飯つくるねぇ〜。ヤリクぅ。材料だしてぇ〜。エージが起きた時の為にご飯作るからぁ」
「あぁ」
「エージは私が見ていよう。ヤリク、手があいているのであれば、一つ頼まれてくれんか?」
ルカはエージを膝枕しながらヤリクへと顔を向けた。
「なんだ?」
「このダンジョンにいるモンスターを倒して、できるだけ多くの魔石を集めて来て欲しい」
「まぁ、雑魚しかいないから全然いいけど。集めた魔石を何に使うんだ?」
「グルゥヴァー出すのぉ!?」
「出さん!」
「け〜ち・・・」
クレシアはルカの即答によって撃沈した。
「んで、何に使うんだ?」
「私の考えが正しければ、ダンジョンがこの世界へと転移する前に、何も知らずにダンジョンへと潜った冒険者達が大勢いる筈だ。私はその者達を集めてコミュニティーを作ろうと思う。そしてエージにこの世界の知識や常識について教えてもらい、その者達をこの世界でも生きていける様に支援したい。その為に冒険者達を探す魔道具を造る」
ルカの顔はどこか必死であり、ヤリクから見たルカは生き急いでいる様に見えた。
「おい。コレはお前が全てを背負う事じゃない。偶々、お前が考えたモノ、造ったモノが王国によって悪い方向に利用されただけなんだ。だから、お前がそんな顔するな」
ヤリクから見たルカの顔は、いつもとは違って余裕が全く無くなった様な顔をしており、ルカはヤリクの言葉を聞いて顔を俯かせた。
「俺達はパーティーなんだ。家族も同然だろ?お前が背負いきれない分は、俺達にも背負わせろ。お前の手が足りない場合は、俺たちの手を使え。だから、もっと俺達を頼ってもいいんだ」
下を俯いているルカは静かに涙を流しており、袖で涙を拭うと、少し吹っ切れたかの様にヤリクへと向けて顔を上げた。
「ガキが言う様になったじゃないか。それなら私の為に沢山働いてもらうから、覚悟しておくんだな!」
「へーへー。お手柔らかに。まぁ、どうせ、そのバカがお前の手足となって率先して働いてくれるだろうさ」
「フフフフフ。違いないね」
ルカは、自身の膝の上で無防備に頭を預けて寝息を立てている勇者の顔を見下ろしながら優しく微笑んだ。




