対巨大イノイノ
森の中に入ったから、といって状況が好転する訳でもなく、木をなぎ倒して直線的に動けるあいつと、森の中に慣れてない私だと向こうの方が圧倒的に優位だった。それでも木が視界をふさいでくれいているおかげで楽になってないとも言えないくらいだが。
……さて、どうしたものかな。
あの巨体を相手に使えそうなトラップか……。仮にロープで足止めをしようとしても、結んでいるロープが持つかどうかもわからないし、なんなら先に木のほうが折れたりするかもしれない。固定しないトラップなんてあったけな……。
七色の橋にはトラップの種類はたくさんある。戦闘中に使うと相手を1ターン休みにする物や、攻撃を無効化して相手にダメージを与える物、フィールドで使うと一定時間でアイテムが手に入る物など多岐に渡る。トラばさみや落とし穴といった浮遊している相手には効かないものから、糸を張りそれに触れると爆発したり矢が射られる、といった浮遊している敵に効くものまである。
近づかれたくないので矢で射るトラップで攻撃してみようかと考えたけど無理だった。ゲーム内ならアイテムを気にせず技として発動できたのに、この世界だと手元にないと発動できないらしい。確かにゲーム内では矢や投げナイフといった本来ならアイテムを消費しそうな攻撃でも、無限に通常攻撃できたので、そもそものシステムが異なるらしい。さっき投げたナイフもちゃんと回収しておいてよかった。危うく詰むところだった。
アイテムがなくても作れるトラップを模索する。なおかつあの巨体の動きを止められるもの……、そんなものあるか?
そんな中、一つの妙案が浮かぶ。
森の中を回り続けて私はイノイノとの差をつけることに成功した。
イノイノは木をなぎ倒し続けて、消耗してきたようだ。
イノイノは木をなぎ倒しながら進むのでどこにいるかは一目瞭然である。私は木が倒されて視界がすっきりしている道に出て、足元に罠を設置する。イノイノが現れるまでに時間はあるのでトラップの状態を確認する。
しばらくするとイノイノが視界に現れる。イノイノは森に入ったときよりも息が荒く、さらに興奮しているように見える。なかなか仕留められないことにイライラでもいているのだろうか。
直後、イノイノが私に向かって突進し始める。同時に私も直線的に走り始める。私が直線に逃げるのを見たイノイノはさらにスピードを上げてつっこんで来る。そしてさっきまで私が居た部分を通りすぎようとしたとき──イノイノの足元に突如穴が開く。そう、私が使ったのは落とし穴だ。と言ってもイノイノの全身が入るほど大きな穴が作れたわけでなく、人がひっかかったら腰まで埋まる程度の穴にしかならなった。そんなので私よりもでかいイノイノが穴に埋もれる訳もなく、イノイノの巨体は地上に見える。しかし、猛スピードで進む中で足場がいきなり悪くなるとどうなるだろうか。
イノイノはバランスを崩し、地面を凄まじい勢いで滑ってゆく。イノイノが突進攻撃ができない今が攻撃のチャンス。私はすかさずその巨体に向かって走り、手にしたナイフで切りつける。私が切りつけた部分からは、ラビィを倒した時と同じように、青白い光が発される。
倒せた?
私がそう考えた次の瞬間、イノイノが暴れ始める。至近距離にいた私はその巨体に弾かれてしまう。私の体は宙を舞い、木に勢いよく叩きつけられる。
その衝撃で頭がクラクラする。起き上がろうとしても上手く立てない。こんなに勢いよく木に当たったら骨とか折れてるんだろうな。
立ち上がるのにてこずる私に対し、イノイノの方はもう起き上がることに成功しており、またこちらを向いて足を地面にこすっている。ただ、すぐに走り始めないあたり、先ほどのトラップを警戒しているのだろうか。
私は先ほど痛めた背中をさすり立ち上がろうと……、あれ? 背中、痛……くない? これが噂に聞くアドレナリンの効果というやつなのかな?
しかし、まだふらついてしまい、うまく立ち上がることができない。
ふらついている私を見たイノイノが今にも走り出そうとしたとき、イノイノに向かって何かが飛んでくる。あれは、私のと同じ短剣に見える。
その短剣がイノイノに直撃すると、イノイノはそちらに気を取られ走り出すのをやめる。
「これでもくらっとけ」
川田君の声が遠くから聞こえて、さらにイノイノに石が投げつけられる。
私はやっとフラフラが収まり、立つことに成功する。そのときには完全にイノイノの興味は川田君に移っていた。
川田君の方を見ると、彼はサムズアップしてこちらに笑顔を投げかけてくる。少しイラっとするが、恩人であることに変わりはない。ここはおとなしく感謝しておくことにする。
そして川田君が石をもう一度投げたとき、遂にイノイノが走り出す。川田君も危ないと思ったのか、しっかり逃げ出す。
直線的に。
いやあほか。森の中に逃げてっ、て言おうとしたが加速するイノイノが速く、間に合わなそうに見える。
私はイノイノに向かって手元にあったナイフを投げる。お願い、何とかしてアイツの動きを止めてっ。
投げたナイフは凄い勢いで飛んでいき、イノイノに突き刺さる。次の瞬間イノイノは全身の運動が停止し、そのままの体勢で慣性のみで地面を滑り出した。加速が無くなったイノイノから川田君は逃げ切ることに成功した。私も急いで川田君の後を追って森を出た。
「いやー、危なかったな」
森を抜けると川田君が声を掛けてくる。……危なかったって川田君も結構危なかったと思うけどね。
「ほんとね、助けに来てくれてありがとう。でも何で森に?」
「リズがナナちゃんが森に残ってるから助けてくれって」
「リズちゃんか。にしても助けとして心もとないな」
「言わないでくれ、俺だってもっと戦えるもんだと思ってたよ。森があんなになるまでよく一人で戦ってたよ」
そういわれて私は森の方を振り返る。
すると外から見ても分かるほど木々がなぎ倒されていた。いやあんなのと戦ってよく私無事だったな。
「で、あのでっかいイノシシはどうするんだ? 今んとこ動く気配はなさそうだけど」
「たぶん麻痺になってる。投げナイフのパラライズシュートが効いてそう。何にせよ武器がないから今は戦えない」
「あの急に動かなくなったのはナナちゃんのおかげか、ありがととう」
おそらく動きを止めたいと考えながら投げたナイフが投げナイフの技の1つ、パラライズシュートになったのだろう。
この後どうするか。武器を調達しにクストの村まで戻って……、いや、クストの村に十分な武器があるとは思えない。ゲーム内でも武器屋はベグニの街で買わないといけなかった。どうにかして攻撃手段を用意しないと。ベグニまで戻っても良いけど時間がかかりすぎる。その間にイノイノの麻痺はきっと解けてしまう。
考えを巡らせていると後ろから声を掛けられる。
「お困りですか? ナナさん、ユウキさん」
振り返るとそこにはハウトがいた。
「昨日の調査の続き、といったところですかね。まぁ火を見るより明らかな光景が広がっていますが」
「昨日森に向かったのはそういうことだったんですね」
「今クストの森には凶悪なイノイノが発生している、ということで一般冒険者の立ち入りが禁じられておりまして。それを解決するために僕が派遣されました」
どうやらクストの村に冒険者が少なかったのもそのためだったらしい。
「準備を整えるためにいったん街に戻ってたので準備は万端です。では今から倒しに向かいましょう」
「おうっ」
川田君が元気よく返事をする。
私たちはハウトに連れられて再びイノイノのもとへ向かう。武器はハウトが持っていた予備を受け取り、それを使うことになった。
森、と言ってもなぎ倒された木の道だけど、を進むと巨大イノイノが見え始める。イノイノは体を小刻みに震わせながらなんとか立ち上がっている状態だった。麻痺が治ってきて、何とか立てるようになったばっかりといったところか。
「あのサイズのモンスターを麻痺にさせるとはなかなかの手練れですね。でも油断はしないでくださいね、行きます!」
ハウトの言葉に従って、私たちはイノイノとの距離をさらに詰める。ハウトは手に持つ剣に光を溜め始め、そしてそのまま目にも止らぬ早さで切りつける。
切りつけた場所からは先ほどと同じように青い光を出し始める。そしてそのまま全身が青白く光り始めた。どうやらもうとどめは刺したようだ。
え、あっけなさすぎない?
同じことを思ったのか、ハウトは剣を鞘に納めながら怪訝な顔をする。
「お、さすがハウト、かっけぇ。ん? なんか今体がふわっとしたぞ」
川田君がハウトの行動を褒めると同時に、疑問を口にする。
「え? 特に感じなかったけど」
私は特に何も感じることはなかった。
「おそらく経験値が入ったのでしょう。モンスターを倒すとそのモンスターを攻撃してから一定時間内に、一定の範囲内にいる人に等しく分配される、モンスターが持つ魔力のようなものです」
川田君の疑問にハウトが答える。どうやらこの世界にも経験値の概念はあるようだ。
「お、経験値ってことは溜めるとレベルアップするのか?」
「レベルアップと言いますか、全体的に身体能力の向上は見込まれますね。それにしても……、今の経験値を感じなかったとは、ナナさん、あなた一体何者ですか?」
「え、何でですか?」
「経験値は、一般的には強くなればなるほど感じにくくなります。今の経験値は僕でさえ感じました。これを感じないとなるとよほどの実力者ということになります」
「えっと……」
「さらに言いますと、あのイノイノは大分消耗していました。いくら僕とは言えこの巨大なイノイノを一度の攻撃で倒せるはずがありません。森がこんなになるまで戦いあった人がいたおかげになります。その上でもう一度問います、ナナさん、あなたは一体?」
どうやら私の能力はこの世界において極めて高いらしい。それはもうハウト以上に。川田君は経験値を感じ、私は感じなかった。そして私の職業はハンターらしい。それはどういうことか。
つまり私はゲームのステータスが引き継がれた状態でこの世界に来たのではないだろうか。レベルはカンストしていて、さらに最後にやっていた時の職業もハンター。これ以上に辻褄が合う考え方が他にあるのか?
「私は……、世界を救う冒険者です」
私は胸を張って答える。そう、私は、というか私たちはこの世界にペンダントの力で入ってきた人間だから、主人公なのである。当然主人公であるからには、こう答えるのがきっと正しい。
ハウトは少し驚いた顔をしてから、
「野暮なことを聞きましたね」
と苦笑いをする。
「確かに妖精の祝福を受けられるような方々です。怪しい人間などではありませんね。失礼しました」
「いえ、別に気にしないでください」
「ナナさんなら、今の僕とは違いどこかに縛られることもなく突き進めます、世界の救済頼みましたよ」
「おう、任せとけっ」
「そこであんたがでしゃばるんかい」
いいとこを川田君に取られてしまったが、この世界の勇者に認めてもらえた。
これを自信に話を進めていこうと思う。ハウトはというと世間的に知られており、各方面から応援要請があるために自分の意志で世界を回れないとのことらしい。直近の問題の解決で忙しい。
「では、無事にイノイノも倒したことですし、いったん村に戻りましょうか」
──
私たちが村に戻ると宿屋からリズが心配そうな顔つきで出てきた。しかしそれは私の顔を見ると同時に笑顔に変わった。
「ナナさんっ、ご無事だったんですね!」
「ハンターだから大丈夫って言ったでしょう」
リズは私の方に駆け寄ってくると同時に抱き着いてきた。
「何度も何度もうちの娘を救ってくださりありがとうございます。ほんとに頭が上がりませんよ」
ブルルさんも感謝の言葉を述べてくれる。そしてその後ろに立っているのは、
「初めまして、リズの母親のクランです。この度はうちの娘のことと言い、薬草の件と言い、お世話になりました。私からもお礼申し上げます」
「元気になったようで何よりです」
どうやらリズちゃんのお母さんの様だ。リズちゃんが私から離れると顔を上げて、
「今夜は母の復調祝いと感謝を込めてささやかながらパーティをしたいんですけど……、皆さん参加していただけますか?」
「もちろん」
「また、あのうまい飯が食えるんだろ? 当然参加させてもらうぜ」
私と川田君は二つ返事で了承する。ハウトも、
「……今回は僕も参加させていただきますかね、森の報告もまた今度でよいでしょうし」
と参加するようだ。
「やった、皆さんありがとうございます」
リズが嬉しそうにそう笑う。
そしてその夜は宿屋ベリーで、決して小さくはないパーティーが行われた。
第一章は終わりです
完結作『隠居勇者』もぜひ御贔屓に。