クストの森の探索
まだ朝日が出た直後、辺りの空気はまだまだ冷たかった。草木は露で濡れており、地面もぬかるんでいる。
「リズちゃんはなんでこんな時間に森に行こうとしたの?」
「この時間ならイノイノとかマカキルも寝てるから安全かなって」
「なるほどね」
ゲーム内ならどの時間帯でもモンスターと遭遇していたが、この世界ならモンスターが寝ている時間帯というものもあるのか。これからの旅の参考になる。
歩くこと数分、クストの森へ着く。森の中にはまだ日差しが届いておらず、薄暗い。さらに靄までかかっており、なおのこと視界が悪い。
「うわぁ、視界わっる」
「これはそんなに奥までいけませんね、近くにあるといいんですが。あんまり遅くなるとモンスターたちも起きちゃいますし急ぎましょう」
私たちは森へ踏み込んで行く。
足元は木の根っこで凸凹していたり、落ち葉でよく見えなかったりでおぼつかない。時たま倒木もあり回り道や乗り越えることを強いられる。
出口の方向だけは忘れないようにしていたが曲がることも多く、段々方向感覚も怪しくなってきた。ただ、頭の中になぜか歩いた部分のマップが入ってくるのでこの通りに帰れば森を抜けられるのだろう。
なんでマップが頭に入ってくるのか考えていたが、きっと私のジョブがハンターだからだということに気が付く。
七色の橋には初期の持ち物としてのマップは存在していない。盗賊やハンター、地図士などの情報収集ができる職業についている状態で散策しているとマップが埋まっていく。初期職業である冒険者でもマップが埋まっていくので、ゲーム開始直後は問題なくマップが埋まっていく。途中で剣士や魔法使いに転職をしてしまうと自分の能力だけでマップを埋めていくことができなくなってしまうが、その頃には仲間も増えているので仲間のうちの誰かが情報収集のできる職業について入ればマップが埋まっていく。
ただ、七色の橋のマップはそこそこ広いので自力で埋めていくのがめんどくさくなる人もいる。そういう人のためにゲーム内で地図の販売もされている。私は買うことはなかったがきっと買う人もいるのだろう。
しかし、町中や街道、簡単なダンジョンなどはマップが用意されているのに対し、いわゆる難しいダンジョンには用意されているマップが存在しない。魔王城や冥界といった後半のダンジョンは自力でマップを埋める必要があったりする。ゲーム内のキャラクターがたどり着くことができていないため、といった細かな設定がある。
折角なので今のうちにハンターの能力の振り返りもしておこうと思う。
ハンターは盗賊と罠士の上位ジョブでそれぞれの能力が使える。どっちものジョブレベルが一定以上ないと付けないジョブだから、だ。別にラビィ相手に罠を使おうと思ったりもしていないから罠を使ったことはないが、使おうと思えばきっと使えるのだろう、マップが頭に入ってくるように。
そしてハンターが使える武器は盗賊が使える短剣と弓矢、そしてハンターになることで解放される斧やブーメラン、そして短剣スキルを上げていくと解放される投げナイフなどがある。ゲーム内だとどんな武器を使っても簡単にプレイできていたが、実際に自分で戦うとなるとあまり近づきたいとは思えないので、こういう遠距離系の武器が使えるのはありがたい。
あとはモンスターを呼び寄せるスキルを使えたり、逆にモンスターと遭遇しなくなるスキルも使えたりする。一応頭の中でモンスターと遭遇しなくなる技を唱えておいたがどうなっているかはわからない。
なんせこの世界に来てからの自分の状態がよくわからないのだ。歩いてもそこまで疲れないし、連続切りと頭の中で考えたら実際に使えた。これほど自分のステータスを確認したいと思ったことはない。もしかして、と思ってステータスとか念じてみたけどウィンドウが出てきたりはしなかった。残念。ゲーム内にチュートリアルおじいさんとかいればこの世界にも実装されたりしたのかな。
そんなことを考えながらしばらく歩いていると、木の隙間から寝ているイノイノが見えた。
「リズちゃん、あっちにイノイノが見える。避けて歩こう」
「え、どこですか……。うわ、よくあんなに見つけにくいところにいるイノイノ分かりましたね」
「たぶん私のジョブがハンターだから」
「たぶんって何ですか。あの距離を見つけられるってことはハンターですよ」
「じゃあハンターだね、あはは」
ハウトに続きリズからもお墨付きをいただく。宿屋の娘だからきっとその辺の目も養われているのだろうか。かなり自信をもって断言された。やっぱり私はハンターの様だ。
またゲームの話になってしまうが、私が七色の橋をやっていた時もハンターでやっていた。モンスターを呼ぶ技でモンスターを呼びつけ、そのまま狩ってしまう。そしてハンタージョブスキルを上げていくことで得られるアイテムドロップ率アップの恩恵を受けつつアイテム収集をしていた。
そう、私は廃人なのだから。そのドロップアイテムを利用してステータスアップのアイテムを作り続けていた。大体の能力はカンストまでもっていっている。自分で言えるけど相当アホなことをしていた。でもその分も楽しかったし全然楽しみ方の一つとしてありだと思う。……ありだよね?
──
「あっ、あそこの広間です」
森の中を歩くこと数十分。木々が途切れた広間でリズが目的の薬草を発見した。森の中は暗くてよくわからなかったが大分日が昇っている気がする。暖かくもなっていたので靄もなくなっていた。そろそろモンスター達も起き始めるのではないだろうか。
一応周りを見渡してみるが近くにモンスターの気配はない。ただこれからまた森の中を戻らなくてはならないのでこれからも気を引き締めていかないとならない。
クストの森はかなり狭いダンジョンでゲーム内の探索はほんの数十秒で済んでしまうだろう。それこそ、森に入ってすぐにマカキルをやっつけて終わりだ。それなのに今回の探索では三十分以上かかっている。どうやらゲーム内では立ち入ることのできないエリアにも入れていると考えるのが妥当だろう。実際、森の中にあんな薬草の生えている広間があるなんて知らなかった。
広間で少し休憩をして、さっき来た道を戻り始める。
森の中で何かが動いている気配を感じるようになった。どうやら起きたモンスターが出てきたようだ。
「待って、そっちにはイノイノがいる」
「えーっと……、あそこですね、回り道して帰るしかありませんね、どうしましょう、私別の道知りませんし」
「私が案内するよ」
「あ、ハンターだから地理に強いんですね。お願いします」
そういうわけでイノイノと遭遇しないように注意しながら別の道を通って帰ることになった。
また森の中を歩いてしばらく経つ。途中から向こうにイノイノがいると言うと、リズは、
「もう私に教えてくれなくても大丈夫ですよ。ナナさんのことは信用してますし」
と言い、確認しないでも迂回してくれるようになった。それだけ私の索敵能力が高いのだろう。おそらく彼女の妹のステラもこんな感じの能力を持っていて上手くイノイノをやり過ごしていたのだろう。
というかイノイノがさっきから多すぎる。マカキルを見かけていない。チュートリアルでやっつけるのはマカキルのはずなのに、イノイノしかいないなんてことがあっていいのだろうか。何か理由があるんじゃないか……。
森の中を歩いていると急に視界が明るくなる。
「うっそ……」
「なにこれ……」
目の前に広がるのはなぎ倒された木々だった。切り口はやや乾燥しておりついさっきなぎ倒されたようではなさそうだ。
「一体何が……」
「なんか危ない予感がするから急いで戻ろう」
「はいっ」
倒木を乗り越えながら進み、反対側の森へ入る。倒木は二・三本の幅しかなかったが、縦にずっと続いている。何か大きなものが木々をなぎ倒しながら進んだかの様だ。
イノイノを避けながら歩くので大分時間がかかってしまったがやっと森の端が見えてきた。
「ふぅ、そろそろ終わりだね」
「怖かったです、ありがとうございました」
「クストの森ってこんなにイノイノが多かったんだね」
「普段はこんなにいないんですけどね」
「朝だから多かったりしたのかn……」
出口が近づいてきて気が緩んでしまったためか、私たちは近づいてくるイノイノに注意を払っていられず、気が付いた時には真後ろに迫ってきていた。
「危ないっ」
私はとっさに腰から短剣を外しイノイノに向かって投げつける。
投げた短剣はまっすぐイノイノに向かって飛んでいきイノイノに突き刺さる。
イノイノは悲鳴を上げながら転ぶ。すごい勢いで暴れている。
そしてイノイノの悲鳴に共鳴するかのように多くの場所でイノイノが鳴き始める。よくない感じがヒシヒシ伝わってくる。
「リズちゃんっ! 走ってっ!」
リズちゃんに森の外へ急ぐように言う。私の投げた短剣が刺さったイノイノは淡い光を出して消失し始めている。つまりはとどめを刺しているわけで。
私が持っている短剣はあれ一本だけなので回収しておく。
遠くから木がなぎ倒されるような大きな音が聞こえてくるが、振り返って確認する暇もない。
走ること十数秒リズちゃんが無事に森を抜けたのを確認する。
「このまま村まで走って帰って‼」
「えっ、でもナナさんはっ」
「いいからっ、このまま逃げても村に被害が出るから、私がここで食い止める。誰か助けを呼んできてっ。……私なら大丈夫、なんたってハンターなんだから」
「っ、わかりました」
そう言うとリズちゃんは村の方へ駆けていく。途中で転んでしまっていたが今回はイノイノに追われていないのでゆっくり立ち上がって駆けていく。
私はというと森から出てくるイノイノを抑えるべく片っ端から倒していく。森から出てくるイノイノは怒っているためか、真っ直ぐ私に向かって走ってくる。さっきは背後から来たのに驚いてしまって上手く対応できなかったが、今回はかなり余裕をもって対応できている。直線的な運動しかできないイノイノを倒すのは難しくなく、早めに横によけて横から切り付けるだけで十分に足止めができている。
途中からイノイノ達も敵わないことに気付き、森の中から出てこなくなった。それでも遠くから聞こえてくる木が倒れる音はさっきより大きくなっている。
私は気を抜くことなく森の方を見ている。するともう目に見える範囲で気が薙ぎ倒され始めた。そしてそれは森の端まで来て……。
私の目の前に現れたのはかなり大きなイノイノだ。今までのイノイノは私の腰くらいの大きさしかなかったのに対し、コイツは見上げなくてはならない。何なら村からでも見えるくらいの大きさじゃないか? こんなサイズの化け物がいたんじゃ森の中の木が倒されるのも納得だ。こんな大きさのモンスターってどう倒せばいいんだ……。
そんなことを考えていると巨大イノイノがこちらに向かって突進してくる。適当に横によけた程度では当たってしまいそうなので横に走ってよける。振り返って様子を確認すると、巨大イノイノは地面を削りながらブレーキをかけている。そしてこちらに振り返る。どうやらさっきまでのイノイノと違い一筋縄ではいかないようだ。イノイノが走っていた部分はえぐれて草がめくれていて、土がむき出しになっている。
巨大イノイノは足を地面にこすり付け威嚇をしてくる。低いうなり声も上げている。かなりやる気の様だ。そして次の瞬間イノイノが走り始める。私はどうにか攻撃しようとさっきよりよける幅を小さくしようと試みるが、巨体がこちらに向かってくる恐怖心が勝ってしまった。また大きく避けてしまう。隣を大きな風切り音が通り過ぎる。振り返ると木をなぎ倒しながらブレーキをかけるイノイノが。
あんなのに当たったらひとたまりもない。どうにかしてアイツをやっつける手段を考える。
今の私のジョブはハンター、使える武器はただの短剣、投げても使えるが一撃で倒せなかった時に武器が無くなってしまうので却下。使えるスキルはきっとトラップ。とりあえずトラップでアイツの動きを止められないかと考える。こちらへ向かってくる巨体をまた躱し、時間を稼ぐべく私は森へ向かって走りだす。
イノイノも私を逃すまいと森へ向かって走り出す。私の後ろからは木々をなぎ倒しながら全力で走ってくるイノイノがいる。
森の中の第二ラウンドが開始した。