勇者ハウト
外の世界に出ようとして、私はペンダントをポーチから出した。
私はすぐ用意ができたのにかかわらず、川田君のペンダントがなかなか出てこない。
「遅い」
にらみを利かせながら文句を言った。
「ごめん、見つからない」
「え?」
「いや、だから見つからないんだって」
「ちょっと貸して」
私は川田君からポーチを預かると中身をしっかり調べた。が見つからない。いくら探しても出てこないのだ。
「なくしたの?川田君帰れないじゃん……。なにやってんの」
「ほんとごめんなさい……。奈々ちゃんだけ先に帰っておばあちゃんにペンダントもらってきてもらえない?」
「はぁー、やっぱそうなるかな。しょうがないな、ちょっと待ってて、すぐ戻るから」
「あざーっす、任せましたー」
彼が軽いノリで頼みながら言っているのを聞きながら、私はペンダントを掲げようとした。
でもその時気づいた。
「いや待って、このまま出るとどうなるの?」
「というと?」
「いやだってさ?ゲームの世界にいる間は時間が進まないんだよ?てことはそのまま外に出ると私も止まっちゃう可能性が高いわけじゃない? 」
「あー……、それはどうなるんだ? 」
「私が外に出ても動けないわけ。つまり川田君が一人でこの七色の橋をクリアしなくちゃいけなくなる」
「なるほど。……っていや俺一人とか無理だから」
「だよね。となるとストーリー終わらせてでるしかないのかなぁ……。結構しんどい……」
このゲームはまっすぐクリアしようとしてもなかなか時間がかかる。そんでもって実際に自分たちが動いてプレイするとなるとまた勝手が変わってくる。これはかなりの長丁場になりそうだ。
そんな私の考えも知らずにコイツは、
「まぁ奈々ちゃんがやってんならどうにかなるっしょっ。てなわけで最初はどうすればいいですか!?」
とか平気で言ってくる。腹だたしいたっらありゃしない。
「うるさいな、もう。
ちょっと反省してよね……。まぁ文句言ってもしょうがないか。最初はベグニの北にあるクストの村に向かうの。そこで村を困らせてる魔物を退治するって流れかな。
はぁ……、さっさと行って早くゲームの外に出ますかね」
私たちは街の外へ向かうべく階段を降り始める。そして神殿の入り口前の階段を降り切ったころ、声を掛けてきた人がいた。
「すみません、そこのお二方。少し話を聞かせてもらってもいいですか。」
振り返るとそこには、全身を青色の装備に包んだ、青髪の青年が立っていた。少し傷のついた鎧、しかしそれでいて魔法のような、不思議な美しさを感じる。腰に携えた剣からも同様に、不思議な雰囲気を感じる。髪はほどほどの長さで、ついさっきまで兜をかぶっていたせいだろうか少し跡が付いてしまっている。整った顔立ち。そして、これまた鎧と同じように透き通った青色の目。
その容姿に少し見とれてしまった。
しばらくして、私は我に返った。
ゲームに出てくる青い人物、それでいてこの好青年。心当たりがあるのは一人しかいない。
「もしかして……勇者のハウトさんですか?」
「その勇者の肩書は僕にはふさわしくないけど、そうだね。僕はサルスード・ハウトだ。」
勇者ハウト。七色の橋においてお助けキャラ的な役割を担っていて、冒険の進み具合に合わせて様々なところに出現する。ただまぁ順当に進んでるときは戦闘には参加してくれないから、ほんとにゲーム慣れしてない人用のキャラクターというイメージが強かった。同じボスに負け続けたり、いつになってもストーリーが進まないときに街に現れて話しかけるとパーティーに入ってくれる。
私はお世話になることはなかったけどね。というかあんまりお世話になる人はいないんじゃないかって感じもする。それでもその端麗な容姿のおかげでかなりの人気キャラだ。私もなかなか好きである。
このゲームには職業システムがある。最初は冒険者に設定されていて、経験値の一種であるJPを上げることによってその職業についたり、職業のレベルが上がったりする。そんな中に上位の職業として『勇者』が存在する。勇者は接近戦の能力も高く、それでいて回復、攻撃の魔法も使えるといった万能型である。また、サポートについている妖精との連携力も必要とされている。そんな勇者には冒険者の中から一握りの人しかなれないと言われている。ゲーム中では主要キャラでハウトと、その他のモブとしての勇者が数人といった感じだった。ゲームの中でなろうとしたらいくつか別の職業を極めないと成れなくて、その頃には別の職業でも十分に戦えたりもする。
「それで? 勇者様がどんな用事で俺たちに声をかけたんですか?」
「勇者様はやめてほしいので是非ハウトと呼んでください。要件はさっき二人組の男たちを吹っ飛ばしたことについて、ですかね」
どうやら勇者様はさっきのやり取りを見ていたようです。
「いや!? 待ってよ、あれは勝手に吹っ飛んだだけで」
「いやだなー、そんなわけないじゃないですか、あんなに派手に吹っ飛ばしておいて」
「だから知りませんってっ!」
「そこまで否定されるとは……。大変失礼いたしました。何か特別な能力があるものかと思ってしまいましたが違うんですね。」
「そんなものあればよかったんですけどね、アハハ」
「だとしたらなぜ能力もないの女性が冒険者に?」
うぐ、痛いところを突かれる。
そう、どう見ても私の今の格好は冒険者ではない。見るからに筋肉もないし場違い感も甚だしい。私が少し返答を詰まらせると川田君が口を開く。
「ちょっとこいつには無理行ってついてきてもらってんですよ。俺が体力はあっても知識が全然ないばっかりに」
「というと?」
「ちょっと北の村まで自力で行けないかなって思いまして。でも一人じゃ心細いうえに道も全然わかんなくって。だから一緒に来てもらおうと思って。」
「あぁ、なるほど。一種の実力試しのわけですね。確かにクストの村までならそんなに問題もありませんしね。」
「んだろー」
なんでこんな時だけこんなに機転が利くのかなコイツは。でもまぁ助かったのも事実。あとはこれに合わせて……。とか考えているうちに、
「僕もクストの村の方向に用事があるのでよければご一緒させてもらえませんか?」
「勇者s、じゃなくてハウトがついてきてくれんのか? 百人力じゃん!全然お願いします」
あれ? なんか話まとまってない?
「じゃ、奈々ちゃんこのまま向かっても大丈夫?」
「え? えぇ、まぁ、不都合はないかな……?」
「じゃあそういうことで、よろしくな! ハウト!」
なんかあっという間に同行する流れが出来上がってしまった。恐るべしコミュ強。
という訳で私たちはハウトと一緒にクストの村に向かうことになった。
クストの村は、ベグニの街から北に真っ直ぐ向かったところにある。そこで大量発生している『マカキル』というモンスターをやっつけるまでがチュートリアルみたいなものだ。
クストの村はいわゆる農村で、ベグニの街程大きくない。『村』という名からも想像できるがまじで村なのだ。木造建築の平屋しかない。お店としても道具屋くらいしかなく、畑でとれる農作物と、森でとれるであろう薬草の類しか売っていない。道具屋しかないのでさっきのベグニの街の鍛冶屋のように川田君が引っかかることもない。装備を整えられないのは少し不安ではあるが、べつにチュートリアルの村なのでそんな必要もないのだろう。
「ここから村までってどれくらい時間がかかるの?」
街を出て少し歩いてから私はハウトに尋ねる。
「そうですね、このまま歩いて三十分くらいってところですね。」
「お、意外と近いんだな」
ゲームの中だと30秒くらいで移動しきれる距離だったからだいぶ尺度がちがうのかな。もうちょっとベグニで観察してくればよかった。
歩いて30秒の距離に住むなら町の中に住むもんね、なんてことを考えながら歩いていると、少し道を外れたところに緑の兎が見える。
「お、あんなところにラビィがいる」
私はそう呟く。緑色のウサギ型モンスター、ラビィ。目だけは赤く苔むしたウサギといった感じかな。ちなみにかわいい。モフモフ成分も豊富だ。
「じゃあ折角なので戦闘の練習として戦っておきますか?」
「お、いいね、やってみようぜ」
「いいと思います」
というわけで戦闘訓練が始まった。
ゲームの時はクストの村でマカキルを倒すまでは特に戦闘はなかった。なのでここでも若干の差があることになる。この調子でゲームの内容からずれていくと、かなり大変なことになりそうな気がする。
私たちはラビィに向かって移動を開始する。ある程度近づいたタイミングで、川田君がもう攻撃をしていいかとハウトに確認をしてOKを貰う。ポーチとは反対の腰に携えていた短剣を外し、ラビィに飛び掛かる。ラビィも川田君に気が付いたらしく、攻撃態勢を整える。川田君が剣を適当に振り回すとラビィに何発かあたり、そのままラビィは動かなくなった。
「お、無事に倒せたようですね。よかったです」
「まぁ短剣を振り回しただけだけどな。意外と何とかなりそうな気がしてきたぜ、楽しいな、これ」
「あんまり調子に乗るとすぐケガしちゃうでしょうに……」
とか言いつつも、今の戦闘を見た感じ全く心配はなさそうだった。相手がラビィっていうのもありそうだけど、さすがは運動部といったところか。動きに切れがあり、そこそこの相手なら何とかできそうだった。
ふと倒したラビィのほうを見ると、体から青白い光が上がり始め、ラビィの死骸の色がだんだんと薄くなっていき、最終的には消えてしまった。そして、その場所には小さな麻袋が落ちている。
「お、ドロップアイテムかな?」
いざ目の前のモンスターがアイテムを落とすとなるとゲームの時より感動した。ただ機械的に周回するときと違って実際にモノが落ちるっていいのね。作業ゲーは作業ゲーで楽しいけど、たまに虚無に襲われてしまう。
「あれは触っても大丈夫なやつですか?」
「えぇ、大丈夫です。」
「中身は何だろうな! 楽しみだ!」
ハウトに確認を取ってから麻袋を手に取る。ゲーム内でのラビィのドロップアイテムは回復草か、ウサギの毛皮なので袋のサイズ的に回復草かなとか考えていた。しかし、実際に出てきたのものは違った。
「お、これは……骨付き肉でいいのかな?」
「そんなところでしょう、ここで食料が手に入ったのは幸先いいですね。せっかくなので練習を兼ねてもう少しこの辺を散策してみましょうか」
なんとお肉が出てきた。兎のお肉である。ここでハッと気づかされたが、実際にゲームに入るとなるともちろんお腹もすく。そこで食料がないと困るわけだ。ゲームのキャラは空腹を感じたりしないので、そこのところを失念していた。RPGを進めていたらいきなりキャラのお腹がすいて食事が始まったりしたらたまったもんじゃないしね。そう考えると、またやることが増えた。適度にモンスターを倒しつつ、食糧も稼がなくちゃならない。かなり進行速度は遅くなる。
「ところでナナさんはよくあの距離でラビィを見つけられましたね。なかなか見つけにくいんですけどね」
そういわれて私はまたハッとした。
私はそもそもそこまで目がいいわけではない。普段はコンタクトを付けているが、それでも、離れた距離にいる保護色のウサギを見つけられるほどはよくない。
「何でですかね……なんとなく? で見つかりました。なんか動いてるものがあるな程度に。」
「なんとなくで見つかれば困らないんですけどね……。まぁ確かに見通しの良いところで動いてるものがあれば見つけやすいですもんね。変なこと聞いちゃいました、すみません」
そう言ってハウト勝手に納得している。ただ私としても少し気になるのが、このゲームの世界に入ってから、なんというか体の調子がいい。草原をそこそこ歩いているにもかかわらずそこまで疲労を感じていない。まぁゲームの世界だからかなとか最初は考えていたが、お腹が空く以上体は疲れてもおかしくないはずなのだ。さらに冷静に考えると男二人を吹っ飛ばせたのも何か関連がありそうな気がする。
なんてことを考えながら草原をふらふらしているとまたラビィに出くわした。
「今度はナナさんが戦ってみる番ですね、けがをしないように気を付けてください。」
「わかりました」
そう言って私は、腰についている短剣を外し、身構えた。身構えたと言っても何か武道の経験があるわけでもなく、なんとなく前に出しただけだった。しかし、自然と四肢の力が程よく抜け、とてもリラックスした状態になった。不思議だな、なんて考えながらも、ここで連続切りとかできれば瞬殺なんだろうな、なんてことを考える。すると体が自然に動き始めたのだ。滑らかにラビィに近づいていき、ラビィを一撃で仕留めた。
「え!?」
驚きのあまり、私は声を漏らした。
「おっ、奈々ちゃんやるぅ、かっけぇ!!」
川田君が隣で盛り上がっている。やっぱりうるさい。
「なるほど……。ナナさんはハンターだったのですね。だから索敵能力にも優れていたと」
ハウトが納得したように呟く。
ハンター、これは七色の橋のゲーム内にもある職業で、モンスターを呼び寄せる技を使ったり、逆にモンスターに襲われないようにする技も使える。ある種のサポート職業である。低攻撃力の連続攻撃もでき、散策には役に立つ。そんな職業だ。
「私ってハンターだったんだ……。すごい……」
ゲームの中では一応すべての職業のレベルは最大にしてあった。どの職業がどういうことができる、なんていうのも全部頭に入っている。実際にフィールド歩き回って冒険を進める。そういう観点からいうと職業がハンターは当たりの職業な気がする。
「となるとナナさんの戦闘訓練はそこまでいらないかもしれませんね。ユウキさんが慣れるまでもうしばらくこの辺で過ごしましょう。にしてもまさか、ナナさんの方が強いとは。まるで保護者ですね」
「何で私がこんな奴の保護者になるんですか……」
なんてことを言いながら、私たちはそこでしばらくラビィと戦闘訓練を続けたのだった。